第4話

 ひんやりとした空気が漂う空間。左を見れば一つだけ灯った鬼灯。右を見れば等間隔に連なった鉄格子。何度見ても変わらないそれらを視界に収め、政斗は溜息をついた。


「俺が悪いんじゃねぇだろ。先に絡んできたのはあっちだっつぅの」


 できる限り隅の方に寄りながら、片膝を抱えてイライラと吐き出す。

 あの拳は我慢の結果だ。


 適当に食事をして宿に向かおうと店を見て回っていた時、向かい側から歩いてきたあの男に肩がぶつかった。ぶつかったといっても掠める程度だ。政斗は気にしていなかった。

 しかし、男は酒に酔っていたこともあるのか絡んできた。『謝れ』と言われて、面倒ごとも嫌だと思い素直に謝れば『誠意がない』だのと喚き。果ては掴みかかってくる始末。


 押し問答の末、振り上げられた拳に無意識に反応した政斗の右手が、吸い込まれるように男の下顎に入ったというわけである。


「で、何で俺が牢屋なんだよ……」


 ふっと斜め右に黒い影がよぎったような気がして、政斗はさらに隅の方に寄った。そしてできる限り右目を強く押さえる。布の柔らかさと一緒に、硬質な感触も伝わってきた。


「大体だな。あの男、誠意があるのかないのか分からねぇぞ」


 思い浮かぶのは左目に傷のある士郎という男だ。年齢的には三十前後だろうか、見かけは温和な印象を持っていた。

 政斗の話も怒鳴らず、茶々を入れず、しっかりと聞いていてくれた。最終的には、『うちの総隊長が申し訳ないことをいたしました。代わってお詫び申し上げます』とまで言って頭を下げてくれたのだ。


 そこまでなら、あの年齢で副長っていうのも分かるな、ですんだ。


「何で次の台詞が『お詫び続きになりますが、すみません。しばらく牢に入っていただけますか?』なんだよ! 意味分かんねぇし!」

「おい、うっせぇぞ新入り!」


 政斗の叫びに怒声が返される。ここは地下牢でも一番地上に近いので、酔っ払いや引ったくりなどの軽犯罪者が多いようだ。元気も有り余っている。

 牢屋に新入りもクソもあるか、と思ったが口には出さない。彼らと同列に扱われ、今より長い時間ここに囚われているのは本意ではないからだ。できる限り大人しく模範生を気取っていれば解放も早いだろうと踏んでいる。


