第14話
二人が周囲を警戒しつつ水源へ戻ると、二人はすでに戻っていた。どうやら兎かなにかを捕まえて来て、焼いているらしいことが分かる。
カテリナがこちらへ気付き手を振りだしたのだが、ぴたりと止まる。そして唖然とした顔をし、ベイラスをまじまじと見た。
「ベイくん、担いでるそれ……」
「猪だ!」
「うん、それは見て分かるけどさ。そういうことじゃなくて」
ちらりとカテリナがフィルを見ると、同意とばかりにが頷いている。どうやら同じ意見らしい。もう一人味方につけようとルアを見るが、全く気にせずに兎の焼き加減をチェックしていた。
カテリナは「そろそろ焼けましたかね?」と言っているルアから肉を取り上げ、齧りつく。焼けっぱちなカテリナに肉を奪われたが、ルアは動じずに次の肉の焼き加減をチェックし出した。
ルアとカテリナがとってきた兎を昼食にし、猪を解体し終わった四人は、次の地点へ向かうべく動き出す。ちなみにバラした猪は、袋に収めた後、ベイラスが平然と背負っていた。
猪の解体に時間がかかり、四人は予定よりも行動が遅れている。もちろん、それは全員が気付いていた。しかし、三人は決してペースを速めようとは言わない。先ほどから地図をじっと見ているフィルに、そこまで無遠慮なことは言えなかった。
フィルは考える。ペースを上げるべきではないか? 猪の重量分を考えると、ベイラスには厳しいのではないか? 今日の夕食、明日の朝食分には十分な食料が確保できたので、その空いた時間で歩けばいいのではないか? 悩むが答えは出ない。
結果、フィルは諦めて三人へ相談することにした。
「食料が確保できたので、今後狩をする必要はない。だから、無理にペースを上げる必要はないと思う。でも、余裕を作っておくことも必要だよね。……三人はどう思う?」
「はーい! 私はペースを上げたほうがいいと思います!」
「俺もチビスケに同感だ。余裕があることは悪くない」
「……僕は、反対です」
ルアは前二人に流されることもなく、静かに二人の意見を否定した。ペースを上げるべきではない、そう判断していたのだ。
ぶーぶーと二人は言っているが、ルアは二人を適当にあしらい、フィルへ説明をした。
「ペースを上げるのは、明日からでどうでしょうか? 今晩と明日の朝食を済ませた後なら荷が軽くなっています。体力も戻っているはずですし、それからでも遅くないと思います」
「えー! 後でギリギリになって焦るより、先に詰めておこうよ!」
「そうだそうだ! 早く行こうぜ!」
文句を言う二人と、冷静に判断をするルア。
フィルは三人の意見を聞き、歩きながらゆっくりと考えた。どちらの意見も、間違っているとは思えない。もちろん、なぜ自分が隊長なのだろう。他の三人が決めてくれればいいのに。そういった弱気もあった。
頭を少しだけ振り、弱気な考えを捨てる。どうして自分が隊長なのかは分からないが、自分が決めなければいけない。フィルは自分へそう言い聞かせた。
そして、一つの結論を出す。
「少しペースをあげよう。それで当初の予定通り第二地点まで辿り着く。今日はそこで休もう」
「確かに、第二地点も第三地点も水源です。ですが、予定通りなら第二地点を通り過ぎて、行けるところまで進んで休むはずでは?」
「うん、でも第二地点で止まろう。何があるか分からないし、できるだけ安全な場所で休みたい。それに明日からペースをさらに上げれば、十分な速さで戻れる……と思う」
最後に少しだけ弱気になるフィルを見て、らしいなとルアは思った。フィルは自信こそないが、できるだけ安全な方法をとる。それはよく知っていたので、異論はなかった。
なによりも、どちらかだけの意見を採用すれば、角が立つ。しかし、両方の意見をフィルは出来るだけ取り入れようとしていた。もし三つ目の案をフィルが出していたとしても、特に異論はでなかっただろう。しかし、フィルはそういうことをしない。
隊長としての資質を問われれば、自信が無さすぎるので頼りないとも思うが……これでいいのだろう。ルアは笑顔で頷いた。
