第18話

 封印の山、そこは一見するとただの山だった。取り立てて特徴があるわけでもなく、普通に木が生い茂っている山。しかし、ここに手がかりがある。そう言われている以上、一同は山を登るしかなかった。


「フィルさん、疲れていませんか?」

「うん、大丈夫だよ。これでも少しは鍛えているからね」

「頼もしいですね」


 頼もしいと言われ、フィルは三人のことを思い出した。どう考えても、あの三人のほうが相応しい。自分に頼もしさがあるかを考えたが、フィルには一つも思いつかなかった。三騎士の末裔の金魚の糞。そう言われてしまうのも仕方のないことだろう。

 考えてしまうと、心が暗くなる。あの三人に比類できるようになるとは思えないが、少しでも近づく努力は怠れない。フィルは足に力を入れなおし、山を登り始めた。


 女性は、フィルを見て思う。フィルは、危うい。それは自信の無さに起因していることも気づいていたが、それ以上の危うさを感じた。端的に言ってしまえば、頑張りすぎているのだ。自分の努力を認められず、今まで以上に頑張ろうとする。

 それは悪いことではないが、とても危険なことに感じた。しかし、それが彼の在り方なのだろう。否定することはできず、女性は黙認した。


 ―― 一同は山を登り続けた。

 普通に考えれば、脱落するものが出る。子供から年寄りまで集まっているのだ、それが当然だろう。だが、脱落者はいない。誰もが自分のこれまでの人生を塗り替えるべく、登り続けた。

 その足取りは軽く、笑みまで浮かんでいる。そんな周囲の様子が、フィルにはぞっとするものだった。誰一人文句を言うこともなく、誘導されるかのように登り続ける。明らかに常軌を逸していた。

 だが、誰もそれに気づいてはいない。気づいているのはフィルと、もう一人だけだった。


「……やっぱり、そういうことですか」

「そういうこと? 何がだい?」

「わたし、口にしていましたか?」

「うん、どうかしたの?」


 女性はやらかしたと思いつつ、自分の口を押えた。この異常な状況については、察しがついている。鍵は一番前を進む黒衣の者だ。彼からは魔力を感じる。つまり洗脳とまではいかなくても、無意識に訴えかけるような魔法で歩かせているのだ。

 ほとんどの人は一般人だろう。ならば、抵抗することもできずに魔法にかかっているはずだ。自分は高い対魔力があるので無効化しており、フィルへの魔法も彼女がレジストしたので防げていた。

 目的を知っているとはいえ、性質の悪いことをする。女性は憤ったが、一瞬でその感情を抑えた。この程度の魔法を無力化することは容易いが、暴挙に出られた場合全員を助けることはできない。

 ならば、優先すべきことをしよう。犠牲を覚悟し、唇を強く噛みしめながらもそう決めた。


「どうもしませんよ。足場も悪く大変だなって」

「そうだね、頂上に手がかりがあるのかな? てっきり山を散策するのかと思っていたよ」

「散策する気がありませんからね」


 ぼそりと彼女が言ったことを、フィルは聞き逃してはいなかった。散策する気がないとは、どういうことだろうか? まだ誰も分かっていない手がかりを彼女は知っている? 頭の中で、疑惑が渦巻き出す。

 そう、そもそもがおかしい。なぜフィルという名前の者に予言が残されたのだろうか。最初から一人だけを示せばいいはずだろう。しかしそうはなっておらず、全員が山を登っているのが現状だ。

 そしてなぜこの山なのだろうか? 封印の山という名前も、よく考えればおかしい。名前を考えれば、山自体が封印されていて入れないはずだ。だが、なんの抵抗もなく山へ入り登り始めている。

 なにかおかしいことが起きている。そう思ったフィルの手を、温かい手が包み込んだ。


「大丈夫です、わたしがいます」

「……君は」


 疑惑を一つ一つ整理している中、心を落ち着かせるように手を握られる。しかしフィルは、彼女を見ながら新たな疑問に辿り着いていた。

 そう、その疑問は……。


「君は、何者なんだい?」


 彼女は、一体何者なのか。それは当然の疑問だった。自分の横になぜかいて、自分になぜか話しかけてきて、なぜか自分へ親切にしてくれる。そんな偶然があるものだろうか? ……いや、ありえない。

 フィルが警戒の眼差しで見ると、女性は悲しそうな顔を見せた。しかし手を放すことはなく、しっかりとフィルの目を見ている。振り払うこともできず、じっとしていると女性は言った。


「わたしはフィルさんの味方です。……信じてください」


 真っ直ぐに、彼女はフィルを見る。そんなことを言われても、信じられるわけがない。そう思いつつも、彼女から目を逸らせなかった。女性の目には信じてほしいという感情が込められており、その奥には僅かばかりの悲しみを感じる。

 フィルは……彼女を、信じることにした。


「分かった。信じるよ」

「ありがとうございます」


 ほっとしている彼女を後目に、フィルは考え続ける。とりえあず彼女が味方だということはいい。人を信じられなくなるよりは、信じたほうがいい。だが、味方ということは、敵がいるということだろうか?

