第39話

 数日経ち、五人と親子、捕縛された山賊たちは北方の砦へと辿り着いた。

 目の前には大きな砦、その奥にはさらに大きな山。ここが竜への対策として作られた北方の砦。グラース砦だった。


 砦の大きな扉から少し離れた場所で、全員は見上げる。城と言われてもおかしくない、とても大きな砦。

 分厚い石壁で覆われており、各所に大量の兵器が設置されている。

 巨大なボーガン、巨大な大砲。明らかに人ではない物への対策から、何を警戒しているかは一目瞭然であった。


「これがグラース砦……」

「馬鹿でかいな。お前らはここで待ってろ。俺が、門に近づいて開けてもらうことにする」


 気圧されそうな巨大な砦の前でも、ベイの様相に変化はない。いつもと同じ気楽さで門へと近づき……止まった。

 何があったのかとベイの視線の先を見ると、壁の上に大量の兵士が現れており、弓矢を向けている。

 その目には戸惑いも何もない。後一歩前出れば撃つ。そういった空気が流れていた。


 その練度、警戒状況にベイは嘆息する。これが竜を押さえる人類の精鋭か、と。

 しかし自分たちには書状もあれば、撃たれる理由もない。手に持っていた紙を掲げ、大きく息を吸った。


「……我々は! アルダール国王陛下のご命令で、グラース砦へとやってきた! まずは書状を確認していただきたい!」


 ベイの言葉を聞いても、兵たちに動きはない。目は鋭く、弓矢は標的を定めたままだった。

 警戒すべきなのは分かるが、雰囲気の悪いやつらだ。ベイは率直にそう思った。


 このままでは埒が明かない。一度下がるべきかと考えていると、重厚な門が鈍い音を立て、僅かばかり開かれた。

 隙間から出て来たのは、眼鏡をかけ白いマントをつけた青年。肩にかかるくらいの茶色の髪を携えた青年は、数名の部下を引き連れてベイの前へと歩み寄った。


「オースティン殿下……」


 青年が誰か気付き、すぐにベイたちは跪いた。

 オースティン=アルダール。この国の第二王子であり、第二位の王位継承者である。

 しかし、第一王子は魔族との戦争で消息を絶っている。つまり、実質次期国王である人物だった。


 グラース砦へいることは当然知っていたが、まさかオースティン殿下自らが赴くとは思っていない。その場にいる誰もが、予想外のことに身を固くした。

 オースティンはベイに差し出された書状を受け取り、目を通す。そして全員を見た後、深くため息を吐いた。


「要件は分かった。お前たちには砦へ入る許可を出す。親子は近隣の村にでも行かせろ。山賊はこちらで処分する、以上だ」


 身を翻し、オースティンは砦へと戻ろうとする。対応に唖然としている中、走り前へと進み出た人物がいた。

 それは親子の母親である。彼女は両膝を地面へつけ、額を地面へとつけた。そしてオースティンへと願い出たのだ。


「お待ちください殿下。この近隣に無事な村はありません。王都までは遠く、無事に辿り着けるとは思えません。どうか、どうかこの砦で働かせていただけないでしょうか」

「……ならば、お前には何ができる?」

「なんでもいたします! 給仕でも、力仕事でも! 命じてくだされば」

「お前ではない、そちらの子供だ」


 冷たい眼差しでオースティンが見ているのは、小さな少年だった。

 少年は母親の服を掴み、震えている。少年になにができるのか? できること自体はあるだろう。

 しかし、オースティンの望むことへ答えられるとは思えない。戸惑い、震えて答えることもできない。

 オースティンは目を細くし、戸惑っている少年の前で止まった。


「ここは竜と戦う場所。戦えるのか? 屈強な兵士より強いとでも? 大人より食事をうまく作れるか? 強い魔力がある? 医療技術をもっている? 何か一つでも、役に立てるものがあるのか?」

