第五幕
第29話
戌の刻。幸丈は梅花殿に政斗と莉桜を迎え入れていた。
夕方の内に、砕によって二人とも秘密裏に宮中へと戻ってきてもらったのだ。
莉桜は一度、陽の宮からの避難場所になっている
最初は幸丈も政斗もそちらへ行こうとしたのだが、めったに陽の宮から出ない姫巫女がいるということで、ご機嫌伺いにくる貴族が予想以上に多かった。
そのため、人の多さに疲れ果てた姫巫女を話し相手に誘った、という名目で幸丈は梅花殿に二人を呼んだのだ。もちろん、政斗は砕の魔術によって連れてこられている。
そして今、政斗の得た答えを聞き終わり、幸丈は長い息を吐き出した。
「まあ、お前の言ってることで辻褄は合うな。だけど本当にできるのか? 相手が使ってたのは古代魔術なんだぞ。それを……」
「俺の右目も、見えないものを見て、魔術の正体すら暴いちまう。機械ってやつが入ってきたからできることなんだろうが、これがここに存在してる以上、あいつの古代魔術も、できないことはないだろ」
確かに、政斗の義眼は直に見なければ、『魔術の正体が暴ける目? そんなのあるかよ』と一笑していただろう。
莉桜のような高位の術士でも、魔術の正体を暴くのは難しい。凝縮した魔力を目に溜めて、何とか少しの時間見えるようにするのが精一杯だという。
あり得ない義眼が目の前にある。だから、政斗が出した答えも実在しないとは言い切れない。
幸丈は長い息をついて、答えを口にした。
「古代魔術が使える腕、ね」
知識もなく、法則すら知らずとも、古代魔術を使える腕があるのではないか、と政斗は言った。そしてその腕はおそらく、自分の右目を作った者と同じ人間の作品だろう、と。
政斗の右目に宿る魔力が、襲撃者の左腕からも感じられたと言うのだ。
それは禍々しく、冷たく、狂喜のようなものを覚える魔力だとか。
「莉桜の話だと、襲撃者は呪詛をばらまいたりすることを『力を貰ったお返し』って言ったんだろ? 本心は分からないが、あいつがこの右目の製作者に腕を貰い、そいつとなんらかの取り決めがあったのかもしれない」
「黒幕は、その腕の製作者だって言いたいのか?」
「……分かんねぇ。でも、本当に背後にいるのがこの右目を作った奴なら。そいつはただ遊び半分でやってると思うぜ」
「遊び半分? 国を傾けることがか!?」
幸丈は吼えた。
冗談ではなかった。多くの人間が住むこの国を、大事な民が笑っているこの場所に不和を起こすことを、遊び半分でやられるなど許せるわけがない。
大和国は遊びの舞台ではないし、そこに生きる命は人形ではないのだから。
「そいつは、そういう奴なんだよ……」
答えた政斗は、苦しげに右目を押さえた。隣で彼を見ていた莉桜が、躊躇いがちに手を伸ばす。袖に触れた手を、政斗は振りとこうとしなかった。
「とにかく。もし俺の予想通り敵がそいつに関わって、思想も似たり寄ったりなら早々に手を打つべきだ。放っておけばさらに他を顧みない横行に出るかも知れねぇ」
俺みたいな者がいるのもバレちまったしな、と言われ、幸丈も頷いた。
相手は陽の宮を直に襲うという強硬手段に出ている。何も手を打たなければ、莉桜のいるこの後宮もいずれ巻き込まれる。
ここには、帝の居住区もあるのだ。襲わせるわけにはいかない。しかし――
「だからって、莉桜を囮に使うってのは……」
政斗が出した案に、相手がわざと襲ってきやすい状況を作るというのがあった。
昨夜の襲撃から、敵は莉桜を排除することが手始めだと思っている。藤郷信定も、自分が後見人を務めている姫を天照家に入れたいのなら、莉桜の存在は邪魔だろう。
そこで、様子を見に行くという理由で、莉桜と数人だけを、今誰もいない陽の宮へ行かせ、現れた相手を迎え撃つという方法を取ろうというのだ。
しかも、大事になってはまずいため、内情を知っている極少人数だけで行うのが良い、と政斗は言う。
「主上に相談して、何人か兵を回してもらうのも駄目か?」
「敵は強い。正直、本気で戦うなら周りに人がいると迷惑だ。昨日の男は俺が引き受ける。その他、場合によっては藤郷信定が抱えてる兵もくる可能性があるから、砕と華那、あと士郎がいれば、莉桜と数人ぐらい守れるだろ」
敵がいつ新たに襲ってくるか分からない。早く決着をつけるなら明日の夜には動くのが最善だ。だが、帝に事情を話し、執政官を通し、内密に兵を集めていては時間もかかる。
それに、藤郷信定が関わっているなら、兵を動かす時に作戦が露見するという可能性もある。腐っても彼は戦衛府の総隊長だ。
「私はかまいませんよ、幸丈」
「莉桜……」
悩む幸丈の前で、件の姫巫女は気負った様子もなく囮になることを承諾した。
「政斗や、貴方の側にいる者の強さは私もよく知っています。私とて天照家の娘。守られるだけで終わるつもりはありません」
言いながら政斗を見る彼女の目には、深い信頼が宿っていた。
この短時間で、自然に名前で呼び合える仲にもなっている。莉桜は、政斗を受け入れたのだろう。
「お前は言い出したらきかない頑固者だしな」
「まあ、それは貴方も同じでしょう?」
莉桜の言い返しに、幸丈は肩をすくめた。長いつき合いだ、だいたい考えていることは分かる。
彼女も自分も、政斗に賭けても良いと思っているのだ。
その政斗はというと、結論が分かったのか、スッと立ち上がって廊下の方へ向かう。
「政斗?」
「幸丈。もしもの時は俺に全ての責任を押し付けて、即座に切り捨てろよ」
「な、何言い出すんだ! そんなこと……」
「もともとそのつもりで俺を引き込んだんだろ。俺も……お前らのためなら良いか、と思ってるんだよ」
意外な返答に目をしばたかせると、彼は苦笑しながら御簾を軽く避けた。
「詳細が決まったら呼んでくれ。砕、魔術をかけてくれ、ちょっと夜風に当たりたい」
その苦笑は、ひどく優しいながらも寂しげで。
出ていく政斗を止めることが、幸丈にはできなかった。
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