第30話

 声がしたのは村の西側。

 四人はそこへ辿り着き、すでに戦闘が始まっていることに気付いた。ルアダはすぐに周囲の兵へ指示を飛ばす。


「前衛には重装歩兵を! 弓兵、魔法兵は他の歩兵で守ってください! 他の箇所からもせめて来る可能性があります。必要な人員だけを残し、別箇所の警備を!」


 ルアダの言葉でベイが前に出る。重装歩兵の中でも一際大きい彼が中央に立つだけで、他の兵に安心感が訪れた。

 しかし敵の攻撃は、ルアダが予想したものよりも遥かに苛烈なものだった。


「南から敵影!」

「リナ、向かってください! ガラ様、指揮が取れる人間を南へ回してください。村へ入らせては行けません」

「了解した。スクイード! 東へ向かえ! 北にも数名回せ!」

「りょーかいしました。フィル行くぞ」


 どうすべきか迷っていたフィルの肩がスクイードに掴まれた。夜間、暗闇の中での戦いが始まる。

 戦闘への戸惑いを隠せない中、指示に従うこと以外考えられなくなっていたフィルは、スクイードに続くしかなかった。



 村の東側に辿り着いたフィルとスクイードは、数名の兵と共に森を睨む。誰もいないように見える森の中から、何かが覗き込んでいるように感じる。

 スクイードの側を離れることができず、息を荒げながらフィルも森を見続けた。


「落ち着け。視界は広く持つんだ」

「わかり、ました」


 フィルが落ち着きを取り戻せない中、森から微かな音が聞こえる。潜んでいることを隠すように、風で揺れたような草木の音が響く。

 いる、とスクイードは判断を下した。西に多くの人狼の姿があったが、側面や裏を突こうとしている部隊がいるのだろう。

 僅か10名ほどの兵に、スクイードは手早く指示を出した。三名の重装歩兵が前へ立ち、そのすぐ後ろにスクイードとフィルが立つ。

 さらに後方に二名の魔法兵と一名の弓兵。三名の遠距離支援兵を守るため、残りの軽装歩兵を配置した。


「……来るぞ!」


 スクイードが叫ぶと、森の中から人狼が飛び出した。フィルには何体いるか数える余裕もなく、必死に槍を握る。

 重装歩兵と人狼がぶつかり、重厚な金属音が鳴った。

 それを皮切りとばかりに、次々と人狼が飛び出してくる。スクイードはフィルを引っ張り、重装歩兵の左側へ移動した。


「重装歩兵は正面に集中! 横を抜けたものは、残りの者で片づける!」


 後方を守っていた軽装歩兵たちも、スクイードの指示で右側へ移動する。雷が、炎が、氷が、矢が敵を穿つ。自分の横を通り抜ける攻撃に、フィルは縮こまった。

 だが、すぐにその頭が叩かれる。


「射線に入らないよう意識しろ! 後は仲間を信じろ!」

「で、でも……」

「当たったらその時だ!」


 フィルは無茶なことを言うと思ったが、逃げるわけにもいかずスクイードと二人で抜け出て来る人狼を防ぐことに集中した。

 森から抜け出やすい場所は重装歩兵が押さえている。しかしそれでも、人狼は身軽に森を飛び抜けて来た。

 だが飛ぶということは避けれないということである。スクイードは飛び出して来た人狼が地に落ちるよりも早く、槍を喉へ突き刺した。


「落ち着け、大丈夫だ!」


 敵の数が多いとはいえ、決して劣勢ではなかった。一点の誤算を除けば、であるが。

 スクイードは舌打ちする。フィルは槍を突き刺すことなく、地に足を着いた瞬間を狙い足を払い人狼の体勢を崩す。慌ててスクイードは二匹の人狼の喉へ槍を突き刺した。


