第11話
その日、教室内は静かになっていた。教卓に立つゲイルに注目し、言葉を待つ。生徒たちにとって、明日は待ちに待った日であり、発表が待ち遠しかったとも言える。ゲイルは全員を見回した後、こほんと一つ咳払いをした。
「では、明日は野外訓練とする。町の外を見回り、帰って来る。一泊二日、野営の準備は怠らないように。では、三十名で二人組を十五組作ってくれたまえ。あぁ、ただし」
「よっしゃああああああ! フィル! 組むぞ!」
ベイラスはゲイルの言葉を遮り、叫びながらフィルの肩へ手を回してた。カテリナと組むと大変そうだ。ルアと組むと小言がうるさい。ベイラスの中で、フィル以外と組む選択肢は無かった。
しかし、フィルの肩へ回されたベイラスの手を、さらっと退ける人物がいた。ルアはベイラスの腕を退かした後、フィルの肩へポンッと手を置く。
「フィル、僕と組みませんか?」
カテリナと組むと振り回されるだろう。ベイラスと組むと自分が苦労させられる。ルアの中で、フィル以外と組む選択肢は無かった。もちろんルア自身が望めば、彼と組みたいと思う人はいくらでもいる。
だが余計な気遣いをして、一泊二日の時間を過ごしたいとは思っていなかった。
ルアとベイラスが我先にとフィルを取り合っていると、そんな二人をドンッと突き飛ばす人物がいた。言うまでもなく、カテリナだ。
ベイラスと組んだら楽しいだろう。ルアと組んだら頼りになるだろう。実際、彼女は三人の誰と組んでもいいと思っていた。しかし、自分を袖にされてフィルを取り合われるのは、我慢ができない。
最近、この二人は自分への対応が悪い。カテリナはそう思っていた。ならば、困った顔をしても一番優しくしてくれるフィルと組もう。そうこの時に決めた。
「残念! フィルくんは私と組むって決まってるの。ごめんね?」
「ちょっと待て、俺が一番最初に声をかけたろ!」
「僕とフィルが組むのが、一番安定しています」
当事者のフィルは、当然頭を抱えていた。カテリナと一泊二日で過ごすのは、どことなく気恥ずかしい。ベイラスと組むと、急に走り出して遭難しそうだ。ルアと組むと……一番問題なさそうかな? ルアと組んだ場合のみ、取り立てて問題となる様子が浮かばなかった。
これはルアと組むしかない。フィルはそう伝えようとしたのだが、三人は鬼のような顔をして威嚇しあっている。フィルにとっては、頭が痛いところだった。
どうせなら、全く違う人と組むのはどうだろう? フィルがそう思い周囲を見回すと、クラス中が自分たちのほうを見ている。……その理由は、すぐに分かった。
「ルアくんと組みたかったのに……!」
「カテリナちゃんと一泊二日……!」
「ベイラスくんって野獣みたいよね? 一緒に過ごしたら……きゃー!」
三人は学校内で人気がある。当然組みたいと望む人も多い。なのに、その三人がフィルを取り合っている。つまりそれは……フィルに味方はいないということだ。むしろ、やっかまれている言っても間違いではない。
現状をしっかりと把握し直したフィルは、言い争っている三人を見て、再度頭を抱えるしかなかった。しかし、そんなフィルの様子をルアは見逃さない。ここがチャンスだと、優しくフィルに話しかけた。
「フィル、僕と組むのが一番いいですよ? お互い気遣いもいりませんからね」
「うん、そうかな……」
「待て待て待て! フィル! 俺と組めば、肉が食えるぞ! 猪でも鹿でも任せておけ!」
「それは、おいしそうだね……」
「フィルくん! 私と組めば……えっとえっと、楽しいよ!」
「リナといると、とても楽しいよ」
フィルは当たり障りない言葉を返し続ける。この状態で誰か一人を選んだら、どうなってしまうのだろうか? なによりも、それが恐ろしかった。こうなったらジャンケンでもして決めてもらおうか? そう考えていたとき、恐る恐る近づいて来る女子がいた。
「あの、ルアくん」
「はい?」
「わ、私と組んでもらえませんか!」
顔は紅潮し、必死な様子はすぐに分かった。ベイラスは彼女を見て、この中に割り込むとは大したものだと歓心する。これはもうなんとかこの子にルアを押し付けよう。全面的に協力し、自分がルアと組むしかない!
