第16話
手紙の内容は、単純なものだった。フィルに、王城へ来るよう書かれているだけだ。その内容に違和感を覚え、フィルは父親に相談をした。
「父さん、王城へ来るよう書かれているんだけど……」
「……王城に? もしかして、あれか? フィルと名のつくやつを集めるという話があったが、本当だったのか」
「お祭りでもするんですか?」
母の言葉に、父は両手を上げて首を横へ振るだけだった。分かったことは、間違いなく王国からの要請であること。そして、王の印が入っている以上、拒否することもできないということだけだ。
それでなくても同じ名前の人間が多いことに不満があるフィルは、同じ名前の人間が一ヶ所に集まるという話を聞き、ただ溜息をつくことしかできなかった。
当日、王城へ向かおうと一人町を歩いていたフィルは、幼馴染三人と偶然出会った。
「あれ? 今からフィルの家に行こうと思っていたんですよ」
「手間が省けたな。どうだ、昨日話していた通り打ち上げに行かないか?」
「ごめん、王城に行かないといけないんだ」
本当は行きたい。しかしそんな気持ちを押さえて、フィルはその提案を断った。友達と遊ぶので、王城に行けません。そんな馬鹿なことを言って、処分されるのもごめんだからだ。
断る以上、フィルが一応事情を三人へ話しておくと、ルアは驚いた顔を見せた。それもそのはずだろう。三騎士の末裔である彼らならばともかく、父親が門番とはいえ、一般家庭の子供であるフィルが王城に招かれたというのだから。
「王城に、ですか? 珍しいですね。なにかあったのですか?」
「うーん……フィルと名前のつくやつを集めているみたい。本当は行きたくないんだけどね」
少しだけ沈んでいるフィルを見て、三人もその心情を察したようだった。幼馴染だということもあり、彼が自分の名前を好きではないことは、当然のように知っている。
そんなフィルが、名前のことで王城に呼ばれたとあれば、その心中は察するに余るだろう。なので、三人は代わる代わるにフィルを元気づけようとした。
「いいお知らせかもよ? なにかもらえちゃったりとか!」
「ですね。あまり気を落とさないでください」
「竜騎士フィルを称える意味合いで、同じ名前のやつに剣か槍でもくれるのかもしれないな!」
「ベイラス!」
「ん? ……あ、悪ぃ」
ベイラスは何気なく竜騎士フィルの名前を出したが、それは禁句だった。フィルの心は、より深く沈んでしまう。
それに気付いたリナとルアは、なんとかフィルを元気づけようとした。ベイラスはベイラスで、謝りっぱなしだ。
「大丈夫大丈夫! きっと関係ない、いいお知らせだよ!」
「関係ない知らせって……?」
「えーっと……えっと……」
いい答えが浮かばなかったのだろう。リナも暗い顔になってしまう。ルアとベイラスも、なんと声を掛けたらいいか分からず、困っていた。
フィルは三人を見て、少しだけ自己嫌悪に陥いる。せっかく元気づけようとしてくれている幼馴染たちに、暗い顔をさせてしまっていることにだ。
いつまでも、引きずっていてはいけない。自分でも分かっていることだった。だから、フィルは精一杯の笑顔を三人に向ける。
「ごめん、気を遣わせちゃって。でも、もう大丈夫だよ! 早く済ませて帰ってくるよ。そうしたら遊びに行こう」
強がっているのは三人も分かっていたが、フィルの優しさに甘えさせてもらうことにした。彼が無理をしているのだとしても、王城に行かなければいけないことに代わりはないからだ。
「うん、そうですね。早く終わらせて遊びに行きましょう。チキンのおいしい店を見つけたんです」
「チキン! もしかして、ルアくんの奢りかな?」
「ばーっか、フィルは王城でもっといい物食って帰ってくるかもしれないだろ? チキンは、今度しっかり全員揃っているときにしようぜ!」
「……もちろん、ベイラスが奢ってくれるんだよね?」
「なに!?」
三人が無言でベイラスを見つめると「うっ」と小さく呻き声を上げた。
先ほどの失言が響いているのか、ベイラスは財布の中身を確認し出す。……そして半泣きで、自分の胸を叩いた。
「よし、任せておけ! 大丈夫だ!」
「ははっ、冗談だよ。でもチキンは楽しみだから、早く帰れたら行こうね」
「楽しみにしています。いってらっしゃいフィル」
「フィルくん、気を付けてね!」
「またな!」
王城までの道でなにを気を付けるのだろうとは思ったが、三人の温かい言葉がフィルは嬉しかった。三人と別れたフィルは、少しだけ気持ちが軽くなる。その気持ちのまま軽い足取りで、王城へ足早に向かった。
王城へ辿り着き、招待状を出す。すると、王の間へとフィルは通された。てっきりどこか別室か広間に通されると思っていたフィルは、中へ入り畏まってしまう。
それも仕方のないことだろう。王の間には、たくさんの兵士が身構えていたからだ。数えきれないほどのフィルと名付けられた人間が集められている。警戒の意味を考えても仕方のないことではある。
しかし15歳の少年にとって、それは威圧感以外のなんでもない。どこに居ればいいかも分からず、ただ立ちすくんで待つことしかできなかった。
