第35話

 魔力を纏った足ならば、詰め寄るのは瞬きの時間で事足りる。

 相手が後方に引くのを見越して、間合いを詰める以上の力で恒明の懐に入る。入ったと同時に、政斗の右手は動いていた。


 刃が恒明の腹に向かう。けれど、政斗の動きと平行して、右目は恒明の左腕に朱色の魔力と彼岸花の陣が浮かび上がるのを見た。

 ギンッという鋭い音と共に、政斗の刀は魔術の盾で止められる。


「その目に宿っているのは黒百合か。まるで花言葉どおり、呪いだな!」

「黙れ!」


 政斗は吼えながら恒明の腹を蹴り、飛び上がって自らの魔術を発動させた。薄い藤色の魔力が体を覆い、その魔力は政斗の周りで八つの塊となる。

 凝縮された魔力の塊。華那の糸と同じく、慣れた者になら見えるだろう。八つそれぞれの魔力が、刃の状態になっていると。


 政斗は八本の刃を恒明めがけて放った。それぞれが直線的に進むわけではなく、政斗の意思を反映してあらゆる方向から敵を襲う。

 しかし、相手もそれを見越しているのか防御の展開が速い。彼岸花の陣が恒明の周りに幾つも浮かび上がり、刃はことごとく弾かれる。


「軟弱な現代魔術ごときが、この古代魔術にかなうか!」

「てめぇ自身の力でもねぇくせに、ほざくな!」

「ならば、打ち破ってみるが良い!!」


 ゆらりと、恒明の体が揺れる。

 政斗が地に下りるのと、彼が襲いかかってくるのは同時だった。

 恒明が左腕で大地に手をついた瞬間、朱の陣が広がり、砂埃が大量に舞い上がる。


「ちっ!」


 政斗は舌打ちすると、すかさず自分の魔術を発動させた。さらに義眼にも魔力を込めて右目の能力を上げる。

 右目に映るのは砂に遮られることのない視界。合計五人の、朱い魔力を左腕に持った人の姿。だが、そのうち四人は魔術で作られた偽物だ。


「そこかぁ!」


 八本の魔力の刃を、唯一本物の恒明がいる場所。斜め左後ろへと一気に放つ。連続して弾かれる澄んだ音。しかし政斗も刃を放つと同時に恒明の間合いへと入り込んでいた。


「っ!? 同類ながら忌々しい右目だな!」

「こん、のっ!」


 刀と刀がぶつかり合い、恒明と間近で目が合う。彼の武器も通常の刀ではないのか、政斗の刀の斬れ味に耐えている。


 時間で言えば五つ数えるほどの鍔迫り合い。先に引いたのは恒明の方だった。

 政斗を押し返さずに、自ら少し横へ体をずらす恒明。


「しま……っ」


 体が傾いたと思った瞬間、右目は恒明の左手に現れた魔術の陣を確認した。


(避けきれねぇ!)


 反射的に体を捻るが、恒明の方が早い。

 圧縮された風が政斗の脇腹を削る。


「がっ、あ……っ!」

「所詮見えているだけでは、防ぎようもないな」

「ぐっ、げほごほっ!」


 思った以上に傷が深い。攻撃範囲が広かったのだ。

 脇腹に焼けるような痛みが広がり、ゴポリと口から血を吐きだす。内臓もかなりやられている。


「貴様も私も同類だ。この力に囚われ、逃げることなどできはしない」

(くっ、そ……)


 痛みが脳を痺れさせる。体が傾ぎ、刀を握る手に力が入らない。


「ならば全てを捨てて、己のためだけにこの力を使い、生きればよかったのだ。捨てられないから、周りのものなどのために力を使おうとするから、お前自身が犠牲になる」


 左目で見る景色が少しずつ霞んでいく。だがそれとは真逆に、右目は恒明が新たに魔術を発動させたことをしっかりと捉えていた。


「だが、捨てきれず足掻く貴様も面白くはあったがな。貴様という存在は、私の楽しみに花を添えてくれたよ」


 朱色の魔力が、禍々しさを増す。


「さらばだ」


 恒明の声が、ひどく遠く聞こえた。

 右目は鮮明に迫る魔術を映し出す。

 避けるにも、刀を振るうのにも間に合わない。せめて致命傷だけは避けてと覚悟したその時――


「政斗っ!!」

(っ!?)


 義眼が、後方に広がる柔らかく温かな魔力を感知した。


 鈴のような声が自分の名前を呼ぶ。それに呼応するように、政斗の前に薄紅の魔力と桜の陣が花開いた。同じ古代魔術だというのに、彼岸花の攻撃を飲み込むように、桜の陣が押し返す。


「姫巫女か!!」

(莉桜!)


 自分を守る温かな薄紅は間違いなく彼女の魔術。

 魔力を通して届くのは、政斗の未来を望んでくれた彼女の思い。聞こえるのは、この国で出会った者達が呼ぶ自分の名前。


 それは、恒明の言う『捨てきれなかったもの』

 けれど彼とは違い、『政斗の力となるもの』


 迷う必要など、なかった。


 政斗は震える手を叱咤して刀を握りこみ、自分が持てる全ての魔力を注ぎ込む。政斗の力を取り込んだ刀は、複雑な文様と共に大きく光り輝いた。


「これはっ!」


 その膨大な力に、恒明が一歩後ずさる。しかし、政斗の方が速かった。


「はあぁぁぁっ!!」


 渾身の魔力を込めた刀を、政斗は壮烈な気合いと共にすくい上げた。

 瞬時に反応した恒明が防御の術を広げる。しかし、その魔術の陣に政斗の刀が触れた刹那――


「な……にぃ!?」


 彼岸花の模様が、まるで枯れていくかのように霧散する。


「見えているのなら……解くのも簡単なんだよ」


 驚きに目を見開く恒明。

 次の瞬間、政斗の刀は魔術の陣と恒明の胸を両断していた。

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