第22話

 大岩の封印を莉桜の魔術で解除して、暗い通路を四半刻ほど歩いた。

 複雑に入り組んだ通路は、天照家の者しか分からないらしい。彼女の指示に従い地上に出た時、そこは大内裏の外だった。

 どこかの屋敷の片隅。ここもまた、封印された岩が出入り口になっているようだ。


「ここは?」

「左京にある天照家の別邸です。大内裏の真東に当たります」

「へぇ」


 右目を凝らしてみれば、確かに薄暗い中にも陽と桜の紋章がある。人の気配もするから、おそらくここに常駐している家人もいるのだろう。


「とにかく、まず家人にあんたのことを話して、それから幸丈達にも……」


 言って歩き出そうとした政斗の裾を、莉桜はガシリと掴んできた。

 着ている衣もボロボロで、顔も肌も煤だらけだが、この少女の高貴さが失われていないのは見事と言えるだろう。


「何だ?」

「無理を承知でお願いがあります」


 黒曜石のような目に、強い光が灯る。


「私を、このまま咲耶京の中心部、市などがある場所へ連れて行ってください」

「はぁ!?」


 信じがたい言葉に政斗はつい大声を出す。その口を袖で塞ぎながら、莉桜はなお詰め寄ってきた。


「都内にあの男によって呪詛がばらまかれているんです。位置は分かっていますし、帝からの申し入れがない以上、私が独断で動くしかありません」

「だからって、帝やお前の家がそれを許すと思うか? お前がいなくなれば大騒ぎだぞ」

「そのとおりです。だから内密に貴方に頼んでるんじゃないですか。身代わりを立てるよう側仕えの者には知らせます。幸丈にもです」

「いやいやいや……」


 政斗は莉桜を制しながら思った。


(類は友を呼ぶ、か? この姫さんも幸丈並に無茶を言いやがる……)


 先程屋敷で相対した謎の男。あれが呪詛を仕掛けた者であり、幸丈が潰したいと願う不和の中心部だろう。

 当初は信秀かと思っていたが、実際まみえてみて違和感が残った。


(太刀筋、動き。どれをとっても信秀より上だ。それにあの腕……)


 古代魔術は道具を用いて使うものだと聞いた。それなのに、あの時政斗の右目が見たのは、左腕から直に構成される魔術だった。

 左腕の中心から、朱色の魔力が彼岸花を形作る。その魔力は禍々しく、重い。


(同類……ね)


 男がそう言った時、政斗も確かに似た雰囲気を覚えた。

 この、右目に宿る義眼と同じ邪気を。


「聞いてますか、雪竹様!」

「あ、ああ?」


 莉桜がズイと顔を近づけてきたので、政斗はのけぞりながら生返事をした。綺麗な顔を少し歪めて、莉桜は空を指差す。二羽の白い鳥が飛んでいた。


「今、文に魔術をかけて、幸丈と側仕えの者のところへ飛ばしました」

「な、何ぃ!」


 いつのまに、と思って空を振り仰ぐが、鳥はすでに遠く内裏へと向かっている。


「一日ぐらいなら身代わりもバレないでしょう。私の護衛には貴方がついてくれるから、心配ないと書いておきましたし」

「おい……」


 大人しい姫君かと思いきや、かなり行動派な少女だ。無鉄砲と言っても良い。

 政斗が額を押さえて溜息をつくと、莉桜は何かを訴えるように手を握ってきた。


「私は、この土地を守る天照家の者として生まれました。その役目に誇りを持っています。でも、誰もいなくなった土地を守っても無意味でしょう?」


 触れた手に力が込められる。彼女もまた、幸丈と同じだ。この場所を、そしてここに生きる命を愛している。


「神ではなく、人ありての土地なのです。私にできることがあるのなら、やりたいんです」


 飾るところのない、素直で強い意志だった。

 政斗は髪をかき上げる。未だにさらされたままの右目には、莉桜の決意を表すかのように、彼女を取り巻く薄紅色の綺麗な魔力が見えた。

 とても美しく、温かい魔力だ。


「どうしてこう、俺の出会うこの国の人間は……」

「え?」


 こぼれたのは、溜息ではなく苦笑だった。

 国のことなど関係ない、ただの旅人だった自分がこうも感化されてしまう。そう思わせてくれる幸丈や莉桜という存在は、楽しくもあり、嬉しくもあり、切なくもあった。


「分かった。ただし俺がつき合ってやるのは一日だけだ。その間、俺の言うことは聞いてもらうし、俺の調べたいことにも協力してもらう。良いな?」

「はい!」


 勢いよく頷いた莉桜を連れて、政斗は都内へと出る。

 陽の宮からは、今日が始まりであるかのように、立ち上った黒煙が空を覆っていった。

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