超越者はかく語りき
彩葉屋 仙左衛門
プロローグ『謎の少女はかく語りき』
雲一つない空の向こう、なだからな稜線を描く山へと1日の役目を終えた太陽が沈んで行く。
周囲の街並は暖かな橙色に染まり、吹きぬける風の冷たさが夜の訪れを予感させた。
道に面した飲食店や宿屋からはひっきりなしに呼び込みの声が挙がり、1日の仕事を終えた住人や、今日の宿を求める冒険者たちで祭りのような盛り上がりを見せている。
「俺も軽く一杯やっていこうかな」
どこからともなく漂ってくる酒と食べ物のいい香りに、思わずそんな言葉が口に出た。
この町の情報に関しては前もって入手できている。宿場町として栄えておりこれといった特産品は存在しないが、その分どの宿屋も飲食店も一定以上の水準をもったサービスを提供しているらしい。
強いていうならば商人も多く泊まることから広い範囲の酒が集まっているらしいので、そのあたりを飲み比べするのもいいかもしれない。
「とりあえずは適当な店に入ってみるか」
こういう時は自分の直観に従ってみるのが良い。そう思ってぐるりと周囲を見回していると、
「あ、あの……」
聞こえたのは明らかにこちらを呼ぶ声。そちらを見やると、いつの間にやら俺の傍らには小さな人影が一人。美しい声で呼びかけてきたのは、15、6歳の少女だ。痩せ気味で薄汚れてはいるものの、こちらを見上げる顔はかなりの美少女で、瞳の奥には確かな芯の強さを感じられる。
「ん? なにか用かな?」
怖がらせないよう、視線を合わせて笑顔で問い返す。イギリス生まれの友人からは、"ヘラヘラしてて気持ち悪い"とバッサリ辛口評価を頂いた愛想笑いだが、固い表情よりは良いだろう。良いはずだ、多分。
「えっと、あの」
そんな俺の想いが通じたのか、少女は多少表情を柔らかくすると、俺にこう言ったのだった。
「今夜一晩、私を買っては頂けませんか?」
「……え?」
聞き間違いであることを切に願う。
超越者はかく語りき 彩葉屋 仙左衛門 @iroha_kotodama
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