「なにをやっている! 飛び出たところを刺せ!」

「あ……う……」


 まともに返答もできず、フィルは人狼の曲刀を槍で防いだ。しかし、これはスクイードも予測していることであった。

 初の戦闘で躊躇う人間は多い。そういった意味では、フィルは十二分な働きを見せている。一線を越える覚悟とは、簡単に身に着けられる物ではない。

 弓矢での攻撃が無くて良かった。スクイードがそう思った瞬間、矢が木の葉を裂き押し寄せて来る。


「やっぱり簡単にはいかないな! 魔法兵の一人は矢を防げ!」


 数本の矢を魔法兵が炎で焼き払う。五分に近い状態となり、スクイードは防御に徹することを決めた。

 森の中へ一人踏み入り、弓兵を切り倒すことは簡単ではない。なによりも、飛び出して来る人狼の数は一向に減らず、この場を動くことはできない。

 味方の援軍を待ちつつ、打開策を考えるしかなかった。



 数分ほどの時間が経ち、敵が飛び出して来る数が減る。力押しを諦めたかのように思え、少しだけ隊の気が緩む。……しかし、それは間違いだった。

 北側から抜けて来た人狼が、スクイードに飛び掛かった。


「ちっ、北はなにをしてやがる! 俺の場所に誰か入れ!」


 スクイードは一人北側の人狼に対峙する。しかし、フィルの横へ立った軽装歩兵は焦りを隠せなかった。一人で二人分倒さなければいけない。それは簡単なことではなかった。

 じわりじわりと、フィルたちが劣勢へ追い込まれる。スクイードも気づいてはいたが、手助けをする余裕は無かった。

 そんな中、一本の弓矢がするりと魔法を抜ける。そしてフィルの横に立つ兵の右肩へと刺さった。


「ぐあっ」

「魔法兵! 何をやっている!」


 罵声を飛ばしても仕方がない。そうは分かっていても、スクイードは言わずには入られなかった。その隙を逃すはずもなく、フィルの前へ二匹の人狼が飛び出す。

 恐れ不安を押し隠し、フィルは倒れた兵の前へと立った。にたりと、人狼が笑う。こいつを倒せば、東側は押さえられる。震えている若い人間を殺す喜びに、打ち震えた。


 追い込まれ小さくなったフィルは、二匹の人狼の曲刀を必死に防ぐ。いつも通りに動けるはずもなく、体に無数の細かい傷が刻まれる。

 三体目が飛び出して来た。三体の猛攻を逸らし、後ろへ抜けないように耐える。

 人狼はこの時、やっと気づいた。おかしい、なぜこの人間を倒せないのかと。目は怯え、腰は引けており、体も震えている。……なのに、未だ打倒できない。

 後ろから矢が飛んで来る。魔法兵にも余裕はない。これで崩れる。人狼は少しだけ安心したのだが、フィルは槍に風を纏わせて矢を打ち払った。


「はぁ……ぐっ……」


 満身創痍で今にも倒れそうな人間。その評価を三体の人狼は変えた。これは強くはないが固い。防御に長けた相手である。

 同じとき、北側の人狼を相手取っているスクイードは戦慄していた。もう駄目かもしれないとすら思ったのに、実力を発揮できていないのに、耐え続けているフィル。

 まだいけるかもしれない。すぐさま残り数体の人狼を倒し戻れば、状況を覆せる。焦りを押さえながらも、スクイードは戸惑っている人狼たちへ切り込んだ。



 体が重い。槍を下ろしたい。なぜ自分はここにいるのだろう。

 人狼の攻撃を、ぼんやりとした頭でフィルは防ぐ。右から降ろされた攻撃を、僅かに体を動かし避ける。頭を狙って来た攻撃を、槍で防ぐ。左から突こうとしている人狼の顔に、風魔法を撃って止める。

