第34話

 一撃目で男を弾き飛ばした。手には布と、少しだが肉を断った感触もある。

 陽の宮の燃えかすに突っ込んでいった男を、政斗は油断なく見ていた。

 あの男をただの敵と考えてはまずい。目的のある殺戮者と見てはいけない。


(笑いやがった……)


 政斗が一発入れるその刹那、あの男は笑ったのだ。楽しそうに。狂喜を見せた。

 がらりと廃材が崩れ、男が立ち上がった。雲から現れた月が男の上に降り注ぐ。


「松木恒明……だったな」

「そう名のっていたな。本名など、とうの昔に捨てたが」


 顔布が破れ、明かりの元にさらされた顔は、松木恒明。その人だった。

 しかし、かつて信秀に仕えていた時のような弱々しい素振りも、人の良さそうな笑みもない。あるのはギラついた目と、この状況を楽しんでいるとしか思えない歪んだ表情。

 政斗はスッと刀を突きつけた。


「この騒動、誰に頼まれた!」

「誰にも。しいて言うなら取引だ」

「取引、だと?」


 眉根を寄せた政斗を、恒明は意外だと言うように見た。


「貴様も覚えがあるのではないのか? この腕を貰う代わりに、あいつは『自分を楽しませて欲しい』と言った。『小さなことでは楽しめない。誰も想像し得ないような楽しみが欲しい』と。だから私は考えた。そして、思い至ったのだよ」


 ニィッと、裂けているのかと思うほど恒明は口を吊り上げた。鬼のような、修羅のような顔。いや、もっと恐ろしい。

 人でありながら、鬼を食った男のような顔だ。


「自分の下にある足場が磐石なものだと思っている者達。その足場が崩れた時の顔はとても面白いんじゃないか? 全ての者の足場を崩してやれば、それはひどく笑えるんじゃないか、とな!」


 叫んで、恒明は一気に突っ込んできた。魔力を足に溜めている。その色は灰色。おそらくこれは恒明本人が持つ魔力の色だ。


「私の予想は当たったよ。この国の地位と権力を欲しがる奴らは馬鹿だ。状況に一喜一憂し、面白い顔を見せてくれる」

「だから、藤郷信定に取り入ったのか!」


 連続で繰り出される刀を弾き返しつつ、政斗は距離を取った。相手は古代魔術の使い手だ。至近距離で魔術を使われればひとたまりもない。


「あの男は切羽詰っていて、私の力を見せればすぐに飛びついてきた。その身代わりの早さも面白かったが……くくっ、今、もしかしたら失脚するのではというあの顔も笑えたよ」


 優秀な兄。強い権限を持つ中宮。その二人と仲が悪かった信定には、余裕がなかったのだ。どんな方法でも良い。早く上に上りたいと望んだ。その隙を恒明に付け入られたのだろう。


「信秀様も使いやすかったよ。頭は良いが馬鹿でね。隠れ蓑にはちょうど良かった」


 政斗はジャリッと足元の土をならした。呼吸を整える。

 刀を一振りすると、カチリと小さな音が響いた。直後、刀身に細かな光の模様が入る。


「魔巧器の刀、か……」

「てめぇとは最初から殺し合いだ。出し惜しみなんてしてどうする」


 政斗の刀は、打ち込まれる時、特殊な機械も混ぜて作られている。その機械が刃の中で細かく連動し、斬れ味をあげるのだ。

 また、莉桜の話によれば、刀身を作っている鉱物は魔力を伝達する魔玉と同じ物。


「聞きたいことがある」


 油断なく構えたまま、政斗は恒明に問うた。


「てめぇは、その腕を作った男の居場所を……知っているか?」


 かつて恒明が言われたことと同じ言葉。



――私を楽しませてください



 そう政斗に告げ、政斗から大切なものを奪ったあの男。


「貴様の右目を作った奴の居場所か?」

「っ!」


 ギリッと、噛み切らんばかりに唇を噛んだ。思い出すのは血に濡れた仲間達。死してなお、恨みや絶望を抱えてさまよっていた仲間の顔。

 今すぐにでも襲いかかりたいのを堪え、右目を覆った布を剥ぎ取る。人の目と、人ならざる者の目で、政斗は恒明を睨んだ。


「私を倒せたら、答えてやろう」

「すぐに吐かせてやる!」


 恒明が走り出す。政斗も足に魔力をまとわせ、大地を蹴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る