第37話

 五人には他にも任務が課せられていた。

 内容は、隠れ潜んでいる人々の調査である。

 助けられる人は助け、王都へ向かわせるというものだった。


 そのため北へある竜の住処へ、真っ直ぐ向かうことはできず、まずは途中途中にあると言われている村の調査が優先された。


「ひどい状況だな」


 ベイが呟いた通り、その村はすでに終わっている村だった。

 すでに火の手も焦げた匂いもない、朽ち果てた村。夥しいほどの戦乱の傷跡。

 最初に辿り着いた村は、すでに全てが過ぎ去った後だった。


 五人は二手に別れ、村の中を調べることにする。

 フィル、ルアダの二人。

 リナ、フーリム、ベイの三人。


 ルアダは自分とベイだけが信じられる状況となってしまっており、必然的に自分たちが別れて見張るしかないと判断を下していた。

 当初、ルアダは自分の意見に反論があるだろうと予想していた。

 だが、フィルがフーリムと離れることを少し戸惑ったものの、リナと一緒だということで場は治まった。


 二人で朽ち果てた村の中を歩く。

 今、フィルは何を考えているのか? 誰かに利用されているのではないか? そういったことを調べるのに、適した状況だとルアダは思っていた。

 しかし、まだ纏まっていない思考は口を重くし、開くことを躊躇わせる。

 何から聞くべきか、何を知るべきか、悩んでいたルアダより先に、フィルが口を開いた。


「この村に、もう無事な人はいないんですかね……」


 フィルへ問い質すことばかりを考えていたルアダは、はっとした。

 確かに聞くことは必要だが、まずは無事な人を探すことが優先される。そんな当たり前の事実に改めて気づき、ルアダは己を恥じた。


 やるべきことをやろう、聞くのはそれからだ。ルアダは集中し、耳を研ぎ澄ます。

 無事な人がいれば物音がするはずだと、深く集中をした。

 聞こえてくるのは葉の擦れる音、風の靡く音、鳥の声……小さな声。

 確かに聞こえた声に気付き、ルアダは目を開いた。


「小さくですが、声のようなものが聞こえました」

「どっちですか? 急ぎましょう!」


 ルアダが指差した瞬間、フィルは飛び出した。

 慌てて続いたルアダは、自分が愚かだったと気づく。フィルは変わってしまったかもしれないが、性根は変わっていない。

 それに気付けただけでも、ルアダにとっては十分な収穫だった。


 二人は走る。ルアダに聞こえる段々と大きくなる声。

 このころには、フィルの耳にも声は届いていた。確かに聞こえてくるか細い声に、二人は足を速めた。


 辿り着いたのは、僅かに屋根が残っている焼け落ちた家だった。

 微かに聞こえる声を頼りに、二人は中へと踏み入る。そして少し奥へと進んだところで、声の主は見つかった。


 倒れている女性と、壁にもたれかかる少年。

 女性はすでに息絶えており、少年は息をヒューッヒューッと吐きながら、虚ろな瞳で二人を見た。

 痩せ細り、自力で立ち上がることでもできない少年。体に刻まれた無数の傷跡。すでに限界を超えていた。


 ルアダは少年を見て、助からないと気づいてしまった。

 回復魔法をかけてみてはいるが、痛みが和らぐだけであり、目の光はどんどんと薄れていく。

 ……止めを刺してあげるほうが正しいのかもしれない。自分の残酷な考えに気付き、頭を振る。

 しかし一度浮かんだ答えは消えず、それこそが正しいと確信まで持ってしまった。


 手を震わせ剣を抜くか悩むルアダの手を、そっとフィルが止める。

 フィルは自分が汚れることも厭わず、ゆっくりと少年を抱え上げた。


「僕たち二人には無理でも、三人ならどうにかできるかもしれません。まずは合流しましょう」

「……その通りですね。すみません、短絡的に考えすぎていました」

「いえ、ルアダさんが間違っているわけじゃないですよ」


 微笑むフィルを見て、ルアダは少しだけほっとした。

 少年を連れ二人は走り出す。だが、ルアダの胸にはフィルの言葉が消えず残っている。

 自分が間違っていないとは、どういうことだろうか? 僅かばかりの不安は残っていたが、今は合流するべきだと、ルアダは考えを振り払い走ることに集中した。



 胸元で苦しげに呻く少年に、フィルは声を掛け続ける。もう少しだ、頑張って。根拠も無い言葉だったが、少年の目には少しだけ光が戻っていた。

 ルアダも同様に声を掛ける。きっと助かる、大丈夫だ。それは少年にかけている言葉でもあり、自分にかけている言葉でもあった。


 大男と剣を持つ女性、小さな少女を見つける。三人は慌てて走り寄って来る二人に気付き、同じように走った。


「どうしたの?」

「怪我をしている少年を見つけました。助けられませんか?」

「……傷が深いな。リナ、フーリム、どうだ?」


