第24話
町の見回りを済ませた四人は、馬に乗り南門を出た。
これから、斥候任務へと赴く。もちろん四人でどれほどの数がいるか分からない人狼を倒しきることはできないので、あくまで斥候だ。
授業で乗馬の訓練をしていて良かった。フィルはそう思っていたのだが、それはあくまで僅かな時間の授業でしかなかったことを痛感していた。
決して早いわけではない。しかし、追いつけない。三人は巧みに馬を走らせており、フィルだけが少し遅れていた。
「二人とも、少し速度を緩めて」
「ん? おぉ、悪い」
リナは遅れているフィルに気付き、すかさず速度を緩めるよう指示をした。見た目は一般人。なのに、馬に乗れる。リナの中でも、フィルへの疑問は尽きなかった。
しかし、リナはフィルを信じている。あの時、震える体で自分を守ってくれた。言うのは簡単だが、やるとなれば簡単なことではない。
今だって危険な斥候に、思惑はあるだろうが、率先して付いてきてくれている。誰をも疑わないといけない時代で、リナはせめて人間だけは信じたいと思っていた。
そして、これまでの行動だけでもフィルは信じるに値している。彼を必要とし、気を遣い速度を緩めた。
「自分のペースでいいからね。後は、馬の呼吸を意識して?」
「う、馬の呼吸……」
「リナ、それでは難しいです。全身で馬の動きを感じてください。段々と慣れてくるはずです」
「やってみます」
「ルアくんのときは素直じゃない!?」
言っていることはそう変わらないはずなのに、フィルはルアダの言葉に従った。それは元の時代でのルアの功績なのだが、リナは当然そのことは知らない。不満に思うのは当然のことだった。
だが、フィルは少しだけ顔に笑みが浮かんでいた。今のやり取りが三人とのやり取りのようで、懐かしくなる。
……懐かしい? まだ短い付き合いなのに? 徐々にだが現状を受け入れ始めている自分に気付き、フィルはまた顔を暗くした。
自分はこの時代の人間じゃない。そういった気持ちが、どうしても捨てきれなかった。
四人は馬を走らせ目的地を目指す。王都から南東の森へ。そこでは人狼の目撃例が多くあがっていた。
王都近辺の森は戦闘のせいか、枯れ果てている。しかし数時間も馬を進めれば、木々は美しい緑色に生い茂っていた。
南東の森まで後少しというところで、四人は休息をとることにする。森に入ってしまえば、休むこともままならないので、これが最初で最後の休憩だった。
「ふぅ、もう少しだな」
「障害物の少ない荒野ですから、見晴らしもよく敵の接近も見つけやすい。今、休むしかありません」
「問題はこのまま行くか、だね」
リナの言葉に二人は頷く。フィルは理由が分からず、差し出された白湯を飲みながら体を温めていた。
三人はフィルにも分かるよう、今後の予定を話し始める。それでようやく、フィルも理由を理解した。
「このまま行けば、森の中で夜になる。鼻が利く人狼を相手にするのは、分が悪いな」
「でも視界を妨げられるのは大きいよ?」
「ハイリスクハイリターン。どちらかというと、リスクのほうが大きいですね」
三人は決して功を焦っているわけではない。しかし、現状を打破したいという焦りはあった。リスクを冒してでも、踏み込む必要があるかもしれない。少しでも早く、町の人を安心させたい。
例えそれが小さな事だとしても、吉報には違いない。だからこそ、悩んだ。
「あの……」
悩んでいる三人に、おずおずとフィルが手を上げた。予想もしていなかった出来事に、三人はきょとんとする。まさかお付きが意見を言うとは思ってもいなかった。
しかし、今は少しでも意見がほしいときである。それが分かっていたので、三人はフィルを注視した。
「道を見失わない方法があれば、いざというときに人狼から逃げる方法はあります」
「……どうやってだ? 前提条件も気になるが、まずはその方法から話せ」
フィルは思い出す。学校で習った人狼の情報について。彼らは鼻が利くので、目に頼らない。森は深く、薄暗い。つまり昼でも夜でも人狼が頼るのは鼻。その鼻を潰せれば、逃げおおせることは難しくなかった……はずだ。
ならば、どうにかできる。フィルはぎこちなくだが頷いた。
「彼らが敵対生物と認識するのは、森に無い匂い。つまり人間の匂いです。草を磨り潰し、体に纏わりつかせれば発見されにくいはずです。後は強い匂いを発するものを用意できれば、それを投げつけて逃げられます」
「……風が無ければ匂いは広がりません。基礎的な風魔法なら使えますが、それでは時間がかかりすぎる」
ルアダに言われた後、フィルはそっと手を翳した。
手は淡く光、優しい風が流れ出し四人を包んだ。それは弱い竜巻のように、四人の周囲を回っていた。
その魔法を見て、ルアダは驚く。魔法が使えたことにでも、魔法の規模にでもない。その制御力の高さにだ。
自分たちに害のない弱さの魔法。ある程度強く放つことは誰にだって出来る。だが弱く放ち保つことは、遥かに難しかった。
ルアダはフィルの案を頭の中で検討する。……そして、いけると判断した。
「匂いが強い実を集めてきます。実は炙って乾燥させた後に磨り潰し、粉にしましょう。草はリナとベイ、フィルに任せます。野営の準備もお願いします」
「ってことは、決行は……」
