第15話

 第三地点も通過し、後は王都に戻るだけ。四人は少しだけ気を抜きつつも、確実に徒歩を進めていた。


「やっぱり、肉だけってのもあれだな」

「山草とか茸も勉強しないといけないね」

「いや、草じゃなくてパンをだな……」

「食料の持ち込みは禁止されていますよ?」


 たった二日とはいえ、肉しか食べていないことがベイラスは不満だった。それは、食料の大切さを学んだとも言える。肉だけ食べて入れば大丈夫だと思っていたが、それは間違いだった知る。ベイラスは食糧について、四人の中で一番反省していた。

 ベイラスの考えに予測がついている三人は、やれやれとベイラスを見ている。しかし、そんな視線にも気づかず、ベイラスは頭の中で食べたい物を考え、口でぶつぶつと言い続けるのだった。



 王都までもう少しというところで、四人は休憩を余儀なくされていた。突然の大雨で、木の影に隠れるしかなかったのだ。先ほどまでは天気も良く、王都も視界に入っていたのだが、今ではスコールのような大雨に視界は塞がれていた。


「もう少しなのですが……」

「無理して走っちまうか?」

「あ、それいいかも! 大雨のときって、楽しいよね」


 しかし、そういうわけにはいかない。隊長であるフィルは許可しないし、ルアも反対する。となると、二人だけが決行するわけにはいかない。よって、四人は雨が収まるまでぼんやりと空を眺めていることしかできなかった。

 四人がなにもできず休んでいると、先ほどのカテリナの言葉を思い出したルアが笑い出す。三人は突然ルアが笑い出したので、訳も分からず見ていた。

 ルアは三人を見回した後、昔のことを思い出しつつゆっくりと話し出した。


「昔、大雨が降ってカテリナの家に慌てて入ったときのことを覚えていますか?」

「あったね。あのときは大変だったよ」

「あ? あー……あったか?」

「も、もしかしてそれって……」


 フィルは覚えており、ベイラスは覚えていない。そして、カテリナは嫌なことを思い出したような顔をしていた。ルアは三者三様の反応を楽しみつつ、話を続ける。四人共有の思い出というのは、こういうときに話すためにあるかもしれない。そんなことを思っていた。


「僕たちが屋敷に入り、家の中で本でも読もうと言っていたときですよ」

「そうそう、カテリナがね」

「待って? その話、この辺で終わりにしようよ!」


 ルアだけでなく、フィルもにやにやと笑いだす。カテリナは、うぅっと蠢いた声をあげたが、二人は笑うだけだ。ベイラスはというと、頭を抱えて話についていこうと、必死に思い出そうとしていた。


「カテリナが、雨になんて負けられないよ! そう、雨の日だって戦うことはある! こういうときこそ、それを実践しよう! ってね」

「あー! 思い出した! あのときか! 無理矢理俺たちを引きずり出してな……」

「やめて! 本当に反省してるから!」


 だが、雨がやまない以上この話も終わらない。他にやることもないので、ルアの口は止まらなかった。カテリナはそれに気付きつつも、やめてー! やめてー! と言い続けることしかできない。

 フィルとベイラスも、ルアに乗っかるように話を続けた。


「なにも見えないほどの雨の中に四人で出て、なぜかいつも通りに訓練をさせられて……」

「気付いたリスター様が、驚いて屋敷から飛び出してきたんだよな」

「この馬鹿者たち! こんな天気のときに、なにをやっているのだ! ってね」

「うぅ……やめてよぉ……」


 カテリナの声は消え入りそうになるが、三人はどんどんと調子があがっていく。多少カテリナに文句を言われても、この話のオチに辿り着くために、終わらせるわけにはいかなかい。

 どんどんと小さくなっていくカテリナを尻目に、三人は笑いながら話を続ける。カテリナは、恨めしそうに三人を見るしかなかった。


「次の日、僕たち四人が高熱を出したんです。いやぁ、あれは辛かったですね」

「二、三日俺が動けないほどの高熱だぞ? 本当に死ぬかと思った」

「僕なんて、苦しくて苦しくて、助けて……助けて……って言ったよ」

「うううううううううう! もう! やめてって言ったじゃない!」


 最後まで話せて三人が満足気に笑っていると、カテリナが三人を一人ずつ突き飛ばして雨の中へ投げ出した。当然、突き飛ばされたほうは大慌てだ。別に雨に当たったら死ぬわけではないが、濡れないように必死に木陰に戻ろうとした。

 しかし、入ろうとするたびにカテリナに突き飛ばされる。気付けば……四人とも、びしょ濡れになっていた。雨を避けるために雨宿りをしていたのに、なんの意味もなくなっている。

 そんなずぶ濡れとなっているお互いの姿を確認し、四人は大声で笑った。



 雨の影響もあり、予定の時間になっても戻って来るものが少ない。ゲイルは、生徒全員が無事に帰ってくることを信じつつも、心配する気持ちは隠せずに校庭で待ち続けていた。

 天気も回復しているので、そろそろ帰ってくるはずなのだが……。そう思っていた彼の視界に四人の人影が入る。その姿を見てゲイルは、胸に手を当て笑みを浮かべた。

 しかし、ほっとしたのも束の間だった。なぜかその四人は、全身からぽたぽたと水を滴らせていたからだ。


「お前たち……まさか、雨の中を進んだのか?」

「いえ、雨宿りしました。間違いありません」


 ルアがそう答えるので、ゲイルは渋い顔をしながら顎に手を当てる。正直なところ、老教師には状況がさっぱり理解できずにいた。雨宿りをしたのに、ずぶ濡れになっている。どういった状況だろうか、と。

