第42話
次の日の夜。非番だった政斗は私服に着替え、よく彼らが抜け道に使用するという壁の前で待っていた。溜息が出る。
「幸丈だけならまだしも、莉桜もかよ……」
片や親王、片や姫巫女。普通、お忍びで出かけるにしても、大勢の護衛がつくはずだ。それが政斗と華那のみ。いや、おそらく砕もどこかにはいるのだろうが。それでも三人だ。
「何かあっても知らねぇぞ、俺は……」
「政斗殿、上だ」
「あ?」
不意に|砕≪さい≫の声が聞こえて見上げると、黒い艶やかな髪が見えた。
「きゃあ!」
「おわ!」
落ちてきた物体に急いで手を差し伸べ、受け止める。予想より軽くて、でも柔らかいものがすっぽりと収まった。
「お前なぁ……下りるなら下りるって言ってから来いよ」
「まだ下りるつもりはなかったんです!」
腕の中に落ちてきた莉桜は、暗闇でも分かるほど真っ赤に染まっていた。どうやら、声をかける前に落ちたらしい。
そうしている間にも、華那と幸丈が危なげなく着地する。二人とも庶民服だ。よく見れば莉桜も普段とは真逆の格好をしていた。生地は良いものだが、よく街で見かける女と同じ格好だし、髪も一つに結い上げて、普段とは別人に等しい。
つい、マジマジと見てしまった。
「何だ。政斗見とれてんのか?」
「なっ、ちげぇよ! 普段と違いすぎるから気色悪いだけだ!」
「気色悪い……」
「あ……」
「政斗!?」
失言に莉桜が睨み、華那が敵意むき出しに近寄ってくる。慌てて莉桜を下ろし、政斗は幸丈の方へと歩み寄った。
彼は何だかニヤニヤしながら政斗を見ている。
「お前って、莉桜にだけ失言多いよな」
「黙れ。お前みたいにどこでも失言が多いよりマシだ」
言い返してみたものの、あまり効力はなかったようだ。幸丈は笑ったまま市井のほうへ足を向ける。
「おい、二人とも行くぞ。人多いからはぐれるなよ」
「はぁい! 行こう莉桜ちゃん!」
「はい!」
幸丈人形が手に入るからか嬉しげな華那。そして、めったに出ることのない市井に出られることが楽しいのか、顔をほころばせる莉桜。
そんな三人の後ろを歩きつつ、政斗は『まあ良いか』と頭を掻いた。
※ ※ ※ ※ ※
「ほら、華那。ここだ」
旅芸人達が芸を披露する一角で、子供達の群れを華那は上から覗き込んだ。そこには色とりどりの布が山のように積まれている。その布の前には、一人の老婆が腰を据えていた。
彼女は子供から小さい玉のような物を受け取ると、それを宙に放り投げる。
『わぁ!』と歓声が響く中、高速で布と糸と手が動いていた。そして最後。煌く糸が玉に通ったかと思うと目の部分に縫い込まれ、子供とそっくりの人形が出来上がる。
「はいよ。大事にしてくんろ」
「うん! ありがとう、お婆ちゃん!」
受け取った子供は笑顔満開で駆けて行った。
「昔、宮中を抜け出してな。そん時ここに来て、俺の人形を作ってもらったんだ。ほら、お前あの当時は『親も兄弟も夜は仕事で、家には一人だ』って言ってたろ?」
「覚えててくれたんですか!?」
当時、まだ華那が本当に幼かった頃、幸丈の護衛は勤めても、今のように夜の仕事――暗殺などには行かなかった。だが、兄達はすでにその仕事もこなしており、家に帰っても一人でいることが多かったのだ。
その時、『寂しい』と幸丈に零したかもしれない。
「まあな。で、ほんとはお前の親兄弟の人形の方が良いんだろうけど、あいにくその時俺は顔を知らなくてね。俺ので我慢してもらったわけ」
照れくさそうに笑う幸丈に、華那はまた涙が出てきそうになった。
「今日は華那もいるからどれでも頼めるぜ。どうする?」
「幸丈様が良いです! 幸丈様のじゃないとヤダ!」
即答だった。あの時貰ったのが幸丈の人形だったから、今まで大切にしていたのだ。
彼は少し驚いたようだけれど、老婆に言って小さな玉を二つ受け取る。彼の目と同じ色をした少し赤がかった玉。それを握って、幸丈は目を閉じる。
しばらくすると、目を開けて玉を老婆に手渡した。
「幸丈様? 今何を?」
「願いを込めるんだってさ。人形の持ち主のための願い。この場合、俺からお前にだな」
「何!? 何を願ったんですか!?」
それはとても気になる。彼が自分のために願ってくれたことなんて、聞きたくてしょうがない。
だが、幸丈はニカッと笑って頭を撫でてきた。
「内緒だ」
「え~!」
「ほら、始まるぞ」
そう言われて視線を向ければ、老婆が玉を放り投げたところだった。夜の闇に煌く糸と玉が栄えわたる。次の瞬間、彼女の手元にぽとんと人形が落ちた。
代金を払って受け取った幸丈が、華那に手渡してくれる。
「ほい。俺の人形だ」
「わぁ…………」
それは、前に持っていた人形に似ていて、少し違った。前の人形は子供だった幸丈を見て作った物。これは、今の幸丈をかたどった物。
大事な人の分身が、願いつきでここにある。
華那はギュウッと人形を抱きしめた。
「ありがとうございます! 今度こそ、絶対絶対大事にしますね!」
「そうしてくれ。んで、あとこれ」
そう言って掌に落とされたのは、華那の目の色に似た、淡い緑の玉。
「え?」
「俺の分。お前の人形な」
一瞬何を言われたのか分からなくて、けれど次の瞬間、胸の中から何かが湧き上がってきた。温かくて、熱くて、どうしたら良いのか分からないほど嬉しい気持ち。
優しく見つめてくれる幸丈に、何だか抱きつきたい衝動に駆られた。
華那はもらった人形と一緒にその玉もギュッと握る。目を閉じて、思うのは彼のための願いごと。
『幸丈様が幸せでありますように』
『華那がずっと笑っていられますように』
それは、小さくてささやかな願い。けれど、何よりも尊く大きな望み。
大事なお願い事を込められた人形は、二人の腕の中で小さく微笑みあっていた。
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