「深夜。視界が少ないときに行いましょう。道を失わない方法については、考えがあります」
フィルはまさか自分の案が採用されるとは思わず、戸惑う。しかし足りない部分もルアダが補足してくれ、成功率は悪くなさそうだと思った。
ならば、できることをやろう。他の人もそうしているのだから、自分だってそうしなければならない。
決意をフィルが胸に秘めていると、ルアダはフィルへ声をかけてきた。
「先ほどの風魔法、どれくらいの時間保持できますか? できれば絶え間なく僕たちを包んでいてもらいたい」
「えっと、弱い魔法で消費も少ないので……。うまく使えば、数時間は」
「なるほど。少し厳しいですね。ならば、休憩を挟みつつ進みましょう」
作戦は相変わらず綱渡りだったが、成功率は上がっていた。それにリナも気づいていたので、つい笑いが出てしまう。不謹慎かもしれないが、四人で協力すればどうにかできそうなことが、嬉しかった。
ベイは黙っていたが、鋭い目つきでフィルを見ていた。そこそこ戦え、魔法が使え、馬に乗れる。こいつは一体何者だ? 普通に考えればとっくに兵士になっているはずではないだろうか? ベイの疑念は尽きない。
しかし困った顔をしているフィルを見て、その考えを捨てた。そう悪いやつじゃないだろう。今は信じるしかない。ベイは自分の疑問を押さえつけ、立ち上がった。
「よし、準備をするか」
「早急に済ませましょう。早ければ早いほど休む時間が増える」
「よし、行くよフィルくん!」
「おい、俺を置いて行くな!」
四人はリナが走り出したのを合図にし、準備へと取り掛かった。
夜も深まりつつあり、空が闇に閉ざされる。そんな中、四人は焚火を囲いながら準備を進めていた。
集めた草木に土を混ぜてを磨り潰し、水を入れる。自分たちへ塗る準備を整えていた。ルアダは集めた匂いの強い実を炒って、乾燥させて磨り潰し粉へする。とてつもなく嫌な匂いがし、四人は顔を顰めていた。
「……もうちょっと離れてやれよ」
「一蓮托生、死なば諸共です」
「匂いで死にたくはねぇな……」
フィルは焚火の番をしていた。周囲の警戒は、リナが草木を磨り潰しながら行っている。いや、全員が警戒をしているのだろうが、フィルだけが少しだけ気を抜いていた。
四人で作業をする。その状態が、記憶を思い出させていた。四人で猪を焼いて食べた。一緒に、王都を目指して歩いた。雨に濡れ、笑いあった。遠い過去のように感じる思い出に、フィルの頬に一筋の滴が流れる。
「フィルくん?」
「あの、すみません。急に……」
「王都に来るまでも色々あったんだよね。泣いてもいいんだよ?」
「大丈夫、です」
言葉とは裏腹に、フィルの目からは止めどなく涙が溢れた。辛い、苦しい、帰りたい。そういった気持ちが爆発しそうになるも、胸を押さえて耐える。
そんなフィルにかけられる言葉はなく、三人は口を噤んだ。
一頻り泣き、フィルが落ち着きを取り戻したとき。ベイは重い口を開いた。
「なぁ、フィル」
「はい、すみません急に……」
「いや、それはいいんだ。……さっきのルアダの言葉じゃないが、俺たちは一蓮托生。つまり、死ぬも生きるも同じ立場。まぁ、もちろんなるべくお前を最初に逃がすつもりだ」
「はい」
「だから、教えてくれ。お前はどっから来た?」
ベイの言葉に責める気持ちはない。純粋に、命を託せる相手かが知りたかった。それが分かっていたからこそ、リナとルアダも口を出さない。聞く必要があることだと、理解していた。
フィルは黙って俯いていたが、顔を上げた。真実は話せない。だが、嘘は付けない。せめてベイが納得してくれる答えを、告げたかった。
だから、たどたどしくも正直に話し始めた。
「僕は、気づいたらここにいました」
「いや、気付いたらって……」
「嘘じゃありません。本当です」
フィルの言葉は嘘じゃない。それは三人にもなんとなくだが分かっていた。だからこそ、理解ができない。気づいたらいた。そんなおかしな話があるわけがなかった。
ベイは頭を掻きながら、ため息をつく。信用できるかできないかと言われれば、信用はできない。このまま連れて行くことへの不安が隠せなかった。
せめて何か一つでいい、信用できる情報がほしい。ベイはそう思い、もう一つ質問を投げかけた。
「分かった。ならもう一つ聞く。お前は俺たちの敵か?」
「敵じゃありません。味方……と言っていいかは分かりませんが、味方になりたいと思っています」
敵だと言われれば、三人はフィルを取り押さえただろう。味方だと言われれば、疑いは晴れなかっただろう。しかし、味方になりたい。フィルはそう言った。
今は味方だと思われるほどの信用もないが、敵にはなりたくない。しっかりと現状を理解して出た思いは、三人に十分伝わっていた。
「まぁ……俺はいいと思うぞ?」
「同じくです」
「私は最初から信じていたからね」
疑念は完全に晴れたわけではない。だがそれでも、多少の信用を得るのには十分だった。
ぴりぴりとした視線を感じていたフィルは、それが解かれたことに気付く。そして僅かばかりではあったが、この世界に来て初めて三人へ笑みを向けた。
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