第45話
降り注ぐのは小石ではなく、岩と形容するほどに大きな物。足場も悪く、逃げ場もない。
だが五人は予め打ち合わせていたかのように、片手を上へと向けた。
炎、雷、土、風、氷。彩鮮やかな魔法が発動し、無数の岩に当たり轟音を鳴り響かせ、撃ち落とす。
しかし、足場の悪さから正確な狙いをつけることはできない。魔法の反動を制御しつつ、弱い魔法を連射し、手数で対応するしかなかった。
ぶつかり合い、砕け散る岩。だが砕けたとしても小さな破片は、鋭く先を尖らせ降り注ぐ。直撃こそしないものの、全員の体に傷が刻まれていった。
最悪な状況、襲われることを想定すらしていない。なのに相手は壁に張り付き、腕を振るうだけでいくらでも攻撃ができる。
防ぎきれない。誰もが崖へ落ちることを頭に浮かべたとき、最初に体勢を崩したフーリムが崖へと転落した。
「あ……」
「お、おぉっと! 悪ぃ! 引き上げるまで援護してくれ!」
「ご、ごめんなさい」
片手をへこみに引っ掛けながら、ベイは腰に結ばれていたロープを掴む。
フーリムは青褪めながら申し訳なさそうな顔をしていたが、ベイは笑いかけて見せた。
しかし、二人が大丈夫だと安心する暇もなく、次々に岩は襲い掛かる。手数が減ったこともあり、より追い詰められていった。
ここまで、か。そう判断したレーが手を貸そうと思ったとき、一際大きな石が向かってきた。
彼女は左腕をローブから出し力を籠めた。するとレーの左腕は異形の物へと変わり、鱗を帯びる。軽く一掃しようと、手を振ろうとしたときだった。
「危ない!」
ベイとフーリム、そしてレーの分まで動こうと手一杯になっていたフィルが、自分へ落ちて来る岩を無視し、レーの上へ魔法を放つ。
大きな岩を処理するため、強めの魔法だったのだろう。反動に耐えようと、フィルは槍を壁へ突き刺し耐えた。
レーは振るおうとしていた腕で顔を守る。本能的にとった行動だったが、フィルの行動に苛立ち、舌打ちをした。
それに気付かず、フィルはほっとした顔を見せる。しかし、その油断がいけなかった。自分を守る術を失ったフィルへ、真っ直ぐに別の岩が降り注ぐ。
咄嗟に空いた手で庇ったが、運の悪いことに頭へとぶつかる。ぐらりと揺れたフィルは、槍から手を滑らせ、中空に投げ出された。
衝撃から意識を失いかけていたフィルは、ただ手だけを伸ばす。だが掴める物は無く、ただ落ちていく。
しかし、その手は予想外の人物に握られる。掴んだのはレーだった。
苦々しく思いながら、レーは崖から飛び降りフィルを追った。そして、手を掴んだ。
二人はそのまま、残った面々に見られながら闇の中へと落ちて行った。
「フィルくん! レーさん!」
リナは横目で落ちる二人を見ながら、必死に声を出す。自分も追うべきか、共に落ちるだけでなにもできないのではないか。
心の中で葛藤を繰り返していると、上からまた大きな岩が落ちて来るのに気付く。
壁に張り付いた地の竜ランディルは、これで終わりだと、四人を圧し潰すほどの岩を崩し落とした。
「こっちに来い!」
岩が影となり、ランディルから姿が隠された瞬間、フーリムを引き上げたベイが叫ぶ。
そして岩は足場ごと四人を巻き込み、大きな音を立てた。……岩が崖下へと落ちていった後、残っていたのはランディルと静寂だけ。
戦果に満足し、嫌らしく舌を出し笑う竜は、羽を翻し、その場から飛び立った。
「行ったようですね」
羽ばたきが聞こえなくなったのを確認し、ルアダが穴から顔を覗かせる。
視界が塞がれたのを確認し、ベイが魔法で崖へ横穴を作ったのだ。ギリギリの判断ではあったが、辛うじて四人は穴の中へと隠れ込むことができた。
四人は怒り、悲痛、苦しみ、冷静。様々な表情を浮かべながら、崖下を覗き込む。苦々しく感じ、一人が横壁を強く叩いた。
――落下していくレーは、なぜこんなことをしたのかが分からず、自問自答を続けていた。
