第四幕
第23話
寅の三刻。夜明けまであと一刻という時間になって、陽の宮の炎は全て消し止められた。
全焼とまではいかないが、広大な屋敷の約三分の一は墨となっている。今も名残か、焼けた木片から薄く煙が立ち上っていた。
その残骸を見ながら、幸丈は手元に届いた文を見ていた。
つい先程、舞い降りた鳥が変化した物。以前にも見たことがある。莉桜の魔術だ。
「はぁ……無事なのは良いけど、あいつもまた無茶苦茶なことを」
『莉桜ちゃん、大丈夫なんですか?』
不安げに見上げてくる華那に笑みを返して、『大丈夫だ』と告げてやる。
「政斗が一緒だからな。明日……いや、もう今日か。一日くらい大丈夫だろ。それより……」
幸丈はもう一度文に目を通した。
莉桜を襲った謎の男。その口ぶりから、東宮派に属している者かどうかは判別がつかなかったそうである。逆に、東宮派という隠れ蓑を着ている可能性もあると。
さらに、道具なしで使われる古代魔術。詳細は咲耶京内の呪詛を消しながら、政斗と探るつもりだと書いてあった。
「どうも、一筋縄じゃいかないみてぇだな」
東宮派なら、ある程度の目星はつけられた。だが、その権威を笠に着ている輩の独断なら、暴くのは難しい。
かと言って、莉桜の文にあるように、この国どころか、この地の不和を望んでいるとなると、いよいよ放っておくことはできない。
背後に藤郷家が絡んでいてもいなくても、早急に手を打つ必要がある。
「砕。東宮派にいながら、一定の距離をおいている者を探れ。近年近づいた者で良い。藤郷家を中心にだ」
「御意」
小さく返事が聞こえた。
政斗達が何かしらの証拠を掴んできてくれるのを、ただ待っている場合ではない。もともと彼を巻き込んだのはこちらだ。ある程度の材料はそろえ、いつでも動けるようにしておく必要がある。
「幸丈」
官吏達からも探りを入れるか、と幸丈が思った時、後ろから知った声が聞こえた。振り向き挨拶をしようとして、ギョッと体が固まる。
「主上、それに……草薙殿」
『あ、パパもだ』
連れ立ってきたのは、父である帝と、それにつき従う巨漢の男。
彼の名は。
だが幸丈が身を強張らしたのはその男のせいではない。帝の隣で能面のような顔をしている男。式部省長官であり、天照一族の現当主。天照草薙のせいだ。
(やっべ~、莉桜の親父が来ちまった)
幸丈は笑みを浮かべながら、持っていた文を咄嗟に懐へしまう。
「お前が兵を動かしてくれたそうだな。思っていたより消火と情報の回りが早かった」
「いえ、消火に関しては草薙殿のおかげです。水の魔術を使っていただきましたので」
そう、この草薙もまた莉桜と同じ古代魔術の使い手だ。彼は集中力を極限に高め、最高位の水の魔法で雨を降らせてくれた。おかげで早く火が消せたのだ。
「親王殿下が式部省と魔術隊に連絡し、魔力を私に分け与えてくださったおかげです。より早い魔術の発動ができました」
感謝しております、と述べられ、幸丈は人形のようにギクシャクと首を振った。
「ところで……我が娘、莉桜の行方をご存知ではありませんか? あれの居室近くが爆発の中心地だったもので、先程から姿が見当たらないのを案じております」
本当に案じているのか、草薙の表情は最初と何も変わりない。幸丈もまた笑顔を崩さない。しかし、心臓は早鐘を打っていた。
草薙の目は、政斗の右目とは別の形で相手の心を見透かすようだ。
天照家の役目を重んじる彼は、『あ、莉桜なら都内の呪詛を払いに行っちゃいました』と言ったら、静かに、だがそれはもう恐ろしく怒るに違いない。
幸丈は内心の動揺を悟られぬよう、昔から使っている模範的親王の仮面をかぶった。
「姫巫女殿なら、安全のため傍仕えの者と共に後宮内に移動していただきました。かの方の救出は、たまたま陽の宮の前を通っていた雪竹政斗の助力が大いにあったそうですよ」
「ほう……後宮に」
草薙が後宮の方角を見た。しかし、その目が大内裏すら超えて都の中を見ているようでならない。
すでに後宮のある殿舎に、紗雪を含む莉桜の側仕えの者を入れてある。影武者もおり、莉桜の文では一日それで誤魔化すらしいから、彼女達も協力してくれるだろう。
しかし、仮にも実の父である草薙なら、御簾越しでも分かるかもしれない。幸丈の心臓は今にも壊れそうだった。
「まあ、それならばかまいません。私も事後処理が残っているので失礼いたします」
端的にそう言うと、草薙は背を向けて去っていった。会いに行く素振りもないのは少し冷たいと思うが、今はホッとするほかない。
「幸丈、私に何か報告することはないかね?」
「え?」
今度は父親からの穏やかながら、どこか黒い問いかけ。一瞬固まったのも束の間、幸丈はいつもの調子で笑って見せた。
「そうですね。お伝えしておきます。姫巫女の話によると、侵入者は古代魔術の使い手だそうです。口ぶりから、この大和国を……というよりは、この地自体を貶めようとしている者かと……」
あえて、東宮派と藤郷家に近しい者の可能性があることは伏せておく。だが話せるところは話し、嘘はつかない。相手を信じさせるにはこういった手段が有効だ。
帝は何を考えてか、しばらく幸丈の顔を見ていた。そして、すぐに隣にいる富嶽に命令を出す。
「富嶽、情報の収集に回ってくれ。暗部を動かしてくれてかまわない」
「はっ」
富嶽が跪き頭を垂れる。
帝は去り際、ポンと幸丈の頭に手を置いた。
「最終的な責任は、どのような問題であっても私が取る。無茶はするな」
今度こそ、幸丈は完全に固まった。隣では、富嶽が華那に『新王殿下の暴走はお止めするんだぞ』とか何とか言っているのが聞こえる。
主従そろって呆然と父親達を見送り、数拍置いて顔を見合わせた。
『幸丈様。色々バレてる気がします……』
「言うな。気にしたらあとのお仕置きが怖くて動けなくなる。今は何も気づかないことにしよう……うん、そうしよう」
言い聞かせるように呟いて、幸丈は冷や汗を拭った。
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