第13話
気付くと、ふわっとしていた。
雰囲気的にじゃなく物理的にね。
体全身にかかる下からの圧力と、胸が「ひゅん」となる浮遊感。
服とほっぺが、健康マッサージ機に座っているようにブルブルと震えている。あんなにも極楽な気分じゃないけど。
そうなんです、私、空から落ちている最中ですよ、NOWフォーリンダウン。
twitterで呟きたいぐらいの体験。インスタグラムに投稿、いやVINEかな。
とにかく誰かに伝えたいこの感覚。
なんたって、生まれた時からネットがあるデジタルネイティブ世代ですから。
無重力?いや重力にめっちゃひかれています。
今そのガイアの力を全身にビリビリ受けてますよ。地球?に求められるこの快感!
暗くてよく周りは見えないけど、星とか光ってますよ、夜空でキラキラお星さま。
下にもいくつか明かりが見える仕様の真っ暗闇ダイブは映画の特殊工作員の気分。無線で大佐に状況を報告しなくては!
そんな妄想ってると、風が俺の体を持ち上げ、バサバサと服を揺らし、髪をペちペちと揺らす。いや、本当に前髪ペちペちで、激しく揺れた髪が眼球に当たったり、当たらなかったり。
痛い、痛い!がち痛い!
目に突き刺さる細くて硬いものおおおお!
パチパチと髪が女王様の鞭のように眼球を鞭打ち、するどく尖った黒髪が刺さる。
その鋭利さはまさに凶器、忍者が武器に使うのも納得。これならかっこつけて前髪伸ばさず、マイシスターの助言「前髪、だっさ」(真顔)を検討して切ればよかった。
妹の意見は聞くべきですね、はい。
髪を手で払うために手を動かすと、風圧がかかりなかなかうまく動かせない。
「くっ」っと体の制御にストレスを感じた時、あることを思い出す。
それはそう、ふと学校の友人(むっつりすけべ)に聞いた話である。
あの時の友人の顔は尋常じゃない程キモかったなぁ。ああいう顔だけはしたくないですな。
その話を思い出し、そっと腕を広げて掌を下に向ける。
その掌にかかる空気圧の感触・・・
それは、まさか、あの、あの、あの感触ではなかろうか!
絶対それだ!そうで間違いないだろう、このふわふわとした弾力のある感触。
車で80キロだかなんだか出し、窓から手を出すと感じる事が出来るその感覚。その勇者の腕が対向車との空気圧で切れたり切れなかったりするあれだよ。
それを両手に感じ、指をもにゅもにゅと動かし、ごっくんと唾を飲み込む。
や、柔らかい。それに感触が・・・ある。思わず好奇心に負けて指をもぞもぞ動かしてしまい、その空気を夢中になって揉みしだく。
チェリーで未経験の俺には分からないが、きっとそうだ、この感触こそ至高の双丘の感触。
天使コスプレのお姉さんの姿を思い出す、「お姉さんのここ、あいてますよ」の指先を!
この喜びをニコ動の歌い手の様にシャウトしようと口を開けたところ、視界にうつる謎の影。経験からくる危機の予感。
まずし!
口の中に入った謎の個体。
うはっ!なんかもぞもぞしてる&冷たく所々ざらざらし、細い突起物の感触。
「ぐっ、ぺっ、ぺっ」
急いで口から吐き出すとするが、風圧を受け、口の中から追い出せない。
口の中でもごもご動くそれ。
まずし!
どうみても、口の中に虫入ってますよ、inしてますよ。
何でこんな上空に虫がいるんだよ、どんな体内構造しておるん?
だが急がねば。
首を動かし、顔を横に向け「ふぇ」「ふぇ」っという顔をして虫を吐き出そうとする。
だが、顔の皮膚が風を受けてブルブルと震えているためか、中々上手くいかない。
「ほぉ!」「ほぉ!」っと腹に力を入れ、息を吐き出して押し出そうとするが、逆に物凄い空気が入ってきて虫が喉の奥に移動しそうになる。
「ほげっ!」
なんとか息を吐いてそれをそし。顔を振りながら、下からの空気を受けないように慎重に舌を使って口の外に押し出していく。
舌にかかる小さなざわざわ足?の感触に震えながら、口をとがらせて「ぺっ」と吐き出す。
が、口から出た自分の唾が下には落ちず、自分の頬にかかっただけだった。
その液体が下からの空気に押されて、頬を移動して髪にかかる。
・・・・
・・・・
くそがああああああ!
