第13話
少し森へ入ったところにある水源の池で小休止をとり、三人は水を確保する。フィルはほっとしていた。なんとかここまでは辿り着けたことに。
しかし水が手に入った以上、次は今日の食糧のことを考えなければならない。そう考えているのはフィルだけでは無かったらしく、三人が立ち上がった。
「よっし、食料確保だな」
「うん、ここを中心として、周囲を……待って?」
止められた三人は、不思議そうな顔でフィルを見た。食料の確保は前提条件である。これから食料を探すのは当然のことであり、止められると思っていなかった。
確かに、フィルからしても止める理由は無い。ただしそれは、全員がばらばらの方向へ進もうとしていなければの話だ。
「二人一組で動こう? 僕とベイラス、ルアとリナで動いてくれるかな」
「いや、全員バラけたほうが早いだろ?」
ベイラスは事もなげに言う。そして残り二人も、当然だと頷いた。この辺りの森で、自分たちを脅かす存在はいない。自信と実力が裏づけられる当然の行動だと、三人は疑っていなかった。
なので、道中はまだ分かることができていたが、今はフィルの提案が全く理解できない。しかしルアだけは、フィルの考えを少し理解し「あぁ……」と言い、頷き話し始めた。
「危険を考えてですね? ですが、この辺りの森で危険なことはありませんよ?」
「駄目だって! 常に危険を考えて動くよう、ゲイル先生にも教わっていただろ? だから二人一組で動こう! なにかあったらすぐに助けを呼ぶこと! 一時間後に、この場所にもう一度集合しよう」
ここまでフィルに言われては仕方ないと、三人は頷いた。自分たちの実力を過信気味だと、三人は気付いている。だからこそ、常に安全性を求めるフィルの提案は、無碍にできないものだった。
四人は二人一組に別れ、別々の方向へと木々が生い茂る森の中へと踏み入ることにする。大丈夫かどうかを心配しているのは、フィルだけだった。
フィルとベイラスは森の中を進むが、良い獲物が見つからないでいた。
ベイラスは獲物が見つからず自分が苛立つかと思ったが、なぜかそんなことは無い。時間もあるので、周囲を見ながらもベイラスは考える。
そして、一つの結論に至った。隣にフィルがいるからだろう、と。
いるだけで心強く、頼りになる。ベイラスはフィルにそういった印象を持っていた。こいつと一緒で良かったな。そう思い、口角が上がりにやけてしまう。
一人にやにやと笑っていると、とんとんと、フィルが肩を叩いた。どうしたのかと見ると、口元に人差し指を当てている。声を出すなということだろう。
フィルはそのまま口元に当てていた指を、前へ向ける。ベイラスもそれに気づき、指の先を見た。
そこには一匹の猪が見えた。木に体をこすりつけ、暴れている。なにか理由はあるのだろうが、二人には体当たりをしているようにしか見えなかった。
丁度いい食料がいる。ベイラスはそう思い、にやりと笑った。一人ならそのまま突撃するベイラスだが、フィルの指示を待つ。言葉にしなくても、二人の信頼関係は揺るがないものだった。
「ベイラス、左側に回り込んで伏せていてくれるかい?」
「おう、分かった」
「……なにも聞かないんだね」
フィルが驚いた顔で自分を見ているので、ベイラスは笑ってしまった。今更疑う必要なんて、一つもない。なのに、彼はこんなに自信なさそうにしているのだ。それが、なぜか面白かった。
ベイラスはフィルの肩に手を回し、小声で呟く。
「信じてるからな」
「……うん、そっちに追い込むよ」
追い込めば、自分が倒す。そう信じて親友が笑ってくれていることが、ベイラスには嬉しい。この期待を裏切るわけにはいかないな。ベイラスは、フィルがただ笑ってくれたというだけで、奮い立った。
フィルは考える。どうすれば猪をベイラスの方に誘導できるかを。追い込むことが成功したら、絶対に倒してくれる。そこに疑いはない。問題は、自分だけだ。猪から目を放さないまま、フィルは考え……決断した。
ベイラスとは逆側から、フィルは飛び出す。当然猪も気付き、振り向いて唸り声を上げる。フィルはじりじりと距離を詰め、猪が動こうとした瞬間、大声を上げた。
「わあああああっ!」
猪はびくりっとした後に、フィルがいる場所とは逆方向へ走り出した。それを見て、うまくいったとフィルは安心する。そしていざというときのために、魔法の準備に入った。
走り出した猪は、ベイラスの射程に入る直前で異変に気付く。おかしい、知らない匂いがする。危険を察知した猪は、即座に向かう方向を変えた。直角に近い曲がり方で、フィルもベイラスもいない方向へ走り出したのだ。
「逃がすかああああああああ!」
猪の行動に気付き、飛び出したベイラスの斧が、猪の背中を切りつける。しかし……浅かった。フィルからの期待に応えようとしていたベイラスの肩には、力が入り過ぎていたのだ。ベイラスもそれに気付いていたが、結果として斧は外れた。
ベイラスは慌てて斧を持ち直し猪を追いかけようとしたが、猪は見えない壁にぶつかり後ずさっていた。フィルを見ると、猪が逃げようとした方向へ向け手を翳している。
「《ウインド・ウォール》」
自分のことを信じてくれていたのに、失敗したときのことも考えてくれている。ベイラスは鼻を指先で擦り、笑った。頼りになる友を持ったなと。
追い込まれた猪は、何度か風の壁へ突撃し、抜けられないと気付く。そして違う方向へ逃げようとしのだが、後ろでは大柄な男が斧を振りかぶっていた。
「おらあああああああああああああ!」
気合十分に振り下ろされた斧で、猪の頭が真っ二つに割け、断末魔を上げる暇すらなく倒れた。ベイラスは飛んできた血飛沫を拭い、Vサインを作ってフィルへ笑った。
どうやってこの猪を運ぼうか? フィルはそう悩んだのだが、それは余計な考えだった。ベイラスはひょいと猪を持ち上げて歩き出したからだ。いくら大きいとはいえ、猪を軽々と持ち上げるのはどうなのだろう?
少しだけ思うところはあったが、結果的には問題がないため、フィルは何も言わずにベイラスと水源へと戻ることにした。
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