第12話
野外訓練の当日、四人は朝からゲイルに呼び出されていた。
他の生徒はすでにスタートしているため、四人は首を傾げながらもその指示に従った。
「すまないな。あの日に伝えようとしていたのだが、なぜか盛り上がっていたので伝えられなかった」
ゲイルはちらりとカテリナを見た。盛り上がっていたというのは、カテリナがイザベラと言い争っていたことだろう。それしか思い当たらず、カテリナは小さい体をさらに小さくする。
しかしゲイルはそれを咎めるわけでもなく、日程表を四人へ見せて、話し始めた。
「この班だけ四人で動いてもらう」
「……僕たちだけ、特例ということですか?」
ルアはゲイルの言葉に、むっとした感情を少しだけ出してしまった。三騎士の末裔としての特別扱い。ルアだけでなく、三人はそれが一番嫌いだった。
だがゲイルは不機嫌そうな三人の視線をさらりと流し、そのまま話を続けた。
「カテリナは、フィル以外と組ませた場合不安がある」
「そんなことありません! 大丈夫です!」
「まぁまぁ、最後まで聞け」
ヒートアップしつつあるカテリナを、ゲイルはうまく宥める。最後まで聞けと言われた以上、聞いてからでないと反論はできない。カテリナはぐっと言葉を押さえた。
ゲイルは次に、関係なさそうに素知らぬ顔をしているベイラスを見た。ベイラスは自分が見られたことで、またなにかやらかしたかと、思い当たる節を考える。……だが、いくらでも思い当たることがあったので、すぐに考えるのをやめた。
「ベイラスはフィル以外と組むと、暴走しそうで危険だ。特にカテリナと組んだらな」
「いやーはっはっは。日程はたぶん守るって」
遅刻常習犯であるベイラスの言葉は、その場にいる四人に全く届かない。全員がゲイルの言葉に頷くだけだ。
釈然としない気持ちがベイラスにはあったが、口をとがらせてそれ以上はなにも言わなかった。
「ルアはフィル以外と組むと、安定感にかける。カテリナと組めば暴走を止めるのに必死になり、ベイラスと組めば放置する可能性すらある」
「本当に危険だと判断すれば止めますよ?」
「そこは疑っていない。まぁつまるところ、お前たちはフィルがいないとどうにもならない」
ルアはゲイルの言葉を、冷静に分析する。そして間違っていないと判断した。自分がこのままカテリナと組んだ場合、振り回され続けて大変なことになるだろう。ベイラスと組めば日程は守れない。否定する理由は一つも浮かばなかった。
「まぁつまるところ、三騎士の末裔だなんだと言われているが、お前たち三人は問題児だ。フィルがいないとどうにもならない。フィル無しで三人を組ませることも考えはしたが、余計厄介なことになりそうだ」
問題児と言われ、三人は少し嬉しくなっていた。家名があり、実力のある三人にそう伝えてくれた人は両親くらいのものだ。しっかりと言ってくれたことは、十分信用に足る言葉だった。
特にその思いが強かったのは、ルアだ。三人の中では優等生であり問題無いと判断されることが多かったため、自分の欠点を見抜いてくれていることが嬉しかった。
ゲイルは顎を撫でながら、笑う。素直に言葉を受け止めてくれる三人が、彼には微笑ましかった。
「そういうことで、問題児三人は優等生のフィルと組んでもらう。隊長はフィル、残り三人は補佐だ。フィルに迷惑をかけるなよ?」
「え? 隊長?」
「「「はい!」」」
「よろしい、ならば出発しろ。時間を取らせて悪かったな」
片手を振りながら立ち去るゲイルを見て、三人は笑っている。恩師と呼ぶべき人物に出会えたことは、心から嬉しいことだった。しかし、フィルは違う。茫然とゲイルを見送っていた。
自分より上だと思っている三人と組まされたのはいい。だが、隊長というのはどういうことだろう? 順当にいけば、ルアにやってもらうのがいいだろう。なのに、自分が隊長? フィルの頭は、ぐらぐらと揺れていた。
しかし三人は良い気分のまま、フィルの前へ並んだ。隊長に従う。そういう意思をしっかりと表明していた。
「隊長、まずはどうします?」
「隊長、歩きながら考えましょうや」
「隊長、ルートはどちらから?」
三人は意地悪く笑いながら、フィルを見ていた。当然それに気付いていたフィルは、がっくりと肩を落とす。弱弱しく口を開いたフィルから出たのは、情けない言葉だった。
「勘弁してよぉ……」
困っているフィルを見て、三人は腹を抱えて笑った。
出発した四人は、最短ルートで第一地点へと向かうことにした。王都の東門から町を出て、定められた地点へ向かう。一般的な行動をとった。
フィルは地図をじっと見ながら、ひたすら考える。どう進めばいいのだろう。道中なにを気を付ければいいのだろうか? ずっと、一人で考え込んでいた。
目を見開いて地図を見ているフィルの肩を、ルアがいつも通りぽんっと叩く。フィルが地図から目を離し見てみると、ルアは笑っていた。
「一人で悩まないでください。話し合いながら行きましょう」
「う、うん。そうだね。ごめんね、一人じゃどうすればいいか分からなくて……」
「そのために、俺たちがいるんだろ?」
「そうそう! 任せて隊長!」
三人の笑顔で、フィルの肩の力が抜ける。いつもの三人と一緒だ。一人じゃない。それが、とても心強かった。
フィルは自分の考えていることを全て伝えて、三人と話し合いながら進むことに決める。隊長だからと、一人で全部背負う必要はない。四人で協力しようと。