他二人もそれは同じであり、全員が頷きフィルの指示を肯定する。
フィル自身は「大丈夫かな? 本当にいいのかな?」と、ぶつぶつと言っていたが、四人はペースを少し上げ、第二地点を目指すこととなった。
空が茜色に染まりだしたころ、四人は第二地点へと辿り着いた。夕方になってしまったのは、やはり猪の解体に時間がかかったことが原因だろう。しかし食料も十分であり、体力も残っている。状態は悪くなかった。
「じゃあ、今日はこの森の中にある川の近くで休みます。お疲れさまでした!」
「まだ明日もあるけどな」
ベイラスにそう言われ、隊長らしく締めようとしていたフィルは、困った顔をして笑った。
四人は川が見える程度の位置に陣取り、野営の準備を始める。川辺は石も多く、鉄砲水などが来ることも予測しての行動だ。学校で教えられた通りとはいえ、忠実にそれを四人は守っていた。
猪の肉に軽く塩を振り、焼いて食べる。おいしいかと言われれば、獣臭さなどもありおいしいとは言えない。しかし、今日一日歩きづめだった四人には、なによりのご馳走だった。
食事の後片付けをし、四人はたき火を取り囲んだ状態で、布に包まる。明日も朝早くから移動しなければいけない。少しでも体力を回復しておきたかった。
疲れもあり、すぐに三人は眠りにつく。火の番をしているフィルだけが、ぼんやりと木々の間から見える星空を眺めていた。
「綺麗だな……」
眠っている三人に気を遣い、呟くようフィルは言う。今日一日で、フィルは疲れ切っていた。隊長に任命され、自分の考えを押し付けてくる三人と行動し、本当に……楽しかったのだ。
楽しかったと思っている自分に気付き、フィルは僅かに笑う。そうか、自分は楽しかったのか。今更それが分かり、フィルの顔には思わず笑みが浮かんだ。眠っている三人へ、フィルは小しだけ頭を下げる。
至らない隊長である自分を、支えてここまで連れて来てくれた三人への、感謝の気持ちだった。
頭を上げると、じっと見ているカテリナがいて、フィルはびくっとする。全員眠っていたと思っていたのだから、それは仕方のないことだろう。
カテリナは頭を下げていたフィルを不思議に思ったが、気にしないことにする。そして、二人が寝るのを待っていた理由を、少しだけ恥ずかしがりながらフィルへ告げた。
「あのね、フィルくん」
「う、うん。どうかしたの?」
「その……水浴びがしたいなって」
天真爛漫、明朗快活。その実力は女子どころか男子も歯牙に欠けない。しかしそれでも、汗臭いまま寝たくはない。カテリナはそう考えるくらいには、ちゃんと女の子をしていた。
フィルは一瞬きょとんとしたが、その気持ちを理解し頷く。
「そっか、ごめんね。気が利かなくて」
「ううん、我がまま言ってごめんね? それじゃあ、ちょっとついて来てくれるかな?」
「うん……うん? ついて?」
カテリナはもじもじとしたまま、フィルを見る。なぜ自分がついて行くのだろう。フィルの顔にそう書いてあるが、隠していては話が進まない。
気付いてほしかったが気付いてもらえない以上、カテリナは正直に告げるしかなかった。
「一人じゃ、なにかあったらまずいでしょ? 一応訓練だし、誰かと一緒じゃないと……」
「そっか、うん、そうだね。じゃあ火の番を代わってもらうためにベイラスを起こして」
「駄目! 絶対駄目! もし覗かれでもしたらどうするの!?」
「そんなことしないと思うけど……」
もちろんベイラスはそんなことをしない。ルアだって同じだ。しかしそこは、女心というやつだ。できるだけ知られたくはないし、気付かれたくない。本当なら、フィルにだって内緒にしておきたかったのに、仕方なく告げたのだ。
そこら辺に気付いてほしかったものだが、フィルには無理だろうな……。そう思い、カテリナは溜息をついた。
二人は川へ行き、カテリナは水浴びをするために服を脱ごうとした。しかしフィルがぼんやりと見ていることに気付き、キッと睨んだ。
フィルは睨まれて理解し、慌てて近くの物陰へと移動する。一声言ってくれればいいのにと思ったが、怒られそうなので口を噤んだ。