 悩んだ末、ゲイルは質問を変えることにした。恐らく誰かがなにかをしでかしたのだろうと、判断したのだ。


「では、誰が悪いのだ」

「チビスケだ」

「リナちゃんです」

「この三人です!」


 なんとなく想像はついたが、止めるはずのフィルまで悪ノリしたのかと、ゲイルは溜息をついた。怒るべきかも悩んだのだが、四人は晴れ晴れとした顔をしているので、怒るわけにもいかない。

 そこでゲイルは、フィルだけが答えていなかったことに気付く。隊長であるフィルの意見も聞いておこう。ゲイルはそう思い、フィルへ問いかけた。


「で、隊長としては誰が悪かったと思う?」

「うっ……隊長の僕です」

「ふむ。ならば、フィル個人としてはどうだ?」

「……全員、でしょうか?」

「なるほど」


 ゲイルは一つ頷き、咎めるのをやめる。個人の感情よりも、隊長としての責任が分かっているのであれば、それでいいと思ったためだ。四人へすぐに体を拭き乾かした後、家に帰るよう指示を出した後、ゲイルは思い出したかのようにフィルを止めた。


「フィル」

「はい?」

「……訓練は、どうだった?」


 隊長という責任ある立場はどうだった? ゲイルの言葉には、そういう意味合いがあった。フィルも、当然それには気づいている。なので、どう答えるべきかを少し悩む。

 悩んだのだが……正直に打ち明けることにした。


「隊長としては、全然駄目でした」

「そうか」


 少しでも自信になればと思っていたのだが、どうやら失敗してしまったらしい。ゲイルは少しだけ残念に思いながらも、それ以上聞かずにフィルを行かせようとした。

 しかし、フィルはその後も言葉を続けた。


「でも……」

「ん?」

「三人といれば、頑張れる。そう思えました」


 朗らかな笑みを浮かべるフィルを見て、ゲイルは満足して頷く。

 老教師の満足そうな笑みを見て、フィルは頭を下げた後、待ってくれている三人の元へと走って行った。

 フィルを見送りながら、ゲイルは思う。あの顔を見る限り、悪くない結果だったのだろう。そう思いつつも、一抹の不安が胸をよぎっていた。

 では、三人がいなかったら? という気持ちが消しきれない。……しかし、ゲイルはその気持ちを無視した。フィルはまだ若い、これから成長する。ならば、焦って最上の結果を求める必要はないだろう。今回は、十二分な結果を得られたのだ。

 そう思い少しだけ笑った後、これから戻って来る生徒を待つため、ゲイル気持ちを切り替え、校門へと目を戻した。



「よっし、明日は休みだし訓練の打ち上げしようぜ!」


 四人が家へ帰ろうと歩いていると、ベイラスが突然言い出した。それはいつものことであり、特に反論をする必要もない。なによりも、やり遂げたという気持ちに満ち溢れ、良い気分になっていた四人は、問題ないと頷いた。

 しかしカテリナだけが、あっと小さな声を上げて悩みだす。珍しいことなので、三人はなにか予定でもあったのかと彼女を見る。すると、少しだけ恥ずかしそうにしながらカテリナは言った。


「なにも予定が入らなかったらね。ほら、誰かに誘われちゃうかもしれないし!」

「誘われる? チビスケをか? 彼氏でもできたか? お子ちゃまを誘うたぁ、変わったやつもいたもんだ!」

「ちょっとベイくん! 喧嘩売ってるの!? 私、こう見えてもてるんだよ!? 可愛いって言ってくれる人だって……あ」


 カテリナはそこまで言い、両手を太ももの当たりで握り、もじもじとし出した。

 首を傾げつつ、二人はカテリナを見る。それが幸いし、少し赤くなっているフィルは気付かれずに済んだ。バレなくて良かったと、フィルは素直に思った。


 四人は明日は予定がなければ集まろうと話、その日は解散することとなる。三人は住んでいる場所が近いので同じ方向へ向かい、フィルだけが城から離れた自分の家へと向かうため別れた。



 家へ帰ったフィルは、気分よく扉を開き、自分が帰宅したことを知らせた。


「ただいま」

「……お帰り」

「お帰りなさい」


 母はいつも通りの笑顔でフィルを迎えてくれたが、父は渋い顔をしていた。珍しいこともあるものだと不思議に思いつつも、二階の自分の部屋へと向かおうとする。しかし、フィルは父に止められた。


「フィル、疲れているところ悪いが、ちょっと座ってくれるか?」

「どうかしたの?」


 父の怒っているような渋い顔を見て、フィルは少しだけ緊張しながら椅子へ座った。父は目の前に一通の手紙を置いており、その手紙をじっと見ている。門番である父に、手紙。もしかして、クビになってしまったのだろうか? そう思い至り、フィルに不安な表情が浮かんだ。

 真面目に働いている父がクビになるとは思えないが、真剣な様子が余計フィルの不安を煽る。

 だが、父から告げられた言葉は、フィルをもっと驚かせるものだった。


「……王城から、お前へ直に手紙がきている」

「王城……? 王城!? え、どういうこと?」

「分からない。中身は見ていない、開けてみてくれるか?」


 フィルはごくりと唾を飲み込み、緊張しながら手紙を開く。

 そしてその内容を見て、唖然とした。

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