第27話

 次の日、四人は南東の村へ先行部隊として出陣することになった。

 数は100。後に来る本隊が来るまでの時間稼ぎ、現在の状況を知ることと村を守るための部隊だ。

 精鋭と呼ばれる兵は少なく、2割から3割は若い兵士で編成されている。だがハロルドは自分の副官を、先行部隊の補佐としてつけていた。

 名はガラ。褐色の肌にウェーブのかかった黒髪。なによりも長くハロルドの副官を勤めているだけあり、歴戦の騎士としての風格が彼にはあった。


 ガラは周囲を見回し、若き兵が多いことを改めて理解し、陰鬱な気持ちとなる。それは決して不満があったわけではない。ただ若い者を駆り出しているような気持ちがあり、どうしてもため息がつきたくなっていた。


 現状を嘆いているだけではあったが、気難しい顔をしているガラに、ルアダは少しだけ緊張した面持ちで三人と共にガラの前へと進み出た。


「ガラ様、よろしくお願いいたします」

「よろしくではない。率いるのはお前たちであり、私は補佐に過ぎない」


 冷たく厳しい言葉に、四人は気を引き締めなおす。その間も老兵の目は、鋭く四人を見据えていた。

 三人のことは良く知っており、不安は無い。だが、どうしても気にかかる人物がガラにはいた。それは当然、フィルのことだ。

 おどおどとしており、自分と目を合わそうとしない少年。どう見ても新兵にも劣る少年が、なぜここにいるのか?

 少し考えたが、ガラはフィルから目を逸らした。ほっとフィルがため息をついているのを聞き、興味すら失う。生き残れればいいだろう、そうとしか思わなかった。


「では準備が整い次第出発をしても」

「隊長は誰だ? 私は副隊長と言うことになっている」


 ルアダの言葉を遮り、ガラは厳しい言葉を向ける。咄嗟のことで、ルアダは言葉に詰まった。しかし試されていることは分かっている。言葉は出せなくとも、必死に思考しながら笑顔を向けた。


