第14話

 去っていく二人の背中が小さくなるまで見送ると、隣で政斗がポツリと呟いた。


「あの姿、戦衛府の総隊長そっくりだな」

「そりゃそうだろ、あの二人は叔父と甥だ」

「へえ……はぁ!?」


 驚いた政斗に、幸丈は自分が思い出せる限りの系図を教えてやる。


「良いか? 以前、帝の政務を補佐する筆頭執政二人の内、中宮の父親で先の親王がその役職についてた。今は亡くなっちまったがな。で、その下にいる民部、法刑、外務、大蔵、宮内の五省を束ねる執務長官に中宮の兄で藤郷信秀の父親が現在ついてる」


 この国では、六省の内、五省をまとめるのが執務長官だ。残り二つは兵部省と式部省。兵部省は筆頭執政二人の管轄下にあり、帝、東宮なども勅命をすぐに出せる場所でもある。


「で、兵部省戦衛府の総隊長が中宮の弟。藤郷とうごう信定のぶさだだ。ただし、中宮と信秀の父親とは腹違いの兄弟だ。さてここで問題。なぜ信定は五省ではなく兵部省に入ったでしょう?」


 覗き込むように政斗に問えば、彼は少し考えてすぐ答えを口にした。


「…………五省だと出世の道がないから」

「正解! 信秀の父親と信定は仲が悪い。中宮も、すでに執務長官にまでなってる信秀の父親を頼みにしてる。栄華は兄の方にあるってことだ」

「だが、兵部省は執務長官の管轄にない。場合によっては帝自身が引きたてることもある。……なるほど、出世するには邪魔されない兵部省の方が都合が良いってことか」


 理解が早い。これもまた、政斗の真の価値の一つだ。


「そ。だが、兵部省の上位には、常にその職を生業にしてきた一族がついてる。大和家はもともと武人の家系だからな、凶事の際、金と権力だけでのし上がってきた奴が上にいても意味がないと帝も分かってるんだ。だから、まだ戦衛府の総隊長止まりってこと」


 信秀はその中でも規格外だ。

 金も権力もある家柄だが、腕もそれなりにある。信秀の父も中宮も、仲も悪く、できの悪い弟より腕のたつ信秀に期待をかけている。

 もし信秀が兵部省の上位をさらえれば、また藤郷家の力は増すのだから。

 それだけに、あの御前試合で政斗に負けたことは大きな波紋を呼んだのだろう。


「なあ、一つ疑問に思ってたことを聞いても良いか?」


 ようやく梅花殿に到着して、政斗を中に招き入れる。控えていた女房達が噂の武人を前に色めき立ったが、幸丈はそれらを全て下らせた。

 静かになった母屋で、円座わろうだに腰を下ろした政斗が隻眼を向けてくる。


「東宮派っていうのは、もちろん中宮の家系、藤郷家のことだろ? そいつらがお前じゃなくて姫巫女を襲う理由があるのか? 一応次代の帝には中宮の息子が据えられてて、総領が執務長官になってるなら、そのまま筆頭執政に上ることだってわけないはずだ」


 念のためと潜められた言葉に混じる疑問は、当然のものだった。

 今でも栄華の極みにいる藤郷家。次期帝の継承問題がまだ解決していなくとも、このまま幸丈が手を出さなければ、次の帝はすんなり幸時に決まる。信秀の父が筆頭執政になる日も、そう遠くはないだろう。


「わざわざ力の強い天照家に手を出してどうなる。もし藤郷家の仕業だとして、バレて不興を買えば、一気に転落だぞ」

「士郎から聞いてないか? 民の中には、大和家より天照家に重きをおく者もいるって」


 答えを質問で返すと、政斗は難しい顔をしながらも『聞いた』と答えた。


「天照家の力は絶大だ。今は貴族に席を連ね、役職的には式部省に納まってるが、一切の行事を管理し、帝位襲名の時も最終的には天照家の許可がないと終わらない。凶事が起こった時も、どうにもならないと判断されれば、帝が天照家に頭を下げて魔術で解決してもらうことが多いしな」


 幸丈の答えに、政斗はさらに首をひねる。


「なら、余計に天照家を味方につけた方が良いんじゃないのか?」

「そうしたいのは山々だろうさ。手っ取り早いの縁戚になることだが、天照家と大和家での婚姻は認められてない。権力を集中させるわけにはいかないって理由でな」


 大和家が天照家の血を取り入れれば、この国の、いや、この土地の全てを支配下に置くことができる。天照家はそれを嫌がった。

 代々守り続けてきた土地を、よそから来た血には任せられない、と。

 大和一族がこの地に国を建てられたのは、他国から土地を共に守るという、天照一族との盟約があったからだ。同時に、当時盟約を交わした天照一族の長はこう言ったらしい。


『そなたらがこの土地を汚すのならば、無論、そなたらも、そしてその民も排斥する』と。


「天照家にとってこの国は本来どうでも良いんだ。大和家の内輪揉めも勝手にやってくれと思ってるはずだぜ。この土地を守る人間がいればそれで良い。誰が上に立とうが、天照家は天照家だということさ」