「う……あ……」


 なにもできない、なにも答えられない。ただ生きることに必死だった少年に、特別な技術は無い。

 できることは、母親に縋りつき涙を流すこと。

 当然であり普通の子供を、オースティンは認めない。

 ここが王都であれば、彼も受け入れただろう。……しかしここは違う。グラース砦、竜が動き出したとき、命を賭して戦う者が集められた場所。

 何も持たない少年を、優しく受け入れる場所ではなかった。


 オースティンの言葉は正しく、誰も言い返せない。

 せめて護衛を、せめて安全な場所まで、その一言を口に出せない。

 誰よりも王都へ戻りたいと思い、民を守りたいと願っている。そんなオースティンの言葉を、否定することができなかった。


 フィルはオースティンを見ながら考える。彼の言葉は正しく、否定できない。

 少年を受け入れない理由もはっきりとしている。難民を受け入れ、責任を取ることはできない。

 冷たくも見えるが、大局を見た眼差し。なによりも、これから竜に接触しようとしている自分たち。

 この先、戦いが起きる可能性は高く、オースティンの考えを受け入れるしかなかった。


 しかし、誰もが諦めている中で、一人だけ納得できていない者がいた。

 それはリナだった。


「殿下、お待ちください」

「話は終わった」

「いえ、終わっていません。民を見捨てることが、王族のなさることですか? 人々に手を差し出すことも、必要なことです」

「それをするのは私ではなく、父のすることだ。この者たちを助けることができるのは、父であり王都である。私に彼らを救うことはできない」


 リナの嘆願は、ばっさりと切って落とされる。だが、それでも救ってほしい。この弱き親子を、弱き人々を。

 ……しかし届かない。確固たる信念を持っているオースティンに、リナの言葉は何一つ届かなかった。


 彼女の必死な様相を見て、拳を強く握り立ち上がったのは二人。ベイとルアダだった。


「殿下、親子を受け入れてください。俺たちがそれに見合う成果をあげます」

「……その大きな体を活かし、守ってやればいい。ただしそれは、己の任務を投げ出し、多くの民を犠牲にすることだがな」

「万の命を救うためならば、二人くらい犠牲になってもいいって言うのか!」

「ベイ! 殿下に失礼です!」

「構わん。ベイと言ったな。私の考えは、貴君が述べた通りだ。全てを守る力が私にはない。周囲の山賊を一掃することすらできぬからな」


 オースティンの言葉に、ルアダはぴくりと反応した。

 周囲の山賊を一掃できない。それは戦力を割くことができないということだろう。

 だが、何とかしたいと思っている。彼はそう言っているのではないか? もしそうならば……。

 ルアダは自分の考えが正しいかも分からぬまま、口を開いた。


「……山賊を倒すことができれば、難民を受け入れることができますか?」

「無理だ。受け入れることはできない。……しかし、山賊への警戒要員を使い、王都へ送り届けることくらいならできるかもしれんな」

「分かりました。でしたら、自分たちが山賊を討伐いたします」


 自分の言葉が間違っていることには気づいている。多くの人々を救うため、時間を惜しんで竜との交渉に当たらなければならない。

 しかし、それでもルアダは山賊を討伐することを願い出た。間違っている選択を、あえて選んだ。


「十名だ」

「十名、ですか?」

「私がお前たちに協力させられる人数だ。それ以上はどうにもできない。……やれるか?」

「やらせていただきます。騎士として、民を見捨てることはできません。なによりも、殿下のお心を軽くするために動きましょう。成功した際には」

「分かっている。今後難民を、可能な限り王都へ送り届けることを約束しよう」


 オースティンは、決して悪ではない。助けられないことに最も心を痛めていたのも、またオースティンであった。

 彼らの任務の重要性は理解している。しかし、自国の減りゆく民を助けたい。その思いに逆らえず、オースティンも決断を下した。


 砦より屈強な十名の兵士が身支度を整え出て来る。彼らと共に、フィルたちは山賊を討伐することとなった。

 しかし、まだ一つ問題が残っている。その問題を片付けようと、オースティンは部下たちに命じた。


「親子は一旦、砦で働かせる。……残った山賊たちは、二名ほどを協力者とし、残りは処断する」


 オースティンの言葉で動き出した兵士たちを見て、縛り上げられている山賊たちは叫び声を上げた。

 悲痛に、命乞いをし、死にたくないと願い出る。思うがままに殺して来た彼らは、殺されることを恐れた。

 兵士たちが山賊を手にかけようとしたとき、フィルが間に割って入る。戸惑いながら兵士たちが見ていると、フィルは山賊に槍を向けた。


「山賊の中で、本当に山賊をしたいと思っている人はどれくらいいますか?」

「ほ、本当に山賊をしたいやつなんていねぇよ! 仕方なくやっているんだ!」


 フィルは目をじっくりと覗き込む。本当のことを言っているか、嘘を言っているか。判断しなければならない。

 オースティンはフィルの言葉で、その狙いに気付く。一つ頷き、一人の山賊の首を跳ねる。ゴロリと首が転がった

 阿鼻叫喚となる山賊たちであったが、オースティンに一睨みされると大人しくなる。騒げば殺されるだろう。彼の目を見るだけで分かった。


「嘘をついている者は殺す。しかし、心の底から改心し、協力するという者には恩赦を与えよう」


 フィルとオースティン。二人に与えられた恐怖に、自由に生きてきた山賊は逆らうことができない。

 生き残ることができるならばと、嘘をつく。死なないで済むのならと、従うと言う。

 オースティンは嘘を見抜けているわけではない。だが、嘘をついていると判断し処断することは、絶大な効果を発揮した。


 残ったのは五人。恐怖に支配された五人の山賊は、逆らう気力すらなく、オースティンに頭を垂れた。


「この五人を連れて行け。妙な動きをしたら、即殺せ。いいな?」

「はっ! これより殿下より預けられし十名、協力者五名、我々五名。行動を共にし、山賊を討伐いたします」

「……言うまでもないと思っているが」

「分かっております。戦力は、現地で調達いたします」


 ルアダの言葉に、オースティンは頷く。

 山賊から傭兵へ。信用できるかは分からぬ者たちを交え、混成部隊は山賊たちの討伐任務へとつくことになった。

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