第40話

 時間を惜しみ、一同は山賊のアジトへと向かう。

 辿り着いたのは夜遅く、道中で逃げようとした二名の山賊を処分したため、十八人となっていた。

 今後の展開を話し合うため、彼らは一時休息をとる。特にフィルたち五人の疲労は、とても大きなものとなっていた。


「……まさか、北方の砦より北側に住み着いていたとはな」

「えぇ、竜の住んで居ると言われている山。その近くとなれば、見つけられなかったのも当然です」


 ベイの言葉に、ルアダは自分の眉間を強く押した。

 グラース砦の者たちが見つけられなかったのはなぜか? 理由は彼らの居場所にあった。

 北方の砦から北西、限りなく竜の住処に近い場所。あえて人から踏み込まない場所。完全に盲点となっている場所だった。


「で、どうするの? 時間もないし夜襲を仕掛ける?」


 リナは少しでも急ごうと焦っていた。だが、共に連れだっている兵士の一人が首を横へ振る。

 夜間、警戒が緩んでいる保証はない。慣れ親しんでいる場所である山賊に有利であり、自分たちには不利。攻め込むことは躊躇われた。

 早朝、攻め込むほうがいい。結果として、話し合いはそこに収束する。

 十人の兵が見張りを申し出てくれたことにより、五人は少しばかりの休息が許され、眠りへつくことにした。


 夜遅く、妙な物音でフィルは目を覚ます。音がした方へ目を向けると、人影が暗闇の中を走っていた。

 何かがおかしい。フィルがそう気付いた次の瞬間、兵の声が響き渡った。


「山賊が一人逃げたぞ!」


 警戒が疎かだった。人数が少ないとはいえ、認めざるを得ない失態。もっとも近くにいたフィルは、重い瞼を擦り、山賊を追いかけ走り出した。


 早い。相手に地の利があるとはいえ、見失わないのが精一杯。このまま合流されたら? 一度退くべきか? 悩みはあったが、フィルは足を止めなかった。

 合流を許せば、先は無い。人数で劣る自分たちが勝つためには、逃げる山賊を逃すわけには行かなかった。


 走る、走る、走る。しかし、追いつくことができない。槍を投げることも考えたが、森の中を縦横無尽に走る山賊へ当てることは至難の業。ただ走り、追いかけることしかできなかった。

 そして少し開けた場所へ出る。目の前に聳え立つ崖、そして洞窟。あれが山賊のアジトなのだろう。

 辿り着く前に仕留めなければいけなかった。だが、こうなっては仕方ない。後方から追いかけてくる味方を信じ、進むしかない。

 ……だが、フィルの足は止まった。


 周囲を見回す、音も無い。なのに強烈な圧迫感が、フィルを包み込んでいた。

 逃げていた山賊は、当に洞窟内へと入り込んでいる。今すぐ追いかけたとしても、手遅れであることは分かり切っていた。

 しかし、それ以上の悪寒が背筋に走る。息を整え冷静に洞窟へ近づき、理由の一端が分かった。

 洞窟内から溢れんばかりに流れ出していたのは、良く覚えのある匂い。それは……だった。


 異常事態であることはすぐに分かった。すぐに撤退すべきであり、前に進んではいけない。

 そう分かっているはずなのに……フィルはなぜか、洞窟の前へと立っていた。


 駄目だ、戻らないと。……分かっているのに、心が進めと告げている。

 フィルは自分の直感を信じ、洞窟内へと踏み入った。


 入ってすぐに、大量の黒く焼け焦げている複数の死体を見つけた。逃げようとしていたのだろう。

 フィルが槍の柄で突くと、死体はガサリと音を立て崩れた。芯まで燃えている。灰になる一歩手前という死体の状態に気づき、体が冷たくなる。

 強力な炎の魔法の使い手。洞窟内には、そういった存在がいる。……しかし、なぜ?