 ベイに問われ、二人は少年に回復魔法をかけながら体を隈なく調べる。しかし、二人は悲し気に首を横へ振った。

 駄目なのか、そう分かってしまいルアダは強く拳を握る。他の三人も同様であり、己の無力さを嘆いていた。

 フィルは少年の横へ跪き、上半身を起こし抱きしめる。誰もがこの辛い時間を、少しでも温かな気持ちで送ってあげようとしているのだと、瞳に涙を浮かべた。


「うっ」


 少年が僅かに呻き声を上げる。そして数秒ほど、ぎゅっとフィルのことを強く掴んだ後、ぱたりとその手が落ちた。

 ゆっくりと少年を横にし直し、見開かれた目を閉じる。少年の胸元に触れていたフィルの手は赤く染まっており、ナイフが握られていた。


 体にべっとりと赤い液体を付けていたフィルは、ゆっくりと立ち上がる。

 誰もが呆然としている中、動かなくなった少年へフィルは手を合わせた。


「フィル……あなたは……」


 わなわなとルアダの唇が震える。言いたいことはたくさんあった。

 しかしその全ては甘えであり、苦しんでいる少年を楽にしてあげたことは分かっている。

 自分だって同じことをしようと考えたのだ。今さらフィルを責めるのは筋違いであるとも分かっていた。

 それでも言わずにはいられない。ルアダはフィルの肩を強く掴んだ。


「フィル!」

「はい、なんですか?」


 目を細め、悲しい表情をするフィルを見て、ルアダはさらに肩を握る力を強くする。

 仕方のないことだったと、悲しい顔をするフィルに対し拳を握り……自分の頬を殴った。


 フィルは目を見開き驚いた。助からない少年を殺したことを、咎められると思っていたからだ。

 しかしルアダのとった行動は、フィルを咎めるのではなく、自分を咎める行動だった。


 ルアダはフィルの肩から手を放し、胸元を掴みあげる。フィルは苦しいと思いながらも、何も言わずされるがままにした。

 そして、ルアダは口を開いた。


「悩んでいた僕の代わりに殺すことで、少しでも責任を減らそうとしたのですか? 一人で背負おうとしないでください。誰が少年を楽にしたとしても、助けられなかった責任は全員にあります」


 強い瞳で見られ、フィルは頷くしかなかい。

 ルアダはフィルの手を汚させた情けなさから、胸が締め付けられる思いをしていた。

 フィルの胸元を掴むルアダの手を、ベイがゆっくりと解く。そして頭をぐしゃぐしゃに撫で上げた。


「大丈夫だ、俺たちがお前といる。何を考えているかまでは分からんが、心配するな。間違っているのはフィルじゃなくて、この世界だ」


 肯定されるべき行いではない。だが肯定される世界である。

 それが分かっている二人は、このとき初めてフィルは変わっていないとはっきり理解した。

 ……そして同時に、自分たちの力の無さを嘆きもする。自分たちより年下のフィルに、ここまで思いつめさせてしまった自分たちの力を。



 四人は少年を埋葬してやろうと穴を掘りだした。

 フィルも手伝おうとしたのだが、止められる。お前は十分にやった、だから後は任せておけ。そう言われてしまったのだ。

 温かく優しい二人の言葉を聞いても、フィルの心は冷たいままだった。

 ぽつりと、誰にも聞かれることなく黒い空を見ながら呟く。


「それでも僕は、また同じことをします。他の人の手を汚すくらいなら、自分の手が赤く染まっていたほうがいいから」


 誰にも届かない悲しく優しい言葉。

 自分の意思で人を殺したのに、まるで揺るがない。

 化け物にでもなったような自分の心が、悲しく辛く……同時に、正しくも感じていた。

 きっとこの悲しい世界を生きていくというのは、こういうことなのだろう。早く、変えなければならない。

 せめてこの四人が、悲しむことができて、楽しむことができる世界に。それだけが今のフィルの支えだった。



 埋葬が終わり、一人離れたルアダは、胸元から小さな紙を出し開く。

 内密にルアダにだけ渡された命令書。その存在はハロルドたちも知らない。

 周囲を確認し、改めてルアダは紙を開いた。


『要観察対象

 フィル、フーリム の両名に王国へ害を及ぼすと

 思しき行動が有った場合、即座に処理をせよ。 』


 もう一度内容を確認した後、ルアダは紙を細切れに破いた。

 手を高く掲げ、紙切れを風の赴くままに流す。紙吹雪は、すぐに視界から消えた。

 殺す必要は無い。何かあったとしても、自分がなんとかしてみせる。

 ルアダは強く拳を握り、振り返った。


 少し離れた位置で、四人がルアダのことを待っている。

 何も変わっていない。変わったように思えるだけだ。大丈夫、なにも問題は無い。

 自分に言い聞かせながら、大切な仲間と合流するため、歩を少しだけ速めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る