それは、この野外訓練で一番求められていることであった。そしてなによりも、ゲイルはフィルを危惧していたのだ。実力を押さえ込んでしまい、自信が持てない。そんなフィルに、少しでも自信を持ってもらおう。ゲイルはそう思っていた。
「じゃあ、僕たちはまず第一地点を目指して歩いている。通らなければ行けない地点は三つ。ここまではいいかな?」
「大丈夫です。問題は、水や食料ですね」
ルアは地図を見て、水源となる場所へ印をつけた。フィルの顔を窺うと「なるほど、大事だよね」と頷いている。隊長としての決断力には欠けているかもしれないが、しっかりと話を聞いて判断している。
それも隊長としての資質だろうと、ルアは顔を綻ばせた。
「このまま行くと森を突っ切ることになるぞ? 真っ直ぐ行くのか?」
「いや、それはまずいね。ベイラスの言う通り、道を考えよう」
今は街道沿いに進んでいるので、足場も良い。しかしこのまま真っ直ぐに第一地点へ向かうのであれば、森を突っ切らなければならないだろう。ベイラスはそれでも構わなかったのだが、今はフィルの意思を尊重しようと決めていた。
街道沿いを進み続ければ、かなり遠回りになる。ベイラスはそうなると面倒だと思っていたが、フィルが新しく算出したルートは、街道を少し外れて出来る限り森の周囲を歩くことだった。
森の中を突っ切ってもいいと思っていたが、その判断に不服もなくベイラスは頷いた。
「周囲の警戒はどうするの? 今、私たちは適当に歩いちゃってるけど?」
「あ、それも駄目だよね。えっと……ベイラスが一番前を歩いてくれるかな? リナは街道側、僕が森側で、ルアが最後尾。菱形を保とう。森から敵が来た場合は、ベイラスが森側へ移動して、そのままみんな陣形を保ってずれる……で、どうかな?」
「うん、いいと思うよ!」
カテリナは頭の中で想定し、素直に歓心する。外敵が来た場合、一番危険なのは森側。視界が悪いからだ。その一番危険なところに、もっとも防御力の高いフィルを配置する。非常に理にかなっていた。
そしてなによりも……森から遠い街道側、一番安全なところへ自分を配置してくれている。それが、女の子扱いされているようで嬉しかった。
学校内でカテリナの立場といえば、学校内最強の女剣士。普通の人なら、一番危険なところに自分を配置するだろう。……だが、フィルはそれをしない。女性に対する当たり前の気遣いが、嬉しかったのだ。
しかし、フィルは溜息をついた。
「はぁ……」
「どうかしましたか?」
「ごめんね、結局みんなに教えてもらってばっかりだ。頼りない隊長だよね……」
三人は、フィルが自分を卑下していることを知っている。だが、流石に驚いていた。
他の誰と組んでも、恐らくは三騎士の末裔である三人の言いなりになるだろう。右と言えば右、左と言えば左。そうなることは分かっている。
しかしフィルは違う。多少口を挟まれたとはいえ、自分で答えを出し、的確に指示を出していた。三騎士の末裔に指示を出す。それがどれだけすごいことなのかが、フィルには分かっていない。
いつか、気付いてほしい。いや、気付かせてあげよう。三人はそう思った。
自分たち以上にすごいのは誰なのか。それを世界に教えてやりたい。そして……その日が、楽しみだ。そう思い、三人は笑う。
しかしフィルは、笑っている三人を見て、いつも通り自信なさ気に首を傾げるだけだった。
予定通りことが進む。そんなことは早々ない。それは、この訓練でも同じことが言えた。
「フィル、森でなにか動いたぞ? 兎か? 捕まえてくる!」
「待ってベイラス! ルア、森を確認してくれるかな?」
ベイラスは我先にと飛び出そうとし、制止をかけなければいけない。食料は大事だが、物音がしただけで飛び込まれては困る。フィルは何度もベイラスを止めていた。
渋々とベイラスも我慢してくれていたが、今にも森の中へ飛び込みそうでひやひやものだった。
「フィル、水源までもう少しです。歩を早めて、休憩を多くとったほうがいいのでは?」
「駄目だよ。このペースを維持しよう。焦ってもしょうがないからね」
ルアは自分の考えを信じているため、必要ないと思ったところをばっさりと切り捨てる。水源までの短い距離、なにが襲って来ても自分たちなら大丈夫だ。そういう自信からのことだったが、それはとても危険な考えだった。
なので、フィルは毎回ルアを説得する。今だって予定よりも早いペースで進んでいるのに、これ以上の無理は先に響く。そういう思いから、何度も止めた。
「フィルくん! あっちから馬車が来るよ? 襲われるかもしれない!」
「警戒は大事だけれど、剣は抜かないで! まだ随分距離もあるし、御者のおじさんがぎょっとしているじゃないか!」
「ちぇー……」
カテリナは常に襲われることだけを考えている。それは間違っていないのだが、不必要に接近されたわけでもない。この平和な時代で、余計な挑発はしないでほしい。厄介ごとはごめんだと考え、フィルはカテリナを止め続けた。
ゲイルの言葉が、頭の中によぎる。問題児三人。全く持ってその通りだとフィルは思った。慣れている自分だからいいけれど、他の人と組んでいたらどうなってしまっていたのだろう……。想像するだけで、頭が痛くなる問題だった。
暴走三人組をフィルが押さえつつ、なんとか四人は第一地点の水源へと辿り着いた。
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