第26話
王都アルダールに戻った四人は、休む暇もなく詰所へ戻る。
詰所の奥。手狭ではあるが、個人用の部屋。机には書類が積み上げられ、座っている人物の顔しか見えない。そんな場所で、四人は一人の老騎士へ報告を行っていた。
「……ということです。人狼の数は恐らく数百。包囲して殲滅することは、不可能ではないかと」
「なるほど……」
鎧を着こんだ老人は、髭をいじりながらルアダの報告を聞き、頷いた。
騎士団長ハロルド。彼は三人の直属の上司であり、騎士としてその名を馳せている人物でもあった。
ハロルドは報告を聞き、悩んだ。無事斥候が成功したこと、しかし発見されたかもしれないこと。それだけの数の敵が、すぐに移動できるとは思わない。ただし、それはあくまで人間の場合である。
人狼は元々山や森に生息する魔族。ならば、すぐに移動を行っている可能性もあるのではないか? もしそうだとしたら、待ち構えられている可能性すらある。
迅速な行動、的確な判断。求められることは多く、ミスも許されない。この状況で、迂闊な判断を下すことはできなかった。
「難しいところだ。今すぐ攻め込むべきなのだろうが、すでに移動されていた場合は? 我々は被害を最小限にしなければならない。人は無限にいるわけではない」
「それは相手も同じ! ここが攻めるとこだろ!」
ギリッとベイは歯ぎしりをした。ハロルドの意見が正しいことは分かっている。だが、話している間にも状況は刻一刻と変化していく。その焦りを、抑えられなかった。
ハロルドは三人が同じ考えであることは理解していた。その若さを正しいとも悪いとも言えず、ため息をつく。なにか話題を一度変えたほうがいいかもしれない。そう考えたとき、彼の目には一人の少年が目に入った。
「……彼は?」
「はい、自分たちの協力者です。騎士でも兵士でもなく、私のお付きと言いますか……」
「名は?」
「フィルくん……フィル=シュタインです」
フィルは三人の後ろでぺこりと頭を下げた。
はて、とハロルドは首を傾げる。王都にいる全ての人間を知っているわけではないが、まるで見覚えのない少年だった。
それも当然のことである。フィルはこの時代にいるはずの無い人間であり、知っているほうがおかしい。しかし、老騎士は思い出そうと考える。少しおどおどとしている少年のことを。
だが思い出せるはずもなく、頷くことしかできなかった。
「協力者か。今は人手がいくらあっても足りない。こちらとしても助かる。ありがとう、少年よ」
「いえ、あの、頑張ります」
「うむ」
普通ならば見覚えも無い人間を、受け入れたりはしない。だが、簡単に受け入れられた。それは、そこまで人間が追い詰められていることを意味し、フィルは今の状況を認識させられる。
後がない。そういった状況なのだと。
「……倍。いや、三倍は数を用意したい。だがそうなれば、王都の守りも薄くなる。私の判断だけで動かすわけにはいかない」
「なら、私たちはどうして斥候に」
「落ち着け。判断ができるところに、決めてもらえばいい」
ハロルドはリナの言葉を遮り、椅子から立ち上がった。
四人が彼の行動を見ていると、老騎士はにやりと笑って四人へ告げた。
「王城へ赴く。四人ともついて来い」
「「「はっ」」」
言葉の意味を理解し、笑顔を浮かべながら返事をした三人。しかしフィルだけは咄嗟にその行動ができず、きょろきょろと周囲を見回した後、慌てて四人を追いかけて部屋を出た。
王城はフィルの知っている王城と、そこまでの違いはなかった。知っている王城は改築がされているのか、もちろん多少は違う。だがそれも些細なものだった。
先を歩く四人へ続きながらも、フィルは苦々しい気持ちとなる。あの日、全てが変わってしまったこと。集められて、封印の山へ向かわされた。そしてそこで行われたこと、自分に起きたこと。
良い思い出は一つもなく、王と会うかもしれないということが心を重くした。
「ここでしばし待て」
ハロルドはそう言い残し、一人で王の間へと入って行った。
自分の知っている王と会うわけではない。そう自分に言い聞かせていたフィルは、三人の様子がいつもと違うことに気付いた。どうもそわそわとしており、落ち着きがないのだ。
「どうかしたんですか?」
「い、いえ、王に会うかもしれないわけですからね」
「だよな。俺、話さないほうがいいか?」
「私とベイくんは黙っていたほうがいいかも……」
三騎士はまだ三騎士ではない。フィルはその事実を、改めて知った。この様子からして、三人は初めて王の前へ行くのだろう。それは不思議なことであり、それと同時に親近感を覚えさせた。
こういった時代が、三騎士にもあったのだと。
そわそわとする三人を見てフィルが不思議な気持ちになっていると、扉が少しだけ開かれる。隙間から顔を覗かせたのは、ハロルドだった。
「入れ。粗相のないようにな」
「はい」
ルアダ以外は、小さく返事をする。緊張は最高潮であり、普段通りの声が出せないのも仕方のないことだった。
王の間の中へ入った四人を迎えたのは、王まで続く赤いカーペット。その端で、直立不動に立つ兵士たちだ。
震える膝を押さえ、三人はきょろきょろとしないようにしながら、ハロルドへ続いた。
フィルだけはぼんやりと周囲を見回し、変わらない場所に落ち着きと、妙な嫌悪感を覚える。嫌な思い出だけが、頭の中で繰り返されていた。