 山賊へ敵対しており、対応したいのは自分たち。他に彼らをわざわざ始末しに来る相手はいない。

 魔族がたまたま山賊たちのアジトへと踏み入った? ……フィルは考えるだけ無駄だと断じ、奥へと進むことにした。どうせ、答えはこの先にある。


 いくつもの枝分かれする道。本来ならば迷っていたはずだが、死体が道しるべとなり、迷わず最奥までフィルは辿り着いた。

 半分だけ蝶番が外れ、ギィギィと音を立てる扉。それを手で退かし、部屋へと入った。


 中は広く、明るい。だが、全身が総毛立つほどの警告を、頭が発していた。

 切り裂かれた死体、貫かれた死体、千切られた死体、黒く染まった死体。死体、死体、死体死体死体死体死体。

 見渡す限りの夥しいほどの死体。咽返るほどの血の匂い。その中央で、黒いフード付きのローブを被る人物。その手には、血よりも赤い真紅の槍が携えられていた。


 フィルの存在に気付いた人物が、ちらりと目を向ける。次の瞬間、フィルの胸が爆発するように強く脈打った。

 天井に空いた穴から零れる月明かりを受け、美しく輝く銀色の髪。スレンダーな体を包む黒いドレス。血に染まっていることすら分からないほどに赤い槍。

 会いたかった、聞きたかった、責めたかった。胸倉を掴み、壁に押し付け、感情のままに言葉をぶつけたい。

 ……そういった気持ちを、フィルは全て押さえ込んだ。今更、そんなことをしても何も変わらない。一つ深く息を吐くと、すーっと心は落ち着きを取り戻した。


 そんなフィルの葛藤に気付くことも無く、銀髪の美女は面倒そうな顔をしながら口を開いた。


「……まだ残っていたか」

「誤解があるようですが、自分は山賊ではありません」

「ふむ、ならば早々に立ち去れ。我も用は済んだ、もう帰るところだ」


 フィルは手に持っていた槍に、魔力を乗せて投げる。銀髪の女性は反応したが、動くことはない。

 投擲された槍は、まだ息があり隙を狙っていた山賊の頭を穿った。


 近づき、槍を抜き取る。軽く振り、血を飛ばした。

 フィルと銀髪の女性。二人が言葉なく目を合わせていると、後方からリナたちが走り込んで来た。


「フィルくん! 大丈夫!?」

「……はい。でも、下がっていてもらえますか?」

「お兄ちゃん?」


 駆け寄って来ようとしていたフーリムを、フィルは手で押し止める。目は絶え間なく、常に銀髪の女性を見ていた。


 外の見張りを兵士たちに任せ、走り込んで来たリナたちは困惑した。この銀髪の女性は山賊ではないのか? 状況を考えれば、山賊倒した人物?

 ……なによりも、フィルはなぜ険しい顔をしているのだろうか?


 問う者も、答える者もいない。沈黙だけがあるその場で、銀髪の女性がくすりと笑った。


「我を助けたつもりか?」

「……分かりません」

「分からない?」


 銀髪の女性の問いへの答えが、フィルの中には無かった。

 助ける必要があったのか? 自分は助けようとしたのか? 咄嗟に体が動いていただけであり、自分の行動の原理が分からない。


 しかし、それは女性にとっても同じであった。なぜこの少年は、自分を助けたのか。それが理解できない。

 女性は……人間に興味が無い。彼女の正直な気持ちは、全員八つ裂きにして帰りたい。それだけであった。

 だが必要が無かったとしても、助けられたのだ。無益な殺生を好まぬというわけではないが、少しだけ引っかかるものくらいはあった。

 なので、見てみることにする。己に流れる力を使い、その場にいる人間たちを精査した。


「……人間が三人。魔族が一人? なぜ、魔族と人間が一緒にいる。それに、お前はなんだ?」


 銀髪を靡かせ、女性はフィルに問う。しかし、意味が分からないフィルも答えることはできなかった。

 弱い人間が三人、歳の割には強い魔族が一人。そして自分と似た力を感じる、心が罅割れた人間みたいなものが一人。

 女性の知っている人間とは、心が罅割れたらそのまま壊れるものだ。なのに、自分と同じ、もしくは似たような力に守られている。

 ……人間ではない。どのような力の干渉があっても、もし人間であれば壊れていなければならない。

 思案した女性は、悩み答えを探しているフィルへ、もう一度口を開いた。


「名はなんと言う」

「……フィル」

「なぜ、フィルには竜の力を感じる」

「竜の……力……」

「ちっ、自分で理解しておらぬか」


 多少の苛立ちを足に乗せ、ツカツカと歩く女性はフィルの胸をドンッと押す。謎の加護を調べるためだったのだが……弾かれた。

 銀髪の女性は、レヴォネは強い竜である。その力に比類するものは少なく、自分の力を防ぐことができるはずはない。

 にも関わらず、彼女の力はあっさりと弾かれる。ありえないことで、眉間に皺を寄せた。


「……なんだそれは。なんだそれは! 我と似たような力ではない! 我と同じ力だ! 我と同じなのに、我より強い力だと!? お前は何者だ!」

「あ……あぁ……」


 フィルは呻き、レヴォネはギリッと歯ぎしりをした。

 ただ弾かれただけならば良かっただろう。しかし、レヴォネの力はフィルを守る力へ確実に干渉していた。

 違う力ならば、干渉することすらできなかった。だが同じ力だったことにより、僅かばかりにフィルの加護が緩んだ。


 フィルの頭に、封じられていた記憶が流れ込む。幼きとき、なぜ槍を選んだのか。誰が自分を立ち上がらせてくれたのか。

 彼女が救ってくれた。彼女が過去へ自分を送った。記憶の奔流が、フィルの頭を駆け巡る。

 つぅっと、瞳から赤い涙が流れ零れる。ふらりと揺れたフィルは、レヴォネへ手を伸ばしたまま崩れた。


「フィル! おい!」


 状況を見ていただけのベイは、慌てて飛び出しフィルを支えた。血の涙を流すフィルは気を失っており、何も答えない。

 だがその様子を見ていたリナとフーリムは、レヴォネを敵と判断し戦闘態勢へと移行した。


 当の本人であるレヴォネは、フィルを突き飛ばした自分の手を見つめる。手には温かい何かが残っていた。

 それは熱ではなく、思い。自分と同じ力から感じ取った思いに、レヴォネはより苛立った。

 苛立ちのままに、レヴォネは自らの銀髪と同じ色をした、背の両翼を大きく開く。そして左手を高く掲げた。


 左手に集まる強大な魔力。それに気づいたルアダは、レヴォネへ挑もうとしていた二人を後ろから掴み、地に伏せさせた。


 レヴォネの手から、竜の吐息と見紛うほどの強烈な炎が放たれる。それは眼前の障害を全て無視し、天井へ大きな穴を穿った。

 羽をはためかせ、レヴォネは宙に浮かぶ。そして最後にフィルをちらりと見て、もう一度舌打ちをした。


「……我ら竜の棲家に仇なした愚かな人間は誅した。残っている者に関しては、貴様らに一任してやる」


 最後に一言を残し、レヴォネは星浮かぶ夜の空へと飛び上がった。

 胸の内には、何とも言えぬ不快感。その苛立ちを消すように、飛ぶ速度を上げる。

 どうせ、もう二度と会うことはない。中々消え去らない感情を、必要の無いものとし忘れることとした。


 残されたリナたちは、呆然と立ち尽くす。そんな中、気を失っているフィルだけは夢の中にいた。

 見ている夢に出ているのは、困った顔で笑う銀髪の女性。彼女はフィルを見て、涙を流していた。

 ……そして、一つのことを思い出す。あぁ、自分の記憶を封じたのは彼女だった。なぜ、彼女は……。

 幸せで温かい夢の中、フィルはただ一人涙を流した。

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