 先程は斜め右に見えていた黒い影が、今度は左側に見えた。不自然ではない程度に目をそらす。その時、自分の足下でガサリと何かが動いた。


「っ!」


 咄嗟に足を上げれば、そこには鬼灯の明かりでギラリと光る赤い目。ビクリと肩を震わせて、政斗は高速でその場から後ずさった。


「チュウ」

「な、何だよ。鼠か……」


 牢屋内を動き回る生物に引きつった声を漏らす。息を整えつつ鼠を摘み上げたその時、政斗の右目は世界に幕がかかるのを認識した。


 この右目は特殊だ。布に覆われていても周りを認識するし、普通なら目に見えないものすら映し出す。

 左目に映る牢屋には何も変わりがない。だが右目は、確かにマサトの牢屋にかかる薄い幕のような物を映している。

 手で右目を押さえてみると、布の下が発熱していた。


「…………誰だ?」


 低く呟いた声に応える者はいない。

 そう、いないのだ。先程まで騒いでいた囚人の声も、見張りの姿も、何もかもがなくなっている。

 だが、気配はある。そして、右目は確かに牢屋の傍にいる影を捉えている。


「俺に用があって来たんだろ? じゃなきゃ、魔術使ってまで空間区切らないよな。さっさと出てこいよ。どの道俺はここから出られねぇんだ」


 右目に映る薄い幕は、魔術によってできた物だ。空間を遮り閉鎖された場所を作る魔術。

 政斗は油断なく鉄格子の向こうを見つめた。刀は取られてしまったが、いつでも動けるように体制を変える。

 すると、チャッチャと床を弾く音と共に、一匹の獣が顔を出した。


「……狼?」


 灰色をした狼だった。ふさふさの毛と尻尾。明かりに揺れる目は緑という不思議な色をしており、政斗を観察するように見ている。

 狼はしばらく政斗を見ていたかと思うと、ピクリと耳を動かして横を見た。狼が向いた方向から、何かを引きずるような音が聞こえてくる。

 最初に見えたのは椅子だった。重厚感のある椅子。革張りという高価な物だが、同時に非常に重い椅子だ。それが、何かに押されて少しずつ牢屋の前に現れる。


「よっ、っと……意外に重てぇな」


 押していたのは青年だった。自分とそう歳の変わらない青年。栗色の髪とそれより少し赤がかった瞳。息を乱しながら椅子を押している青年を見て、政斗は目をすがめた。


(どこのボンボンだ?)


 一目で青年の身分が高いことは分かった。

 彼は上質な単の上に、足元まで覆う緑の袍を纏っている。両方が古来より大和国とその周辺の国の貴族が身につける衣装だが、ここまで布の質が良いのも珍しい。

 今では西大陸からより動きやすい布地や形が入り、伝統の型と合わせた複合的な衣装が主流なのだ。


 政斗も、一番上に纏っているのは古くからある型の衣だが、下に来ているのは黒く体に密着する衣装で、穿いているのも袴よりも足の線に沿った物だ。

 靴は革製で膝まで覆う物で、腰にある留め具も同じく皮と金属でできている。

 現代では、一般庶民もこういった『服』という物を纏っていた。だが、頑なに伝統衣装を身に纏い続けている者もいるのだ。


 国での権威を重んじ、伝統を守り続けることで立場の違いを明確にしようとする者達。そう、宮中に存在する貴族や権威者達だ。

 目の前の青年は、夜中の、しかも牢屋に来ているというのに伝統衣装を身に纏っている。

 つまり、それが常からの衣服ということだろう。


「よいしょっと……ふぅ」


 唖然とした顔で見ている政斗を尻目に、青年は椅子を正面に据えた。そして、汗を拭うように額に腕をやると、満足げに椅子に座る。

 彼は足を組み、肘掛についた手に頬を乗せて笑った。子供っぽい、人なつこい笑みだ。


「よう、良いご身分だな」


 間違いなく皮肉だろう。わざわざ牢屋に入っている人間の前に出てきて言うのだから。

 こちらはしがない庶民。相手はどうやら高貴な身分。それでも、皮肉を言われて馬鹿にされたなら噛みついても良いだろう。政斗はそう思った。

 だが、目の前の青年が取った直前の行動から、正直な気持ちが口からこぼれる。


「お前、馬鹿だろ」


 政斗は断言した。鉄格子の間から腕を出して指をさし、聞き逃さないようにしっかりと言い切った。

 面食らったように目をしばたかせる青年。しかしその青年の代わりに、横手にいた影がのっそりと動いた。

 あの灰色狼が政斗の突き出した腕をくんくんと嗅ぎ、次の瞬間――


「ガゥッ!」

「痛っ。てめぇ、このクソ狼、何しやがる!」


 狼はマサトの腕に思い切り噛みついてきた。

 伸ばした右腕を咥えて放さない狼。服が厚手なのと、そこまで牙を立てられていないおかげで深い傷ではない。だが、痛いものは痛いのだ。


「放しやがれっ、狼のくせに生意気だぞ!」

「グルルルッ」

「は・な・せっつうの!」


 噛まれている時点で腕を引くことはできない。そんなことをすれば、腕の肉が引きちぎられて見るも無残なことになる。

 政斗は空いている左手で狼の頭を鷲掴みにした。力を込めれば多少牙がゆるむが、狼も負けじと口に力を入れている。生意気な狼だ。

 攻防を続ける政斗と狼を見て、青年は頬をかきながら口を出してきた。


「あ~……あのな、その子女の子なんだわ。あんまり手荒なことは……」

「獣に女も男もあるか!」

「ガウゥ!」

「いっ、噛み直すな馬鹿狼!」


 本格的に血まで出てきた腕。政斗はさすがに我慢の限界にきて、狼の口を無理やり開かせる。それでもまだ噛もうとする狼に殴って気絶させようかと思ったその時、幕の内側にもう一人男が入ってきた。