自分を苛立たせる不思議な人間、フィルを助ける理由は一つもない。いや、強いて言うならば父との謁見のためだろうか。
だが、それ以上に気に入らないことがある。それは、自分が庇われたという事実だった。
腹を立てていても、地面は迫って来る。レーは老婆の変装をとき、銀の翼を大きく広げた。
ふわりと体が浮かび上がり、抱えていたフィルと共に着地する。レヴォネは銀髪を軽く振り、呑気に気を失っている少年を睨みつけた。
上へ戻るか? そう思い視線を上げると、大きな岩が落ちて来ていた。レヴォネは空いている手に力を籠め、今度こそ強く振る。
銀色の光は、逃げ場も無いような大きさの岩を粉々に打ち砕いた。
「……はぁ。我は何をやっているんだ」
苛立ちの理由が知りたかった。そのために、変装までして人間に接した。
なのに、気付けばなぜか原因を助けている。レヴォネにとって、それはこの故内ほど腹立たしいことだった。
目も覚まさず、何も気づいていないフィルを投げ捨てる。意識を失っているフィルは、受け身もとらず、どさりと音を立て転がった。
もういい、帰ろう。つまらないことに拘った。ため息を吐いたレヴォネは、飛び立とうとしたのだが、自分の服に付着しているぬるりとした液体に気付く。
それは赤く、彼女の服の一部を染め上げていた。放り投げ動かなくなった体へ目を向ける。頭部から赤い物が流れていることが、暗闇の中でもレヴォネの目にはしっかり見えた。
「ぐ、あああああああああああああ!」
庇ったことなどない。庇われることなど二の次である。
庇ってもらう必要があるというのは、弱い証拠。
どの様な考えからこの人間が動いたのか。理解出来ず、ただ形容しがたい感情だけが胸に渦巻く。
叫び声をあげ、手で己の肩を強く握る。しかし、感情は制御できず、苛立ちだけが募った。
ギリギリと歯軋りをしていたレヴォネは、フィルの横へしゃがむ。そして指先を傷つけ、頭部に一滴の血を垂らす。
竜の血には強い魔力や回復力があり、すーっとフィルの傷口は消えた。
「ふんっ、これで貸し借りはなしだ」
悪態吐き立ち去ろうとしたレヴォネは、足が進まないように感じ止まる。振り向くと、服がフィルの指先に引っ掛かり伸びていた。
このまま行くなと、何者かの工作や意思までも感じる。
無視し、服を外せばいい。それだけのことなのだが、レヴォネは意思に従うことにした。
何者かの陰謀だというのなら、それを見つけて抗ってやろうという、とても竜らしい考えからだった。
レヴォネは目を覚まさないフィルの首元を掴み、羽を広げる。そして竜だけが知る泉へと飛んだ。
細い崖沿いの道を抜けた四人は、開けた場所で言葉なく項垂れている。
崖から降りることを何度となく考え、助けに行くため、底の見えない闇の中を進もうとした。
だが、それはできない。自分たちの目的は竜王との謁見。フィル一人を助けるため、これ以上の犠牲を出すことはできなかった。
ベイは自分の力の無さに、拳を強く握る。
リナは彼の持っていた槍を撫で、唇を噛み締める。
ルアダは表情一つ変えず、ただ目を瞑る。
そしてフーリムは、全身に無理矢理力を籠めて立ち上がった。
「行きましょう。お兄ちゃんは、きっと無事です」
「……そう、ですね。レーさんは竜。飛び降りたということは、助ける算段があったということです。そう信じ、進みましょう」
辛くとも、進まなければいけない。口には出さず、力の入らない体へ力を籠める。
無言のまま立ち上がり、四人は足を進めた。
その時、後方から少しだけ風邪を切るような音が聞こえる。
四人は一斉にそちらを見たが、音の主は見つけられない。鳥か何かが飛んだのだろうと、一同は視線を前へと戻した。
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