第7話
二人の青年の試合を、幸丈は少し高くなった観覧席から見ていた。というよりも、笑い転げるのを必死に耐えていた。
「くくっ、なんっだあいつら。おもしれぇ」
隣の席には父であり帝がいる。他の貴族も近くにいるため、幸丈は笑っているのがばれないよう、口元を袖で覆って堪えていた。
二人が登場した時、観覧席は信秀の話題で持ちきりだった。
藤郷家は中宮の縁者に当たる。つまり皇族の血を引いている名家だ。その家から出た、成績優秀で将来有望な青年。
珍しく政治に関わる官吏ではなく、体を張る武官を目指し、なかなかに良い腕を持っていると以前から評判であった。
対して政斗は、どこの誰とも知らない旅人。御前試合という場にも関わらず横柄な態度と口の悪さで評判は最悪だった。今もまだ、中宮達が囁く声が聞こえる。
「何と野蛮な……これだから市井の者は」
「あのような無作法者を推挙するとは、親王も何を考えておられるのか」
口さがなく聞こえてくる言葉に、足下にいた華那が小さく呻った。宥めるように頭をなでてやると、彼女は釈然としていないように鼻を鳴らす。
「良いんだ華那。目に見えてるものだけで判断する奴は放っとけ。そんな奴らは相手にする必要もない」
態度や身分などただの一部にしか過ぎない。それだけで政斗の価値を決めつけるのは愚かというものだ。
現に、信秀の攻撃を避けた瞬間から、政斗を見る目を変えた者もいる。
隣にいる帝もその一人だ。
「幸丈、彼は面白いな。どこで見つけた?」
「数日前、飲食街で酔って暴挙を働いた男がいましてね」
話し出した途端、観覧席の前で警護に当たっていた戦衛府の隊長が咳き込んだ。
「その男を一撃で伸したのがあの青年です。戦衛府副長の月矩士郎が見初め、私に教えてくれました。会ってみると、これがなかなか興味深い」
帝は一つ頷くと、年の割に若々しい顔に笑みを浮かべた。
「最近、流行病に盗賊の横行と、頭を悩ませることばかりで、御前試合も開こうかどうか迷っていたが。ふむ……楽しませてくれるではないか。お前が戦衛府に推すだけはあるな。一手刃を交えてみたいものだ」
「それは、この上ない誉れでしょう」
大和家は武の一族だ。帝といえど、幼い頃から一定の武芸を修めるために訓練を受けている。普段はそうは見えないが、重い衣を身に纏っているこの父も、そこらのごろつきなどあっさり倒してしまえる実力はあるのだ。
幸丈は父の興味が政斗に傾いたことに満足し、今度は自分の右側へと視線をやった。
御簾に遮られた席で、姫巫女である莉桜が政斗を凝視している。
「どうだ莉桜。けっこう男前だろ。まあ釣り目気味なのは確かだが、近くで見ると整った顔立ちだし、腕も立つし、何より面白いと思わねぇか?」
幼馴染でもある莉桜は少し冷めている。周りにいる人間が幼い頃からどこか一線を引いていたからか、何事にも淡白で深い関わりを持とうとしない。
話していて表情が変わるのは、幸丈や華那、乳姉妹の紗雪ぐらいだろう。
そんな彼女が、珍しく目を引かれている。身辺を護衛するためにも、政斗に興味を持ってくれると助かるが、この状態だと思わぬ副産物も手に入りそうだ。
「莉桜?」
「白い星の輝き……」
「何だって?」
ポツリと発された言葉を聞き返すと、彼女は小さく首を振って幸丈を振り向いた。黒曜石のように澄んだ黒い瞳が、剣呑な色を宿して見つめてくる。
「いいえ。それより幸丈。貴方、何か企んでますね?」
周りに聞こえないよう潜められた問いかけに、幸丈はニッコリと笑い返してやった。
「人聞き悪いこと言うな。俺はいつだって国のためになることを考えてるぞ」
数秒、幸丈の顔を探るように見ていた莉桜は、小さな吐息と共に政斗へと視線を戻した。今は何も話さないと思ったのだろう。
幸丈もまた、試合へと意識を向ける。
舞台の上では、信秀が己の魔術を発動させたところだった。それを察した政斗が軽く気を引き締めているのが分かる。
真剣になる隻眼。武人としての空気を纏い始める体。ほんの少し、あの青年の真の価値が見られるかもしれない。
政斗を巻き込んだのは、己のためでもあり国のためでもある。自分の好きな大和国に不和が起きないようにするためだ。嘘をついているつもりはない。だが――
「面白ければ、なお良いんだよ」
頬杖をついて呟くと、一瞬それを聞き咎めたかのようにこちらを睨む政斗と目が合った。
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