第10話

「お、やっと来たか」


 てっきり内裏の梅花殿にいると思っていた幸丈は、なぜか大内裏の北端の茂みに隠れるようにして立っていた。隣にはいつものように華那がいる。


「お前、こんなとこで何してんだよ」

「何って、この塀の向こうが莉桜のいる陽の宮だ」

「いや、それは分かってるけどよ。何でこんな茂みの中にいるんだって言ってんだ。門はあっちだろ」


 政斗が顎で指し示す方向に、大内裏北の唯一の門、陽光門ようこうもんがある。

 本来、大内裏の造りとして東西の塀には四門、南北の塀には三門あるべきなのだが、天照家が大内裏の北側にあるため、北側にはその屋敷、陽のひのみやと繋がる門が一つあるだけだ。


「馬鹿かお前、門には門衛府もんえいふの隊員がいるだろ。バレたらどうすんだ」

「いや、お前が馬鹿か。親王で幼馴染なんだから、別に大丈夫だろ」


 確かに、門の前には兵部省門衛府の人間が常に五人で見張りについている。特に陽光門を守護するのは中でも選りすぐりの武人達だ。彼らを素通りし、陽の宮に許可なく出入りできるのは帝のみ。中宮や内親王は帝の同伴として、ようやく許可が貰えるそうだ。

 しかし、東宮と第一親王は事前に天照家から許可を貰えれば単独で足を踏み入れることができたはず。

 幸丈は第一親王。許可さえあれば、堂々と門から入れる身分だ。


「あのな、オレが堂々と許可貰って入っても良いが、それだと東宮派の奴がいきり立つんだよ。『親王は天照家を味方につけるつもりだ』ってな」


 この青年、突拍子もないことを考えつくくせに割と論理的な考えをする。何より、どんな些細なことでも大和国に不和を広げることを良しとしていない。

 継承問題も、やり方によっては幸丈が東宮になることもできるはずなのに、あえてそれをしていないように見える。


「それに、オレが莉桜に接触することで焦った奴らがさらに横暴な手に出ないとも限らない。手引きは莉桜の乳姉妹がしてくれるから、隠れて行った方が良いんだよ」


 姫巫女の無事を願う幸丈としては、危険性を増長させたくはないのだろう。

 それに、姫巫女の身を親王が守っているなどと噂が流れれば、やがて東宮派との争いを活発化させる原因になるかもしれない。


「お前の考えは分かった。でもな、このちんまい穴から行こうって言うのか?」

「あ~、ガキの頃は通れたんだけどな」


 頬を掻く幸丈が見るのは、塀の一部に空いた小さな穴。彼の言うとおり、小さな子供なら何とか通れる、という程度の穴でしかない。

 華那が広げようと塀を引っ掻いているが、ハッキリ言って無理だ。


「この塀を抜けると堀がある。それを渡って、さらに高い塀を超えると迷路みたいな庭が出てきて、奥に本邸がある」

「その高い塀に空いてる穴は?」

「これよりちっせぇ……痛っ!」


 とりあえず一回頭を叩いておいた。華那が飛びかかってくるのを避けて、政斗は砕に目配せする。


「見張りの兵の配置は?」

「陽光門に五人。堀を渡った先の桜花門おうかもんに三人。屋敷内の庭には二十人ほどいるが、その目を盗んで、姫巫女の居室に行く道筋はオレと幸丈様が知っている」

「堀の渡り方は?」

「陽光門と桜花門を繋ぐ橋の下に小舟を置いている。オレの魔術なら渡るのも造作ない」


 政斗は頷いた。砕の魔術は結界を張ること。一度見た時の発動範囲なら、三人と一匹を包むぐらいはわけないだろう。


「問題は塀か……俺と砕は大丈夫として、お前らも上れるよな?」


 華那と幸丈を見ると、華那は心外だと言わんばかりに胸を張った。だが、幸丈はにへらとしまらない笑顔を見せる。

 政斗は溜息をつきながら、もう一度幸丈の頭を叩いた。

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