第36話
袈裟斬りにされた胸から血を流し、恒明がゆっくりと倒れこんだ。その様子を見届けて、幸丈は息を吐く。
知らず緊張していたらしい。
周りを見れば、戦意を失った兵士達は捕縛されている。死者も多いが、生きている者からは首謀者である藤郷信定の名前も聞けるだろう。
幸丈はもう一度倒れた恒明を見やり、同じように見守っていた莉桜に振り向いた。
「今の、何が起こったんだ? 相手は魔術で防御したように見えたけど」
彼女に聞くと、ホッとしたように胸をなでおろしている。莉桜は固く握っていた手をほどくと、少し心配そうな目で政斗を見たまま口を開いた。
「おそらく、政斗の刀が魔術の構成ごと切ったんだと思います。古代魔術の法則を具現化する構成が霧散すれば、魔術はなかったことになりますから」
「は!? んなことできるのか!?」
「かなり特殊ですよ。魔巧器として斬れ味の上った政斗の刀は、魔力をより強く伝達する鉱物でできているでしょう? 強い魔力は他の魔力にも影響を与えます。そしてあの右目」
莉桜の視線を追い、幸丈も政斗を見る。
普段は黒の布に覆われた、この世ならざる光を持つ人の手で作られた義眼。
「政斗には、魔術作る構成が全て見えている。おそらく、長年の経験で、ある程度構成のどの部分が魔術を発動させるのに重要か、分かっていたのでしょう。右目で構成を見抜き、魔力で押し勝ったからできた技です」
「魔術の構成を理解し、押し勝てるぐらいの魔力と刀を持ってないと無理ってわけか……」
「ええ、他の方では真似できないものでしょう」
莉桜は再び政斗を見つめ、『良かった』と微笑んだ。その顔はやっぱり恋する乙女のように見えたのだが、また物を投げられては困るので幸丈は口を噤む。
(もしかしたら、次は魔術かもしれないしな……)
最近、凶暴性の増した幼馴染をちょっと悲しく思いつつ、さて事後処理をしようかと思った時、何やら焦った表情で駆け寄ってくる華那が見えた。
「幸丈様、ちょっとまずいことになってます」
「どうしたんだ?」
「パパが!」
華那の父親がどうしたというのか。首を傾げたところで、砕が姿を現す。
「近衛府総隊長、楪富嶽殿が、勅命により、戦衛府の藤郷信定を反逆の罪で捕縛。今、オレの結界の外に帝と兵を連れていらっしゃってます」
「げっ!」
「ちなみに、もう分かっておられると思いますが、富嶽殿は暗殺部隊の総隊長でもあります。上司命令で『さっさと術を解け』と言われているのですが、よろしいですか?」
ゾッとしたものが背筋を這い登った。
今回の囮を使ってのあぶり出しは、一切帝にも許可を取っていない。
騒ぎを大きくしたくなかったといえば聞こえは良いが、正直『無茶はするなよ』と言われたばかりなので言い訳がしにくい。
「よろしくない、よろしくない! お前はオレの護衛だろ。オレが逃げるまで張ってろ!」
「しかし、逃げるにはオレが結界を解かないと逃げられません。それから、すでに陽の宮の周りは帝の命令により兵が囲んでいます」
「いつのまに!」
「幸丈様、一緒に怒られましょう」
「怒られてきてください」
二人の護衛に両脇をがっちりと掴まれる。ずるずると連行されるような姿になりながら、幸丈は切実な思いを込めて叫んだ。
「っ……絶対嫌だぁぁ!」
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