「華那殿、どうぞそれぐらいに。彼の腕は刀を振るっていただく大事なものですから」


 人の良い笑顔と、左目の上を縦に走る傷。政斗を牢屋に入れた張本人。士郎だ。

 彼を認めた華那という狼は、政斗の手を振り払うと青年の横に大人しく座った。未だにこちらを睨んではいるが、襲いかかってくる様子はない。


 政斗は噛まれた部分をさすりながら、士郎と、その横にいる青年を見た。

 面白そうにこちらを見る青年には敵意がない。士郎もまた、政斗に罪状を伝えに来た感じではなかった。


「さて、ようやく話ができそうだな。雪竹政斗、だっけ?」

「人の名前が聞きたきゃ、自分から名乗りやがれ。礼儀も知らねぇのか、ボンボン」


 憮然とした態度で返すと、狼がまた呻り始めた。しかし、それをなでながら制した青年は、特に気分を害した風もなく笑っている。


「ま、言われりゃそうだな。オレの名前は幸丈だ。うじはめったに名乗らねえが、使う時は大和だな。この国に入ったなら、一度は聞いた覚えがあると思うけど?」

「は……?」


 腕をさする手を止めて、政斗は青年を凝視した。次に士郎を見るが、彼も肯定の意味を表して深く頷く

「幸丈? 大和幸丈? お前があの『運に見放された親王』だってのか?」


 怪訝な政斗に、青年は月と桜が描かれた紋章を見せた。それは数刻前に政斗が殴り倒した戦衛府総隊長と同じ物だ。しかし、縁には刃ではなく梅の装飾がされており、高位の身分でしか使えない深紫の房がついていた。

 梅は、親王幸丈の住む梅花殿を示す装飾だ。


「親王ってのは認めるが、別に運に見放されたつもりはねぇぞ」


 政斗の前で、幸丈かはからからと笑って見せた。どこか庶民じみた笑いだが、彼が親王なら座り方や所作は様になっているし、着ている布地が一級品であることも頷ける。

 政斗は大和国に入ってから聞いた、お家騒動の噂を思い出した。

 大和幸丈。この大和国の皇子で第二帝位継承者。だが、第一帝位継承者の大和幸時ゆきときとは生まれた年も同じなら、生まれた日、時間、その全てが同じという特異な存在だった。


 次代の帝はどちらか。民衆の期待や不安をよそに、次の日すぐに幸時が東宮とうぐうに、そして、幸丈が親王として発表された。

 幸時の方が、わずかだが早く生まれたと出産に立ち会った医師が言ったのだ。


 二人の明暗を分けたのは母親の身分だった。

 東宮幸時の母親は先代帝の弟の娘。つまり皇室の血筋だ。そして正妃の中宮でもある。対する幸丈の母親は下級貴族。母親の身分の違いは、その子供にも影響する。

 さらに、出産する場が医者以外は男子禁制の産殿うぶどのであったことも災いした。圧力をかけられてしまえば、身分の低い幸丈の母は、たとえ幸丈の方が早く生まれていても、それを口に出すことはできない。