「今回の隊長は、ルアダ=バード。自分がやらせていただきます」

「ならば一々私に許可をとるな。問題があると思えば口を出させてもらう。副隊長の顔色を窺ってどうする」

「……申し訳ありませんでした」


 笑顔で答えたものの、ルアダの胸中は穏やかではなかった。頼りさせてもらおうとしていた人物からの、厳しい言葉。しかも間違ったことは言われていない。

 自分の甘えを理解し、気を引き締めなおす。ルアダが三人を見ると、それは三人も同じようで、顔は引き締まり真剣なものとなっていた。


 ルアダは馬に颯爽と乗り、手を上げた。


「では出陣する! 隊列を崩さないように!」


 兵たちの小さき返答、ガラのため息。自分たちが認められていないことを、理解させられる。これからだ、これから変えていけばいい。

 ルアダは強く手綱を握り、馬をゆっくりと進ませた。



 最前列にルアダ、ガラ、リナ。最後尾にベイ、フィル。ほとんどが馬に乗ることはなく、駆け足での行軍。今求められているのは、なによりも速さだった。

 最後尾でベイは頭を掻きながら、隣にいるフィルへと話しかけた。


「なぁ、ガラのおっさんピリピリしてたけど大丈夫なのか?」

「いつもは違うんですか?」

「普段はもっと気のいいおっさんなんだけどな」


 ベイがフィルと最後尾についたのは、ガラからフィルを引き離すためでもあった。

 三人はフィルが何かを抱えていることは知っているが、ガラは知らない。そして話したところで、理解はされないだろう。

 最前列に行けば、この少年は居心地悪く小さくなることは分かり切っている。そんな気遣いからだった。


 そしてフィルも、そのことにはうすうす気づいていた。ガラとうまく話せる自信もないため、正直助かったとすら思っている。

 だが、このままでいいのだろうかという気持ちもあった。騙しているような、妙な気持ち。やるべきことをやるしかないにも関わらず、胸中にそんな気持ちが渦巻いていた。

 フィルへ手を伸ばしたベイが、ばんっとその背中を叩く。痛いと思いつつフィルが見ると、ベイは笑っていた。


「まぁなるようになるだろ。しっかりやろうぜ」

「……はい!」


 フィルの胸にあった重いものが、少しだけ叩きだされた気がする。ベイへ感謝し、笑顔で答えた。



 しかし二人とは違い、最前列には重苦しい空気が流れていた。

 後ろが遅れていないかと、ルアダは何度も振り向く。それはリナも同じようで、何度も後ろを振り返っていた。

 そんな若い二人を見て、ガラはやれやれと頬を掻く。


「二人とも、後ろを気にすることは悪いことではない。だが、もっとどっしりと構えろ。後ろのやつらは、私たち三人へついて来ているのだぞ」

「申し訳ありません……」

「うぅっ、気を付けます」


 早すぎたのではないか、荷が重いのではないだろうか。ガラは二人を見てそう思っていた。初めてのこととは言え、二人は緊張で潰れそうになっている。

 隊長はどんな時でも乱れてはいけない。手が届かないところは、副官が補佐すべきことだ。なのにこの二人は、全てを自分たちでやろうとし、自分で自分を追いつめている。

 仕方なくガラは、二人へ心構えを説き続けた。


「ルアダ、お前は前に意識を向けろ。リナ、お前は後ろを気にしながらでも前を重視。後ろになにかあれば、最後尾のベイが動く」

「しかし、なにかあったときに素早く動く必要が……」

「なんのための隊だ! 全て出来ると思うな! できないところを補佐するために、副官である私がついているのだろう!」

「そ、そうだよルアくん! 私も頑張るから!」

「はい、その通りですね。よろしくお願いします」


 緊張からだらだらと汗を流しながら笑顔を浮かべるルアダを見て、ガラは頭を抱えた。いざとなれば、自分が指揮をとる必要があるかもしれない。

 頭の中では、不足の事態への対策が浮かぶ。出来る限り口を出したくはないが、被害を出すよりはいい。ガラは背筋を伸ばし、気を引き締めなおした。



 隊が伸びかけていたところで、ガラは休息を提案する。ルアダもそれに応じ、早めではあるが、隊は休息をとることにした。

 全員が体を休める中、ガラはルアダとリナのことも休ませる。まだ戦闘が始まったわけでもないのに、二人は疲労困憊であった。

 本来ならば全体に問題がないか、報告などを受けなければいけない。なのに報告はほとんど上がって来ず、ガラは不思議に思い休んでいる兵たちの元を周ることにした。

 そこで、ガラは予想外の姿を目にすることとなった。


「け、怪我などはありませんか? 大丈夫ですか?」

「あぁ、まだ出発したばかりだからな」

「なにかあったか? ルア……隊長も大変だからな。俺に言っていいぞ。問題があれば、俺が報告してやる」

「い、いえ大丈夫です!」


 ぽかーんと、口を少し開きながらガラはその光景を見ていた。最後尾にいて疲れが少なかったかもしれないとはいえ、フィルとベイが隊の人へ声をかけているのだ。


 フィルとベイは、移動中も二人で話し合っていた。最前列で気を引き締めている二人の負担を、少しでも軽くさせられる方法はないかと。

 そこから必死に考え、できることをやろうと二人は決めていた。話し合った結果が、現在の状況だ。


 ガラはこの時、少しだけフィルの評価を変えた。自信なさげにしていたこの少年は、弱いのではなく、優しすぎるのではないかと。

 軍隊で優しいことは間違いだ。厳しく規律を守り、歯を食いしばらせなければならない。……だが、どうしても咎める気にはなれなかった。

 緊張していた兵たちの顔に、僅かばかりの笑顔が浮かんでいる。必死ながらもなんとか笑顔を作り、走り回る二人。

 それを悪しき物と断じることが、老兵にはできない。いや、むしろ少しばかり好ましく思ってしまっていた。


 ふむ、とガラは頷く。四人の中で誰を隊長にするかと言われれば、誰もがルアダを選ぶだろう。しかし、少しだけ試してみても良いのではないだろうか?