 東側の人狼たちにも余力が無いらしく、それ以上の増援が現れない。フィルは追い詰められながらも、三匹の人狼を押さえ込んでいた。


 隙が見える。一体の人狼の足を払い転ばせた。立ちあがるまでの時間を作り、残り二体へ対峙する。後方から魔法の援護が飛ぶ。一体の人狼の顔を炎が包み、口から煙を吐きながら倒れた。

 フィルは何も考えられないまま、敵の攻撃を防ぐ。長く鍛えた体は思い通りにはいかずとも、勝手に動いていた。


「よくやった!」


 スクイードが北側の人狼を倒し、フィルの横へ戻る。彼はすぐさま目の前の二匹へ二段突きを放った。一匹が倒れ、もう一匹がギリギリのところで避ける。

 自分たちが不利だと察した人狼は、プライドをかなぐり捨てて空を仰ぎ見た。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン」

「遠吠え? 増援か!」


 人狼は誇りを傷つけられたかのように、憎しみに満ちた瞳でフィルを睨む。びくりとフィルの肩が震えた次の瞬間、重装歩兵が叫び声を上げた。


「ぞ、ぞうえ……」


 ガシャリと音がする。二人の重装歩兵の体が、真横に切り伏せられて二つに分かれていた。のそりのそりと、片目に縦の傷をつけた大きな人狼が出て来る。

 血に飢えた目が周囲を根目回す。大型の人狼はフィルたちを見て、口から涎を垂らした。


 通常の人狼ほどもありそうな大剣を持つ人狼は、剣を横へ薙ぎ払う。防ごうとした二人の軽装歩兵が、武器ごと断たれた。


「全員西へ撤退し合流! 殿は俺だ!」


 スクイードの声で、後方にいた兵が振り返らずに走り出す。損な役回りだと思いながら、スクイードは大型の人狼へ槍を構えた。

 ……しかし、その横にガタガタと震えながら槍を構える人物がいた。


「なにをやってるんだ。さっさと逃げろ!」


 フィルは目に涙を溜めながら、無言で首を横へ振った。ここから引けば軍は危機に陥る。村にも犠牲が出る。……それでも下がるべきだった。

 分かっていながらも、フィルは下がれない。怖くて逃げだしたくて仕方ないにも関わらず、たくさんの人が死んでいることが悲しくて、これ以上の犠牲を見たくなかった。


「……馬鹿野郎! 俺がデカブツをやる! そっちの雑魚を押さえておけ!」

「は、はい!」


 背筋が冷たくなり死を覚悟していたスクイードの手に、力が漲る。フィルとスクイード。残った二人による化け物退治が始まった。


 大型の人狼は二人を睨みつけた後、ゆっくりと口を開いた。


「面白い……、他の者は北の部隊と合流しろ」

「グルルッ」

「黙れ、お前らから殺すぞ」


 大狼が片目でギラリと見ると、その場に残っていた人狼は森の中へと戻って行った。

 森を抜けて北側へ向かうことは分かっている。しかし二人はその行動を止める術をもっていなかった。

 そして、それ以上に驚いてもいた。人狼が人の言葉を話していることに。


「こいつは驚いた……」

「人の言葉を話すことがか? そうやって見下しているから、人間は追い込まれたのだ」

「いやいや、否定できないな」


 スクイードは知性ある人狼に恐怖を抱いていた。同時に、なぜ襲撃してきたかも理解する。

 人の言葉を理解する人狼がいる以上、自分たちが先行部隊として来ていることも気づいていたのだろう。

 村を守るつもりで来ていたのに、自分たちは彼らにとって都合の良い獲物に過ぎなかったのだ。

 だが考えるのは後だと、スクイードは深呼吸し、前足を強く踏み込んだ。


「フィル、気合入れろよ! 生き残ったら、後で褒章でももらってやる!」


 彼の言葉で、フィルも気合を入れなおし前足を踏み込んだ。絶対に死ぬものかと、槍を強く握る。

 二人の様子を見て、大型の人狼は楽しそうに笑みを浮かべた。

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