 今では母親も亡くなり、実家の縁者もほとんどいないため、後ろ盾のない不憫な親王だ。


「一日でも早く生まれてりゃ違ったのに、運がないとは思わねぇのか?」

「一日ぐらい早くても、身分の違いでどうせ追い込まれただろうよ。むしろ最初から親王でいるおかげで命拾いしてる感じだしな」


 確かに、彼が東宮として立っていれば、幸時側の勢力は幸丈を消しにかかっただろう。今彼が生きているのは、親王という立場にあるからだ。


「で? その親王殿下が、街中で騒ぎを起こした旅人に何の用だ?」


 相手が親王と分かっても、政斗に態度を改める気は起きなかった。もともと身分がどうこうという意識も低い性分だ。加えて、幸丈の放つ雰囲気が自然とそうさせた。

 幸丈は政斗を下に見るのではなく、対等の人間と見て話しかけてきている。


「お前、強いんだってな」

「弱くはねぇ」


 政斗の返事を聞いて、幸丈は笑った。ついさっきまで見せていた人なつこい笑顔ではない。ニィと口の端を吊り上げる、何かを画策したような怪しい笑み。


「牢屋から出す代わりに、オレの手足となって働いてもらいたい」

「何だと?」

「言い直そうか? 一生牢屋で生活したくなかったら俺の下僕になれって言ったんだ」


 静かな世界に楽しげな声が響く。政斗の頭にも幸丈の言葉が木霊する。木霊する言葉が五回繰り返されたところで、政斗は鉄格子をへし折らんばかりに握った。


「ふっざけんな、何が下僕だ! おっさん一人殴り倒したのがそんなにでかい罪か!?」

「いや、酔って絡んだこっちにも非はあるって、士郎から聞いてる」

「だったらっ」

「でもオレ、腕の良い手駒が欲しいんだ。牢屋で孤独死したくなかったら言うこと聞け」

「お前それじゃ親王じゃなくて悪徳役人だろ!」

「ガウッ!」

「おわ!」


 鉄格子を挟んで吼える政斗に、華那が立ちはだかるように吼え返した。この狼、気性は荒いが頭は良い。幸丈に忠実で、害意があるかないかはちゃんと見極めている。

 体制を低くして呻り続けている華那の背を、幸丈は椅子から降りてなでた。そうして、牢屋にいる政斗とも目線を合わせる。


「腕の立つ奴が欲しいんだ。んで、権力や位にあんま興味がない奴が良い」

「…………帝の座を奪うためか?」


 旅の途中で、大和国には二つの派閥があると聞いた。位の高い貴族を中心とする東宮派と、身分の低い官吏かんり、端に追いやられる者を中心とする親王派だ。

 幸丈は親王だが、中宮に他の息子はなく、現東宮がいなくなれば彼が帝位に最も近くなる。多くの人間の思惑が絡まりあい、水面下では派閥争いが起きているというのだ。


 しかし、当の本人である幸丈は、政斗の言葉を鼻で笑った。


「オレは帝の地位に興味はない。むしろ、あんな窮屈な仕事はお調子者のオレじゃなくて、真面目な兄上の方があってると思うね」

「確かに、幸丈様は内裏を抜け出しすぎですね。探す私の身にもなってもらわないと」

「お前この間、勝手に市井しせいに出たの根に持ってるだろ」

「まさか。そんな恐れ多い」


 軽いやり取りをする二人を見ながら、政斗は軽く息を吐いた。

 悪意が見えない。幸丈はただこの状況を楽しんでいる。政斗という人間に興味を持ち、政斗がどういう出方をするか、どういうやり取りができるのかを試している。

 だがそのせいで、真意も見えない。

 人なつこい笑顔の裏で、政斗を必要とする目的が見えない。本音が読み辛いのだ。


「で、牢屋から出たくないのか?」


 軽いとも取れる笑顔で聞いてきた幸丈に、政斗は肩をすくめて後ろを指した。


「人の後ろに刺客をおいてる奴の言葉を、どう信用しろってんだ?」


 牢屋内の空気が一瞬張り詰めた。華那はピンと尻尾を立て、士郎は唖然としている。そんな中で、幸丈だけは見開いた目を満足げに細めた。


「ほんとに見えてんだな。……砕、出てこい」


