第3話
その日の深夜、大和国の後宮、
「……どうした? 何かあったか、
寝台の上で、この梅花殿の主たる親王、
この鬼灯は大和国全域に生息している植物で、夜になると房が開き、中の実が空気に反応して発光する。多少改良を加え、今では一般の家庭でも主流の明かりだ。 その明かりが、視界の端に動く影を際立たせる。
幸丈が目を向けた場所には、闇に紛れる様にして一人の男がいた。
「戦衛府副長、月矩殿から内密連絡です。『面白い逸材が手に入った』と。現在、地下牢にて幽閉中。総隊長が伸びてる間に来てください、とのとことです」
「総隊長が伸びてる? 何だそりゃ。変な話だな、
もそもそと近寄ってきた灰色狼をなでてやると、気持ちよさそうに目をすがめた。
「どうやら繁華街で、その男が総隊長を拳一発で伸したそうです」
砕と呼ばれた男が呟いた途端、幸丈は眠たげだった目を一気にキラキラと輝かせた。そしてニパッと品が良いのか悪いのか微妙な笑みを浮かべる。
それは親王といえど、まだ十八歳の青年らしさを残した顔だった。
「おもしれぇ。会いに行くぞ、華那、砕」
幸丈が寝台から降りると、華那が上着を咥えて傍によって来る。それを羽織って歩き出すと、足下には当然のように華那がおり、いつの間にか前方には明かりを持った砕がいた。
微かな光源の元に見えるのは、彼の赤い髪。その身は少し裾を引きずる形の、濃い黄色の衣に纏われている。
「相変わらず早着替えだな。わざわざ
「少なくとも、私の普段の役職は宮内省皇族傍仕えですが?」
「オレはそのためにお前を雇ってないぞ」
「存じております」
丁寧な口調ながら、こちらを振り返った砕の顔はどことなく粗野な雰囲気を醸し出している。幸丈は軽く肩をすくめた。
いつもこの格好で自分の傍にいる砕が、本当は兵部省暗殺部隊所属だと知ったら、周りの女官達はどういった反応をするだろうか。しかも、砕は暗殺部隊隊長の命令も、帝の命令すら聞き入れない。
砕が仕えるのは、十年もの昔に彼を拾った幸丈のみ。
「で、その『面白い逸材』っていうのはどうなんだ?」
「名前は
梅花殿を出て、兵部省へと向かっていく。
春が近いとはいえ、まだ桜も蕾な時期。流れる風は寒く、幸丈は上着の衿をかき合せた。
本来は人目を気にして歩くべきだが、砕が辿る道は元から人がおらず、誰か近づいてくれば華那が反応するので気にする必要はない。
「身の上はどうでも良いんだよ。お前の目から見てどうだって聞いてんの」
幸丈の言葉に、砕は背中を向けたまま小さく笑ったようだった。
「強いですよ。刀を持ってましたが、あれは機械と魔術、両方を使って作り上げられた
「なるほど」
幸丈と一緒に、華那も目をまん丸にした。
遥か西の大陸から、大和国のある東の大陸に入ってきた鉄製の魔力が要らない道具。機械。それはここ数年で瞬く間に普及し、魔術大国といわれた大和国も恩恵に預かっている。
今では魔力のみで動く魔器と、機械。そして魔術と機械を組み合わせた魔巧器の三つが混ざって国に存在しているのだ。
その内の一つ、魔巧器は扱いが難しい。時に自立して動く機械部分と、魔力を注いで動かす部分の調整が複雑で、慣れるのにも使用するのにも時間がかかると聞いた。その分威力や強度は他の二つに比べて勝る。
魔巧器を武器として持っているだけでかなりの実力者。だが、それ以上に砕の気配に気づいたという点で幸丈は驚いた。
他の暗殺部隊の人間ですら、時に感知できない砕の気配。それにすぐに気づいたということは、よほどの修羅場をくぐってきていると見える。
「楽しみだな、華那」
ウォンと答える華那をなでながら、幸丈の笑みが一層深まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます