第33話

 刀の一閃で弾き飛ばされた襲撃者を見て、隣で華那が驚きの声をあげていた。


「うわぁ……政斗すごっ。強いとは思ってたけど、予想以上かも」


 莉桜に扮するために着ていた袿を脱ぎ捨て、いつもの格好で兵達を昏倒させていく。同じく女房姿を一瞬で着替えた砕も、集まってくる兵達をいなしていた。

 もちろん、すでに自分の魔術は発動させており、結界内に敵を閉じ込めている。


「砕、あの動きついてける?」

「オレはできる」


 砕は即答した。

 華那は答えを聞いて苦笑したかと思うと、身軽な兎のように敵の間をすり抜けていく。その間も、彼女の指先から出ている光の糸が、敵の体を切り裂き、赤い飛沫を撒き散らせていた。


 華那も現代魔術の使い手だ。それは、指先から鋼糸に似た光の糸を出すこと。

 斬る斬らないは華那の心一つ。彼女がただ斬るためだけにあれを振るえば、大木も大岩も真っ二つだ。


「あまり余所見ばかりしてると、怪我するぞ」

「してないわよっ、と、うわ!」


 言いかえした途端、華那は敵にぶつかった。避けた先に別の男がいたのだ。

 気づいた男が刀を振り上げる。華那もまた短刀で応戦しようと構えた。だがそれより早く、横から突き出された矛が男を吹き飛ばす。


「うちの可愛い護衛に、手ぇだすなっつの!」


 聞き慣れすぎた声に、華那は目を点にし、砕は大きく溜息をつく。


「ゆ、幸丈様!?」

「よ、華那! 無事か? てめぇ、オレの護衛を傷つけようたぁ、いい度胸じゃねぇか」


 いつもより身軽な格好に着替えた幸丈が、矛を片手に男を踏みつけた。

 護衛される側の人間が、護衛を攻撃されたからといって怒ってどうするというのか。


「幸丈様、あれほど来るなと言ったのに……」

「オレの護衛、全員こっちにいるんだぞ。ここの方が安全だろ」

「しかし……」


 守られるべき親王がわざわざ戦場に来ている。しかも、武器を片手に嬉々として戦おうとしている。彼は弱いというわけではない。並みの兵士なら簡単に伸してしまえる。

 だが、立場というものがあるだろうに。


「かたいこと言うな。オレもあいつも、ジッとしてなんていられないんだ」


 そう言って幸丈が指さすところに、士郎と莉桜がいた。士郎は莉桜を見つけた敵を斬り伏せていき、莉桜もまた、古代魔術を使って補助をしていた。

 せっかく二人の安全を考慮して身代わりという作戦を立てたのに、もう台無しである。二人そろって、もう一度自分の立場というものを考えて欲しいと砕は思った。


「し、親王殿下っ? ひ、姫巫女様も!?」


 目の前にいるのは、本来なら生涯顔を合わせることのなかった貴い身分の人間。そして、彼らがここにいるということは、自分達の企みが全てバレているということ。

 しかも砕の魔術のせいで、ここから逃げることもできない。


 不利を悟った敵の顔から、だんだんと戦意が消えていく。

 幸丈も状況に気づいたのだろう。彼の目は、少し離れたところで激戦を繰り広げている二人の男に注がれていた。


「あとは、あいつらだけだな」


 彼の呟きをかき消すように、魔術による轟音が夜を揺らした。

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