虫は再び俺の奥に避難しようとする。
俺は舌と頬の動きを使い、なんとかその虫をまた同じように唇の近くに持ってくる。
そして今度は失敗しないように、歯で虫を咥える。
力をいれてしまって僅かに虫をかじってしまったが気にしない。変な液体が口内に排出されたような気がするが、気にしない。断じて虫の液体ではないと信じ込む。きっと、錯覚だと。
歯で咥えた虫を舌で「ぽっ」っと押し出す。
するっとなくなる口内の感触。
よ、よし、上手くいった。
口から出ていった固体物。出ていく際に眼球のすぐ目の前を通り、その緑色の昆虫と目があったのは内緒だ。口の中に何か、昆虫の足?が残っているような気がしないでもないが、それは気にしない。
口の中に入ったのがゴキブリじゃなくてよかったと感謝しよう。
次の瞬間、「どばしゃん!」っと音が鳴り水の中に沈む。
虫に気を取られて、全く下を気にしてなかった。
そりゃ、落ちてるんだからいつか何かにぶつかるはずだ。それがきた。
全身を激しく水面にぶつけてめちゃくちゃ痛い!
100人の小人にいきなり小型ハンマーで殴られたような感触だ。
それに、口の中に水がどばっと入ってき、いくらかが喉を通って肺に達する。
その違和感に体中がビックリし、細胞が活性化する。
ぐへ、ぐわ!もごもご!
ぐほぉ!むほ!のごのご!
ぶくぶく!ぐはっ!ぐふっ!
やばい、水飲んで、ぐはぁ!
パニックになりながらも、あわあわしながら手を動かして頭上の水面にあがると・・・
はっと視界が広がる。
頭上は星が輝く夜空。
見回すと水の周りを囲む竹柵に、洗い場の様な石づくりのフロア。
どこからか光がでており、この場を照らしている。
そのため、水からでた煙?の存在を視界でとらえることが来出る。
その煙の先には、ワナワナと震える一人の少女。
その少女の顔は、見慣れた鬼のような顔。
あっ、東堂さんだ!
彼女は服を着ておらず、湯でよく体が見えないが肌色部分が多い気がする。
その微妙に見えるシルエットから、中々お姿だという事が認識できる。
そんな彼女がこちらを見て肩を振るわし、腰を引く突かせて、唇を震わせている。
その姿から、あの保健室のファーストインパクトを思い出さない事もない。
というかこの水温かい、湯気出てますよ、しゅわしゅわですね。
それにこの湯、何かいい匂いがするし、体の疲れが取れていくような・・
っと味わっていると。
どこから取り出したのか、身体をタオルで隠して桶を持つ東堂さん。
彼女から震えは消え、その瞳には殺気の様な戦闘意思。
それで悟る。
あっ、ここ温泉の女風呂ですね!
こりゃ、失敬!
「ちょ、な、な、なんで、あんたがここにいるし?」
「え・・その・・・はい?・・・何で、でしょう・・・か?」
空中を長い間落ちていたためか、口が上手く動かない。
微妙に天使コスプレのお姉さんの語尾がうつる。
「顔さげな!」
「はい!」
反射的に顔を下げて湯を見つめると、そこには自分の顔。
空中落下をしていたためか、肌がふやけている。
「ちょ、顔上げな!」
え?いいの?いいのですかな・・
まさか、私にそのお姿を見せたいのですかな、ニヤリ。
保健室でBL同人誌オナニーする変態さんですからね、分かりますよ。
しょうがないですな、不詳、この田中、あなたのその戯言に付き合い、あなた様のお姿を目に焼き付けましょうぞ!
「はい!」
っと元気よく顔をあげると、そこに映るのは飛来する黒い物体。
いや、良く見ると木製ですな、使い古されているのか木の色が薄い。
そう、そんな事が観察できる程に桶は近づいており、ドカッと頭に衝撃。
そしてブラックアウト。
彼女が投げた桶が頭に直撃し、俺は気絶した。
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