 呼びかけに答えるように、政斗の後ろで空気が揺らいだ。陽炎のように歪んだそこから、一人の男が姿を見せる。

 全身を黒の服で包んだ男。顔のほとんども同色の布で覆われており、少しだけ見える赤色の髪が印象的だった。


「あんた、さっきも一度俺を見に来たよな。格好から察するに暗殺者か?」

「砕はオレの護衛だ。大和国でも一、二を争う腕でね。そんなこいつにお前は気づいたって言うんで、確かめさせてもらった」

「へぇ」


 政斗は上から下まで砕という男を眺めた。

 目の前にいるのに、それは空気とも思える存在だ。政斗には右目のおかげで常に気配も姿も分かるが、普通の人間なら傍にいてもなかなか気づかなかっただろう。


「この魔術もあんたのだな。薄い結界の幕。姿を隠すのにも防御にも、暗殺にも役立つ」


 砕は目を瞑ることで頷いた。

 魔術とは、一人に一つだけ与えられる特殊な力。もちろん、魔力がなくてはその力も発現しない。

 魔力の素養は遺伝であることが多く、魔術の種類は当人の才能や育った環境が影響する。

 この砕という人物は、魔術の種類と職業が合致したいい例だ。


「お前のな、その右目が良いんだ。それ、魔巧の義眼じゃねぇか?」


 幸丈の言葉に誘われるように、政斗は自身の右目を押さえた。硬質な感触は、本来の右目ではあり得ない物だ。そして、目に映らない魔術の幕が見えるのもまた、普通の義眼ではあり得ないこと。


「そのとおり。これは機械と魔術が組み合わさってできた魔巧器だ。好きでつけたわけじゃねぇけどな」

「普通の目で見えないものも見える、か。便利だな」

「さあね。見えない方が良いものも多分にあると思うぜ」


 再び右目の端に影がよぎる。マサトは周りに気づかれないように一つ深呼吸をした。


「で、結局てめぇは俺に何をさせたいんだ」


 士郎から政斗の実力の一端を、砕という男から特異さを聞いて、幸丈はやってきた。

 興味本位で訪れたのではない。確固たる目的があって、その目的に政斗を利用したくて来たのだ。

 幸丈は立ち上がると、今までにない目をして政斗を見下ろした。

 上に立つ者の目。揺らぐことのない強い眼差し。


「オレは帝の座はどうでも良い。民が笑って、民を幸せにできるなら、誰が帝という地位につこうと同じだ。だから、別に兄上がつくことに不満はない。あの人は頭も良いし、優しい。だがな……」


 薄暗い中でも、この青年には輝きがある。見る者を惹きつけるその姿は、凍える冬に咲く梅花を思わせた。


「その立場を利用して、大和国に不和を起こす輩には不満大有りなんだよ」

「つまり、東宮派にそれがいるってか?」

「そういうこと。で、オレはお前が欲しいんだ。ある程度腕っ節が強くて、ある程度頭も良さそうで、目に見えにくいものが感知できる。で、弱みがあるからオレに逆らえない」


 政斗はそれなりに強いと判断された。今までの会話で頭も悪くないと分かったのだろう。そしてこの右目と、牢屋に入れられた罪人という弱みがある。


「さらに、切り捨てようと思えばいつでも切り捨てられる身分……ってか?」


 その言葉を聞いて幸丈が何か反応する前に、政斗は腰を上げた。下からではなく、ほぼ同じ目線で彼を正面から見据える。

 そして、少し皮肉るように唇を上げて笑ってやった。


「良いぜ」


 彼らの目的も思惑も、政斗には関係ない。

 自分は旅人。どこかに根付くこともなく、その日暮らしを楽しむ身分だ。今回はたまたま、路銀を稼ぐ場所がこの大和国で、稼ぐ方法が親王に雇われることだったというだけ。

 ただ、それだけだ。


「契約成立だ。せいぜい良い給金を払ってくれよな。親王様」


 政斗の態度にあっけにとられるかと思っていた。だがこの親王は、小さく驚きを表情に乗せたあと、同じように皮肉な笑みを見せつける。

 そんな彼を、少し、面白いと思った。

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