微かな衣擦れ音に、小さな水音。今、後ろではカテリナが裸なのか。どうしてもそう考えてしまい、フィルは赤面していた。余計なことを考えるな! そう自分に言い聞かせ、ぶんぶんと頭を振り空へ視線を動かした。
空には先ほどと変わらない綺麗な星空あり、フィルの気持ちを落ち着かせてくれる。今日のこと、明日のことを星を眺めながら考えていると、カテリナがフィルへと声をかけてきた。
「……ちゃんといるよね?」
「はははっ、大丈夫だよ」
「覗かないでね?」
「絶対に覗かないよ! 信用して!」
絶対に、とまで言われるのは若干釈然としない。カテリナは自分の小さな体を見た後、ほんのりと膨らんだ胸に手を当てた。……あまり見ても楽しくないし、魅力もないかもしれない。
そう考えてしまい、少しだけ気持ちが重くなった。覗いてほしいとは思わないが、きっぱりと言われるのも腹立たしい。なのでカテリナは、フィルに少しだけ意地悪をしてやろうと決めた。
「ねぇ、フィルくん」
「ちゃんといるよ」
「……見ていいよって言ったら、どうする?」
「……そ、そういう性質の悪い冗談はやめてよ」
カテリナはお互い見えていないことを分かっているので、意地悪く笑った。さっきは自分の体を見て少しだけ気持ちが重くなったが、今は楽しい。ベイラスに言えば「見ていいのか!?」とか「見る価値もねぇよ」とでも言っただろう。
ルアに言ったとしたら「自分の言葉に責任は持ちましょうね?」とか「人をからかうのは、良い趣味じゃありません」と説教をされていたはずだ。
その点、フィルの反応はとても自然で、それっぽい感じがする。なによりも、覗かないという信用もあり、楽しくてしょうがなくなり、さらに意地悪をしてしまおうとカテリナは思ってしまった。
「冗談じゃ、なかったら?」
「……」
あれ? とカテリナは首を傾げる。フィルから返答が無かったからだ。もしかして、怒らせてしまっただろうか? カテリナは少しだけ慌てる。決して怒らせたいと思っていたわけではなく、ほんの少しだけ意地悪をするつもりだった。
どうしよう、謝ろうかな? そう考えていると、フィルからの返答がきた。
「覗いて、さ。気まずくなったり、関係が悪くなるのが嫌なんだ」
「うん」
「僕は三人に出会えて、本当に良かった。そう思っているから、その……」
カテリナは浅慮な自分を恥じた。成長し、強くなってもフィルは変わっていない。自分たちのことを、本当に大切に思ってくれている。そんな気持ちを、からかってはいけなかった。
こつんと、カテリナは自分の額を叩く。馬鹿なことをしてしまったなぁ、そう思い心の底から反省をした。
反省していると、フィルは戸惑った声色で、カテリナへ話しかけてきた。
「でも、その……」
「どうしたの?」
「カ、カテリナはとっても……可愛い……と思うよ」
フィルなりの気遣いだったことは分かっていたが、カテリナの顔は赤面した。同じように、フィルも赤面しているだろう。恥ずかしさと、嬉しさが混じりあい、カテリナは水の中に顔を突っ込んだ。
火照った頭や頬を、少しでも冷まそうと……。
「おーっし! 飯も食ったし、気合入れて行くかー!」
「ですね、頑張りましょう」
「「お、おー」」
朝になり、四人は食事を済ませ、後片付けをして出発の準備を整えた。食事もとり、睡眠も十分ではないがとれたので、やる気に満ち溢れている。……そのはずなのに、妙な二人がいた。
ベイラスとルアは、フィルとカテリナを見る。二人は目線を合わそうとはせず、少しだけ頬を赤くしていた。首を傾げつつ聞いてみるのだが二人とも「大丈夫」としか言わない。なにかあったのかもしれないが、大丈夫と言う以上、聞くこともできない。
なので二人は諦め、そのまま出発することにした。
フィルは、ぼそりと誰にも聞こえないように呟く。
「慣れないことを言ったらいけないな……」
空は快晴、気合は十分。四人は、第三地点を目指して進み始めた。
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