第37話
政斗は力なく地面に倒れた恒明を見下ろした。即死は免れているが、与えた傷は大きい。もう腕も上げられないだろう。
地面に染みこんでいく赤い液体を見ながら、政斗は口を開いた。
「約束だ。その腕と、この目を作った奴は今どこにいる?」
むき出しになった恒明の左腕もまた、人のものには見えなかった。
常に脈打つ腕。血管と思われたものは人口の管で、腕を侵食するように取り巻いている。
左手の手の甲に、彼岸花の文様がついた石がはめ込んであった。
「くっ……残念だが、知らん」
「お前っ!」
「本当のこと、だ……私が会ったのは飛鳥国。五年前、の、話だ。噂に寄れば、大和国に出没している、など、というのも聞いたが……さて、本当かどうか」
「…………」
半ば予想していたことだった。
政斗が十年旅を続けていても、ちゃんとした情報が入ったことは一度もない。それでも、もしかしたらと思っていたのだ。
こちらの落胆に気づいたのか、恒明が笑った。もう目は見えていないだろうが、気配で悟ったらしい。
「あれは、闇の……使い手、だ」
「闇?」
「そう、人の心に掬う闇を、嗅ぎ取り、手繰り寄せ、形にして、渡す……私の左腕は私の闇…………お前の右目は……ふふっ、あの男の闇なのかもな」
「あいつの……闇」
いつもより酷使したせいか、かなりの熱を持っている右目。あの男の根源がここにあるかと思うと、この目を今すぐ抉り出してやりたいと思った。
「食われるか、それとも……封じ続けるか。お前しだい、だな……」
政斗は右目に触れた。どんなに時が流れても、この右目は嫌いだ。
「私は、花に、なりたかった……誰かの目に止まる、みとめ、ら、れる……花、に」
眠るように恒明が言ったその時、左腕の魔力が膨張した。彼岸花の魔術の陣が彼の体を包むように広がり、次の瞬間――
「っ!」
パァンと、赤い飛沫が舞い上がった。
恒明の体はもうどこにも見当たらない。
左腕の魔力を制御する器が死んだ。だから、魔力が体内で増徴し、破裂したのだろう。
「願い、叶ったみてぇだな……」
舞う血飛沫は、墓地に咲く一輪の彼岸花のように毒々しく、けれど美しかった。
朱い花が枯れたところを無言で見つめていると、そっと莉桜が後ろから手を取った。
まるで政斗を繋ぎとめるように握り、もう片方の手で優しく右目に触れてくれる。
「政斗……」
「……大丈夫だ」
答えた時、今更自覚したのか体が傾いた。額を莉桜の肩につけ、もたれかかるようにして体を預ける。彼女もまた、背に手を回してくれた。
「俺は……ちゃんとした花を、咲かせる」
「はい」
お疲れ様でした、と言ってくれた温かな声に誘われ、政斗はゆっくりと眠りの世界へと落ちていった。
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