 この場にいるのは、同じ名前の人と僅かな兵士と黒衣の者、そして彼女。敵がいるのだとしたら、集められた人間ではなく、城から来た者の可能性のほうが高い。

 ……だが、圧倒的に人数が違う。彼らがなにを考えているのかは分からないが、逃げきれないとは思えない。フィルはいざとなれば、すぐに逃げることを考慮し、山を登り続けるしかなかった。



 もうすぐ山の頂上へ辿り着くというとき、開けた場所へ出る。その場所はまるで休憩しろとばかりに、木もなく落ち着いた雰囲気となっていた。しいていうならば、すぐ近くに切り立った崖があるが、山を登っている以上仕方のないことだろう。


「ここで小休止をとる!」


 兵士の一人がそう告げ、各々に腰を下ろし始めた。フィルもそれに倣って座り休もうとしたのだが、全身を覆っているローブがくいっと引っ張られる。

 なにかと思い引っ張った方向を見ると、女性が笑顔でフィルを見ていた。


「休まないの?」

「休みます。でも、どうせならそちらの崖の方へ行きませんか? 綺麗な景色が見えますよ。他の人も、景色を見ていますし」


 言われてみれば、確かにほとんどの人は崖から景色を眺めていた。危険ではないかとも思ったが、ここまで登っただけあって素晴らしい風景が広がっている。フィルは、彼女に言われた通り、崖へ近づき風景を眺めることにした。


 見下ろすことができるその崖からは、今日歩いて来た道も見えている。当然その先には、王都も見えていた。こうして見るとかなりの距離を歩いたものだと、自分のことながらフィルは歓心する。

 綺麗な風景、柔らかな風。心が落ち着いていくのを感じた。


 ぼんやりと二人が風景を眺めていると、黒衣の者が全員の前へ現れて合図をした。どうやら、自分を見ろということらしい。言われるがままに一同が見ると、黒衣の者は話を始めた。


「諸君、ここまでの山登りご苦労だった。せっかくなので、私から一つ皆さんに質問をしよう」


 山中で質問とは、なんだろうか。誰もがそう思っていた。わざわざここに来てしなければいけない質問とは? 周囲はざわつき、全員が黒衣の者から目を離せない。なにか、重大なことを言おうとしている。そういった予感があった。

 黒衣の者は全員を見回し、少しためを作った後に話し始めた。


「フィルと名のつく者が、なぜこれしかいないのか?」


 質問の内容に、フィルはきょとんとした。これしか、とはどういうことだろうか。これほどの数がいるのに、これしかいないと言った。普通に考えれば、フィルと名付ける人が減っているからだろう。

 フィルと名付けられれば、同じ名前の人ばかりで苦しい思いをする。そんなことは王都の人間の誰もが知っていた。だから、減っている。そう考えるのは自然なことだった。

 しかし、黒衣の者はさらに続ける。


「300年以上の時が経ち、フィルという名前は増え続けていなければならない。なのに、国中から集まっているのはこれだけだ。なぜだと思う?」


 分からない。まるで伝えたいことが、分からない。フィルからすれば大人数が集まっている。これだけなわけがない。十二分な人数だ。

 しかしそれとは別に、頭の中で警報が鳴り続ける。なにかまずい。危険だ。やばいことになっている。長いこと培ってきた危険警戒のセンサーが、最大限に知らせていた。ここにいたら、やばいと。

 だが、隣の女性は優しくフィルの手を握っていた。女性はフィルを優しい目で見る。大丈夫、心配しないで。目がそう言っていた。

 フィルが握られた手から温かさと優しさを感じていると、黒衣の者は楽しそうに言った。


「定期的に始末しているのだ。フィルと名付けられた者を。理由は言わないでも分かるだろう? 危険だからだ。英雄などというものが、復活しては困るからな……殺れ」


 全員がきょとんと、黒衣の者を見る。話した内容も、言葉の意味も分からなかった。

 だが黒衣の者は、話はそれで終わりだと言わんばかりに合図をする。

 そして合図と同時に、兵士がフィルたちへ向かい飛び掛かって来た。前のほうからは、悲鳴が聞こえる。血飛沫があがっているのも見えた。崖に追い込まれたフィルたちが、前から順に殺されている。


 始末、殺れ。言葉通りの虐殺が……始まった。

 一同はパニックに陥った。前からは目を真っ赤に光らせて、明らかに常軌を逸した兵士たちが迫って来ている。殺されたくない前にいる人たちは、当然のように後ろへ下がった。

 しかし、後ろにも人がいる。そしてその先にあるのは崖だけだ。


「退け! もっと下がれ!」

「馬鹿野郎! 崖があるんだ! もう下がれない!」


 なにが起きているかも理解できず、押されるがままにフィルは崖際まで追い込まれた。これ以上下がることはできないのに、前からは人が押しかけて来る。逃げ場もないまま、下がって落ちないようにと必死に耐えるフィルへ、女性がそっと言った。


「一つ、言うことを聞いてもらう約束でしたね?」

「こんな時になにを……」

「決して諦めないでください」


 トンッと、本当に軽くフィルは女性に胸を押される。しかし、それだけで十分だった。

 誰もが崖から落ちないよう耐えている。だがそんな中、最初に崖へ押し込まれたのはフィルだった。他の人が逃げようとして押されるのではなく、明らかに意図的に突き落とされたのだ。

 足場は無く、背筋には吐き気を催す浮遊感が走る。そして急激に下へ向かう体。


「あ……うわああああああああああああああああああ!!」


 叫び声を残しながら、逆らうこともできずにフィルは落ちて行くだけだった。

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