ハロルドが王の前へ跪き、それに倣って四人も跪いた。顔を上げることもせず、じっと王の言葉を待つ。王の間は彼らが知っている空気とは違い、ピリピリとしつつも透き通るような空気に包まれている。
それを三騎士たちは、王の持つ聖なるなにかだと疑わない。彼らの主であり、忠誠を誓っている王から、言葉が発せられた。
「面をあげよ」
「はっ」
王の言葉で、全員が顔を上げる。四人からは「おぉ……」という感嘆の声があがった。
無意識のうちに、フィルも同じように声をあげる。自分が会った王は、威厳はあったが、なによりも黒衣の者の存在などで、妙な感じを受けた。
しかし、今は違う。立ち居振る舞いだけでなく、その姿を見るだけで分かる。彼が本当の王なのだと。
「報告は先んじて聞かせてもらった。すぐに軍を動かし、民を安心させたい気持ちも聞いている」
「ならば……」
「しかし、難しいところだ。我々の目的は、敵を殲滅することではない。民を守ることである」
王の言葉に、ルアダはぐっと言いかけたことを飲み込む。王都の中は現在自給自足できるよう、所狭しと人々が動いている。つまり王は、守り切る考えなのだろう。
しかしそれは籠城と変わらず、攻め込まれれば人々は疲弊していく。援軍が期待できないそのような状況を、三人は良しとはできなかった。
「……一つ、考えがある。ハロルドから話を聞いたが、三人は才能に溢れているということだ。まず、騎士見習いから騎士へと昇格させよう」
「え? 騎士?」
フィルはその言葉に驚き、三人を見る。ルアダとベイは不思議そうな顔をしていたが、リナだけが目を逸らした。
それもそのはずだろう。リナは、フィルへ自分を騎士だと名乗っていた。偉そうにするつもりは無かったのだが、つい言ってしまっていたのだ。その気まずさから、リナは目を逸らした。
だがフィルは、すぐに理解をする。そして、決して悪い気持ちは抱かなかった。フィルにとって三人は騎士であり、今から騎士になったとしても、対応が変わることはない。大した問題ではなかった。
その様なやり取りには気付かず、王は少し思案した後、頷いた。
「人狼が集まっている場所の近くに、未だ王都へ移動していない人々の住む村がある。このままにしておくことはできないだろう。ハロルドよ、軍を編成して打って出よ。……そして出来ることならば、人々を避難させろ」
「……王よ、しかし彼らは自ら望んで残った者たち。私たちが何を言っても、移動するとは……」
移動を拒む人々は数えきれない程にいる。自分たちの生まれ育った場所から離れる恐怖。死ぬのならばここで死にたい。そう考える人々を移動させることは、困難を極めていた。
しかし王は、悲し気な表情で首を横へ振った。
「命があれば村は立て直せる。今の状況を招いてしまったことは私の責任だ。批難は甘んじて受けよう」
「それは、強制的にでも移動させろと?」
「その通りだ。責任は私が取る。……改めて命じよう、人々を王都へと避難させろ」
「仰せのままに」
ハロルドも王の考えを理解し、反論無く首肯した。少しでも多くの民を助ける。それは王が常々言っていることであり、否定することはない。ただ民からの反感は多く、それだけがハロルドの胸を痛めた。
振り返ったハロルドは、四人を引き連れ王の間を後にする。いつ人狼が動き出すか分からない以上、即時行動が求められていた。
城の廊下を歩きながら、老騎士は四人を見た。
少し浮かれた様子で、自分たちが騎士へ昇格したことで顔を綻ばせている。それがどういうことなのか、彼らも重々理解していることは分かっていた。
なので浮かれるななどと、短慮な言葉を投げかけるつもりはなく、今後のことを話始めることとした。
「なぜ騎士へ昇格したか、分かっているな?」
「私たちの功績が認められて……」
「まぁ、それはそうだろう。だが、それだけではない。民を守るために血を流せ。そう言われたのだ」
それを三人も理解していたので、力強く頷いた。
しかし、ハロルドが気にしていたのは三人のことではない。これより戦いが始まると理解し、腕をぎゅっと握る少年のことだった。
フィルは今後の展開を考えていた。人狼に打って出る。そして騎士へと三人が昇格した。つまりそれは……自分たちも戦場へ赴くと言うことだ。
「四人には先行部隊を任せる。村を守る人間が必要だ。……少人数とはいえ、部下を連れての行動だと忘れないように」
「部下、か。へへっ、俺たちも出世したもんだ」
ベイの言葉にハロルドは厳しい目を向けた。緊張から来る強がりだとは分かっていたが、見逃すことはできない。
「命を預かるということだ。分かっているな?」
「……気を引き締めます」
口調までも改め、ベイは申し訳なさそうに頭を下げた。
ハロルドはその姿を見て、自分こそが一番緊張していたのではないかと、反省をする。素直に喜ばせてやれない現状が、歯がゆかった。
民を守るために死ねという意味を持った昇格。そして危険な任務。
王都の守りも残さねばならないので、最小限での行動となることは分かり切っている。しかしそれでも、有望な若者を国のためにも生きて帰らせたい。
老いた騎士は、自分の命を投げうってでも四人を無事帰らせようと、心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます