第13話
夕刻になり、大内裏に戻ってきた幸丈は、そのまま政斗も連れて幸丈の居住区にもなっている内裏へと入っていった。
堅苦しい場所は嫌いだから、と言う政斗を無理やり引きずってきたのだ。彼には、自分の居住場所である梅花殿の位置も覚えてもらわなければならない。
「それにしても、驚いたぞ。まさか莉桜に刀を突きつけるとは」
「バウッ」
狼型に戻った華那が、抗議するように吠えた。砕は姿を見せないが、きっと傍にはいるだろう。根っからの暗殺者気質である彼は、めったに姿をさらさない。
嗜めを受けている政斗は、二人の苦言など気にならないのか、軽く肩をすくめた。
「どんなに尊い姫様だろうが、俺から見ればただの世間知らずだ。魔術は大したもんだが、避けられて攻撃されればひとたまりもない」
「まあ、そりゃそうだ」
莉桜の魔術は強くても、彼女自身が戦えるのかと言われれば否と答えるしかない。
幸丈は一定以上の武芸を身につけているが、屋敷の奥深く、柔らかくも安全な茵しとねの上で育ってきた莉桜は争いというものを知らない。
「だが頭は悪くない。自分の力が及ばないこともあると分かれば、あいつは助力を頼むこともできると考えた」
「んで、いきなり刀を抜いたのか」
「言葉で説明するより早いんだよ。まして、力を貸すのが、何かあってもすぐに切り捨てられる俺なら二つ返事で頷くと思ったんだ」
梅花殿へと歩みを進めながら、幸丈は政斗の顔を盗み見た。
髪をまとめているわけでも、衣に香を焚きしめているでもない。世にいう風流の欠片もない、雅などとは縁遠い青年だ。
幸丈も、政斗に初めて会った時は『荒くれ者』という印象が強かった。
だがどうだろう。戦衛府の服を纏わせ、自分の隣を颯爽と歩く姿は堂々たるものだ。
刀を使うせいか姿勢が良い。悪人顔だとさんざん言っていた表情も、切れ長の目を持った精悍な顔つきだ。何より、彼は頭が良い。
学問ができるとかそういう類ではない。旅で培った知識、知恵が豊富で、それを場に合った形で使いこなす。頭の回転が良い証拠だ。
纏う空気に迷いや困惑など見せない。だからだろうか、引きつけられるのだ。
「莉桜が頷いたのは、それだけじゃねぇと思うけどな」
「は?」
士郎から飲食街での事件を聞いた時、面白いと思った。だが、会って、ただ腕っ節だけの男なら頼み事などしなかっただろう。
莉桜は大事な幼馴染だ。この大和国になくてはならない存在だ。並の者に任せることはできない。
しかし政斗に会って、話をして、彼なら大丈夫だと、任せられると判断した。
彼の揺るぎないその姿に、信頼を覚えたのだ。それはきっと、莉桜も同じ。
「たぶん、オレと同じ理由であいつはお前の提案を受けたんだよ」
「何だよ、その理由って」
「ふふん、内緒だ」
言っても彼のことだ『気持ち悪いこと言うな』で終わるに決まっている。それに、こういうことはあえて口に出すものではない。
つき合いの中で、少しずつ態度に乗せていけば良い。
梅花殿が見えてきた時、その二つ手前にある
一人は戦衛府の制服、もう一人は同じく兵部省の魔術府の服を着ていた。
「あれは……」
政斗が目ざとく見つけると同時に、向こうもこちらに気づいたようだった。その内の一人、戦衛府の服を着た藤郷信秀があからさまに顔をしかめる。
「これは親王殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
「気遣いいたみいる。あちらからお出ましとは、千両の中宮様の思し召しか?」
千両の中宮とは、東宮幸時の母であり、
藤郷家は中宮の縁者であり、彼女は若くして武と知の両方の才に恵まれた信秀を可愛がっていると聞いたことがある。
「ええ、まあ……」
信秀は言葉を濁して政斗を睨みつけた。そこで幸丈はピンとくる。
(なるほど、先の御前試合での醜態にお小言を言われたわけだ)
帝の妻達の中でも千両の中宮は気が強く、矜持が高いことで知られている。人の下に立つことを良しとせず、自分が一番でなくては納得できない。
そんな女性からお小言をさんざん聞かされれば、負けたのが自分とはいえ政斗を睨みたくもなるはずだ。
幸丈が苦笑を堪えていると、信秀の傍らにいた男が彼の袖を引いた。どこか気の弱そうな、幸丈を前に萎縮した男だ。怪我をしているのか、左手に包帯をしている。
「の、信秀様、今日は父君と夕餉をご一緒されるのでしょう? お早く戻らねば」
「分かっている。ああ、ご紹介が遅れた。この者は
「よ、よろしくお願いいたします!」
恐縮しながらも、士郎に似た人の良い笑顔だった。
急ぐと言っている彼をわざわざ引き止める必要もない。去ろうとする背を軽く見送り歩みを進めようとしたその時、信秀が政斗の名を呼んだ。
「雪竹、この間は後れを取ったが、二度同じ失態を繰り返すつもりはない。私もまだ手の内は他にもあるからな。いずれまた、手合わせ願おう」
完全なるた宣戦布告。見えない果たし状を投げつけられた政斗は、受け取る気もないのか耳をいじりながら鼻で笑って言い放った。
「実戦経験積んでから来やがれ、ボンボン」
「っ! ええい、首を洗って待っていろ!」
音が鳴りそうなほど勢い良く指を突きつけて、信秀は足を踏み鳴らしながら去っていく。その後を恒明が慌てて追いかけていった。
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