フィルが到着した後も、何人ものフィルと思しき人間が中へ入って来る。そして少し時間が経った後、王の間の重苦しい扉が閉じられた。
ゴゥンという鈍い音に妙な感覚を覚えて、フィルは自分の胸を押さえる。別になにかをしでかしたわけでもないのに、気持ちは処刑台に向かう死刑囚のようだった。
「おぉ……」
抗うように必死に耐えていたフィルは、前の方から聞こえる妙な歓声に気付く。人が多すぎて良く見えないが、口々に話している声で理由は分かった。王が現れたのだと。
まだ頭がついていっていないフィルは、ぼんやりと見えていない王の方を見ていた。だが、前の方で動きがあることに気付く。順々に跪いていっているのだ。フィルもそれに従い、同じように跪いた。
ちらりと少しだけ顔を上げると、金の王冠に金があしらわれた赤いマント、立派な白い髭。明らかに王であるという佇まいの人物が見える。
式典のときなどに、たまに町へ顔を出すので遠巻きには見たことがある国王が、しっかりと見える場所にいることが、フィルには衝撃的だった。
「これより、国王陛下からそなたたちに伝えるべきことがある。二度は言わぬため、聞き逃さぬように」
王の隣に立つ派手な緑色の服を着た人物が告げる。彼も遠巻きにだがフィルは見たことがあった。その人は、この国の大臣だ。
国王と大臣、多くの兵士。さらに黒衣のフード付きのローブを着こんでいる、顔も分からない人物が目に入る。誰かは分からないが、きっとお偉いさんなのだろう。より自分が場違いだと感じ、フィルは小さくなった。
王は全員を見回した後、一つ咳ばらいをして一同に集められたフィルたちに向けて、話し始めた。
「この王国に危機が訪れようとしている。その危機から国を救うため、そなたたちが集められた」
危機? 産まれたときから平和な生活しか知らないフィルには、まるでピンと来ない話だった。国王がなにを言っているかは分かるのだが、理解できていない。そんな状態だ。
しかし、それは周囲の人間も同じだった。少しだけざわつきながら、意味が分からずに
騒然としている。
「静粛に!」
大臣の言葉で、一同は静かになった。王はそれを確認した後、黒衣の者へ目配せをする。目配せされた黒衣の者は、王に一礼した後、全員の前へ進み出た。
「ここからは、私が説明をさせて頂きます」
顔も見えないため、男か女かも分からない人物に、全員は注視する、そして続く言葉を待つ。声から男だろうということは想像できたが、どちらとも取れる不思議な声だった。
黒衣の者は大げさにも見える仕草で、バサリと両手を開き掲げた。
「魔族が邪神を甦らせようとしている! 英雄も竜もいないこの時代では、それに対抗する術はない! このままでは、滅びの時代が再来するであろう!」
今度こそ、王の間の中には止められない喧騒が鳴り響いた。大臣が「静粛に! 静粛に!」と伝えているが、無駄だ。急にそんなことを伝えられた人々は、慌てることしかできなかった。
しかしその喧騒を止めたのも、起こしたのと同じ人物。黒衣の者だった。
「慌てることはない! このときのために、英雄が予言を残している! 世界が混沌に陥ったとき、英雄は甦る! 諸君たちには、そのために動いてもらわなければならない! 第二の竜騎士として!」
第二の竜騎士。その言葉に、騒がしかった王の間は静まり返る。
フィルも驚きを隠せず、黒衣の者の言葉を聞き逃さないようにした。そして、落ち着いて先ほどの言葉を反芻する。
(この中に、第二の竜騎士となるものがいる?)
つまりそれは、英雄の復活だ。しかし、そんなに単純なものだろうか? フィルと名付けられた者の中から、第二の竜騎士が現れる。……ありえない、都合が良すぎる。
それならば、もっとも優れた騎士が英雄として竜騎士になるほうがありえるだろう。そう思ったのだが、そう考ええているのはフィルだけだった。周囲は自分が英雄かもしれないと色めきだっているのだ。
恐らくはフィルと違い、己の名前に誇りを持っているのだろう。そんな周囲の人間を、少しだけ羨ましくなりながらフィルは見る。
……だが、そうではなかった。
「俺が英雄に!」
「フィルと名付けられたことは、悪いことではなかった!」
誰もが、フィルと同じように辛い思いをしていた。だからこそ、選ばれたことが誇らしかったのだ。王の間は、歓喜の熱気に包まれていた。
王はそれを見て、喜ばしそうに笑った後、黒衣の者を下がらせて前へ出る。そして、声高々に告げた。
「この中に英雄がいる! 予言によれば、封印の山に向かうことでそれは明確になる! 皆の者よ。明朝、町の東門の前へ集え! 封印の山へ向かう! そこに手がかりがある!」
「おおおおおおおおおおおお!」
フィルは王の言葉と歓声を聞きながら、なんとも言えない感情を抱えていた。
周囲と同じで嬉しい気持ち。そんなことがありえるのかという気持ち。そして、どちらの感情も混じり合った、白と黒が混ざっているような不思議な感情だ。
しかし王の命である以上、なにも言うことはできない。ただ流されるように、明朝封印の山へ向かうしかなかった。
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