 この四人は、四人であることに意味があるのかもしれない。一人よりも二人の方が強い。そんなことは考えなくても分かっている。

 だが熟練した連携をとる二人であれば、それ以上の実力が出せる。もしかしたらと思い、ガラは一つの決断をした。


「ベイ! フィル! こちらへ来い!」


 ガラがいたことにすら気付いていなかった二人は、慌ててガラへ近寄る。二人は親に怒られる前の子供のような表情で、ガラの前で止まった。

 身勝手な行動と怒られるのだろうか? やはり聞いてからやるべきだったのでは? 二人はお互いの目を合わせ、口に出さずともそう目で語りあった。


 だが老兵は顎をなでつけた後、二人が予想していなかったことを述べた。


「……最後尾から隊の動きをみることも必要だ。休息の後、二人が最前列へ来い。ルアダとリナは最後尾とする。私から隊長であるルアダに許可はとっておく。以上だ」


 叱られると思っていた二人は、唖然とした顔をしながら目を合わせた。自分たちが最前列へ行く理由が、二人には分からない。

 しかしその間の抜けた表情が面白く、ガラは少しだけ表情を崩した。


「聞こえていたな? 復唱!」

「は、はい! 俺とフィルは休息後、最前列へ赴きます!」

「み、右に同じです!」

「よろしい。休ませることも話を聞くことも大事だ。兵に何かあれば、すぐに隊長か私へ報告しろ」

「「了解!」」


 ガラがいなくなった後も、二人はお互いの顔を見て目をぱちくりとさせる。全く理解が追いつかないまま、二人は休息後、指示通り最前列へと向かった。



 ルアダとリナを最後尾へ下げ、ベイがルアダの位置に。フィルがリナの位置へ配置される。隊は先ほどと同じようにゆっくりと……進まなかった。

 ベイは自分が先頭へ立ったことで、高揚したのだろう。少し早めのペースで隊を動かしていた。

 ガラは自分の判断は過ちだったかと、ため息をつく。そしてベイに速度を落とすように言おうとしたときだった。


「ベイさん、少しペースが速いです」

「ん? いや、速くついたほうがいいだろ?」

「でも、同じペースで動いたほうがいいですよ」

「そうか? うーん……ガラのおっさん、どうだ?」

「……フィルの言う通りだ。急ぎたいのは分かるが、速度を少し落としたほうがいいだろう」

「了解!」


 ベイはフィルとガラの指示に従いペースを落とした。ガラがちらりとフィルを見ると、びくっとした後に目を逸らす。

 まさかと思いつつも、ガラはフィルを見ていた。後ろをちらちらと見つつ、ベイへ進言する。時にはおどおどとしながらも、ガラへ話しかけて聞く。

 今、四人の中で一番冷静なのはフィルのように、ガラには見えた。


 だがフィルの中では違う。少しでもできることをやろうと、いっぱいいっぱいになっていた。三人の負担だけでなく、全体の負担を減らそうと、頭をフル回転させる。

 緊張よりも、役に立ちたいと思う気持ちが勝っていての行動だった。


 ガラは指示をし、リナとベイの位置を変える。フィルの補佐があり、問題なく動く。ルアダとリナの位置を変える。先ほどとは打って代わり、ルアダも落ち着いた様相になっていた。

 最後尾に一度下げたことが良かったのかもしれない。そうも思ったのだが、この少年の力でもある。ガラはそう判断を下した。


「フィル」

「は、はい。あの、なにかしてしまったでしょうか?」


 フィルはガラに話しかけられ、びくりと肩を震わせる。その姿を見て不安にもなったが、ガラはルアダへ自分の考えを告げた。


「ルアダ、次はフィルを先頭にしようと思う」

「何事も経験ですからね。異論はありません」

「……え? あの、え? え?」


 ルアダはするりと馬を動かし、前を空ける。フィルは周囲をきょろきょろと見回しながら、恐る恐る前へ出た。

 ……しかし、数分で元の位置へと戻される。落ち着きなく前、横、後ろを見ていたので使い物にならなかったのだ。

 歴戦の老兵は、自分の見る目も鈍ったものだと、ただため息をついた。

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