 民は国を動かす大和家に仕える。だが、凶事があって天照家が力を貸せば、それはある意味大和家をしのぐ信頼を生むことになる。

 神秘の力で国の暗雲を払ってくれる尊い一族。忠義というよりは、信仰に近い念を民は覚えているのかもしれない。


「で、それが何で姫巫女を襲う理由になるんだ? 国に関わってこないなら、折り合いつけて上手いことやれば良いだろ」

「今の帝も、これまでの帝もそう考えてきた。与えられた役目が違うのだ、と。でもな、藤郷家の人間はそう考えてない。この国を支配しているのなら、この土地をも支配していることと同じはずだと思ってる」


 特に中宮と信秀の父はその気が強い。得られる権力を全て手の内に、誰よりも華やかな地位は自分達の元にあるべきだと考えている。


「大和家と天照家の婚姻は認められてないが、他の貴族に傍流の天照家の娘が嫁ぐことはあった。そうしないと血も途絶えるからな」

「つまり、藤郷家には天照家の血を継いだ人間がいるってことか?」

「そ。中宮たちの父親である先の親王の血筋じゃなく、その妻だった貴族の血筋だ。今は藤郷家に援助してもらって生活してるぐらい貧乏だが、女で、魔術も使えて、しかも莉桜と同い年の十七っていうおあつらえ向きの姫がいる」


 ちなみに莉桜は一人娘だ。と幸丈が言うと、政斗は納得したように息を吐いた。


「姫巫女を亡き者にして、その傍流の姫を天照家の養子にするつもりか」

「そういうこった。間の悪いことに、莉桜の父親にも兄弟はいないからな」


 莉桜が死ねば、天照家に後継ぎがいなくなる。だが血を絶やすわけにはいかない天照家は、傍流の血筋から後継者を探しだすだろう。

 その時、藤郷家はその姫君を推す気なのだ。そうすれば、帝の地位も、天照家の地位も藤郷の息がかかることになる。

 幸丈はグッと拳を握った。


「天照家の無関心さも確かに悪いとは思う。ここに国を開くことを許可し、そこに住まう以上、天照家も大和国の民の一部だ。この国のことを思って欲しいと思う。でもな、大和国は、大和家と天照家、双方がいて成り立つものだ」


 武を極め、外敵から戦いを持って国を守る大和家とその民。そして、暗雲と凶事を払い、祈りと魔術を持って土地の平穏を守る天照家。


「藤郷家の地位に目が眩んだ力じゃ意味がない。天照家の役割を果たせるのは、天照家の誇りと信念を持った人間だ」


 それが莉桜だ、と幸丈は思っている。

 天照家の中でも歴代に名を残すほどの古代魔術の才の持ち主。一見冷たく見える態度も、凛とした誇りと、強い信念の表れだと思っている。

 そして、彼女を昔から見ていた幸丈は、莉桜がただそれだけの姫君でないことも知っているから。


「大和国のためには、莉桜が必要だ。だから、守りたいんだ」


 幸丈は、今までに見せたことがないほど真剣に政斗と向かい合った。

 自分の心を伝えるためには、駆け引きなど無用のものだ。

 しばらくの間、政斗は幸丈を正面から見返してきていた。

 莉桜とはまた違う黒い隻眼と、見えぬものを見抜く布に隠された魔巧の義眼が、幸丈の真意を確かめるように貫く視線を多くってくる。


「分かったよ……」


 根負けしたようにそう言った政斗は、幸丈を見て笑った。それは今まで見たどの笑みとも違う、少し少年らしさを残した顔だった。


「親王にそこまで言われて、報酬まで貰えるんだ。ちゃんとやってやるよ」


 しょうがないと言うような口ぶりだったが、隻眼に強い色が宿るのを幸丈は見た。この男なら大丈夫だと思わせるあの空気が、再び幸丈を引きつけ、期待させる。


「ありがたい。ああ、オレのことは親王じゃなくて、幸丈で良いぞ。生来、堅苦しいのは駄目なんだ」

「それで示しがつくのかよ」

「オレは友人らしい友人っていうのは今までいないからよく分かんねぇけど、普通は名前で呼び合うものなんじゃないのか? ま、公の場で気をつけてくれりゃ良いって」


 からから笑って言うと、なぜか政斗は驚いたように目を見開いた。だが、すぐにその驚きを消して笑う。華那が嬉しそうにパタパタと尻尾を振っていた。

 こうやって歳の近い青年と笑い合うことが、これほどに楽しいものだと、幸丈は初めて知った。

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