思い立ったらすぐに行動。自分の指針にぶれることなく、ベイラスはすぐに行動した。
「おいおい、ルア。どうするんだ? こんな可愛い子に誘われちゃったら……」
「申し訳ありません、フィルと組む先約があります。今度、お茶でも行きましょう」
「は、はい!」
さらりとルアは、女生徒を退ける。その鮮やかな手管に、ベイラスは口を挟む暇すらなかった。予定していた行動が一瞬で潰され、ベイラスは苦虫を潰したような顔をする。それを見て、ルアはにっこりと笑った。
しかし、それが始まりとなったのだ。次々に生徒が三人に群がりだした。
「ベイラスくん! 私と組もう?」
「いや、俺にも先約が……」
「カテリナさん! 自分と組みませんか?」
「えっと、ごめんなさい」
これは事態が収拾するまでどうにもならないな。フィルはそう思い、ぼんやりと三人を眺めていた。どうせこの三人の誰かと組むことになるだろう。そう思っていたからこそだった。
しかし、そんなフィルの肩がとんとんと叩かれる。フィルが振り向くと、そこにはクラスでも人気の女生徒、貴族のイザベラがいた。
恐らく、ルアと組むのを取り持ってほしいのだろう。フィルはすぐにそう判断した。ルアに直接渡せないので、ラブレターを届けてほしい。そんな頼みは、今までにいくらでもされてきた。
ベイラスの可能性もあるが、明らかにお嬢様然としている彼女は、どちらかというとルアに声を掛けたいタイプだろう。そう思ったのだが、その予測は間違っていた。
「フィルくん、私と組みませんか?」
「え? ……え?」
「……あの、もう一度言いましょうか?」
フィルは、ぶんぶんと首を横へ振る。意味は分かっていた。だが、頭がついていっていない。なぜ自分と? まずは自分と仲良くなり、三騎士の末裔である三人とお近づきになりたい? どうしてもそんなことを考えてしまい、頭の中がぐるぐるとしてしまう。
しかし、イザベラはフィルの様子に戸惑うこともなく、もう一度口にした。
「フィルくんと、話してみたいと思っていましたわ。良い機会でしたので、思い切って声を掛けさせてもらいましたの。不都合がありますか?」
「なぜ、自分なんですか?」
成長しているとはいえ、自分にまるで自身がないフィルには、彼女の誘いは疑問でしかなかった。だから裏があるとしか考えられない。フィルは疑惑の目を向けていたが、イザベラはにっこりと笑った。
「学校に入って三ヶ月、少し人見知りをするところはありますが、常識があり成績も良好。武術の成績は0勝」
「はい……」
少しだけ浮かれていたフィルは、最後の台詞で心を重くした。誉めるだけ誉めて、落とされる。しかも、平然と笑って告げられたのだ。フィルの心が重くなるのも仕方のないことだろう。
だが、イザベラの言葉はまだ続いていた。
「ただし、負けも0。全て引き分けております。間違っていますか?」
「えっと……合っています」
「良かった。平民でありながら、負けなし。全てにおいて水準以上。顔も可愛いですし、ぜひお近づきになりたいです」
イザベラの言葉に、嘘は一つもない。彼女も最初はルアに憧れている女生徒の一人だった。物語から抜け出してきたかのような王子様。それがルアだ。王子様に憧れるならルア。男らしい人に憧れるならベイラス。誰もがそう思っていた。
しかしイザベラは、ルアを見続けるうちに気付く。三騎士の末裔と、いつも一緒にいる人物。少しおどおどとしており、取り立てて特徴も感じられない影の薄い人。フィル=シュタインに。
最初こそ、邪魔者だと思っていた。三騎士の末裔に取り入ろうとしている、己をわきまえない人間だと。
……だが、それは違った。フィルは三騎士と対等にやり合い、友として接し、同じように並び立ってもおかしくない。それほどのポテンシャルを秘めている。イザベラは、気付けばルアではなくフィルを目で追っていた。
この三人といなければ、もっと目立っているだろう。なのに三人の圧倒的な光で、影となってしまっている少年。誰も、それに気付いていない。
イザベラは、誰も見つけていない宝石を見つけた気持ちになった。一心不乱に槍を振り、己を鍛え続けるフィル。彼への興味が、憧れや恋に近いものへと変わるのは、当然のことだった。
「あの……」
「駄目、ですか?」
フィルは戸惑っていた。イザベラといえば、女生徒の中でもカテリナと人気を二分している人間だ。彼女に言い寄られて、悪い気がする男はいない。なによりも、彼女は三人ではなく自分を見てくれている。
それはフィルにとって衝撃であり、なによりも嬉しいことでもあった。
「それじゃあ」
「駄目だよ?」
首を縦に振ろうとしたフィルの言葉を遮ったのは、カテリナだった。カテリナは、イザベラの考えに気付いている。その熱を帯びた瞳を見れば、同性として気付くのは当然だ。……だからこそ、カテリナは絶対に譲らなかった。
彼を見出したのは自分だ。後から出てきた女に「はいどうぞ」と渡す気はない。その感情が友情なのか、恋なのかは分からないが、それでもカテリナは引けなかった。
「カテリナさん、私はフィルくんと話しています」
「うん、でもフィルくんは私と組むからね。だから、駄目」
「……まだ決まっていないようでしたが?」
「決まってるよ? 約束していたからね」
クラスにいる全員が、笑顔でにらみ合う二人を固唾を飲んで見守ることしかできなかった。ルアとベイラスですら、引き攣った顔で二人を見ている。しかしフィルだけは、自分の頭を押さえていた。
ずきり、と鈍い痛みが頭に走る。引き金は、約束という言葉だった。フィルの頭の中に、銀色の光が通り過ぎる。なにか、忘れてはいけないことを忘れているのではないか? そう思うのだが、思い出せない。
少し耐えると、頭痛が収まる。未だに睨み合いながら言い争う二人を見て、フィルは立ち上がった。
「イザベラさん」
「はい!」
名前を呼ばれたことで、イザベラは嬉々とする。そして名前を呼ばれなかったことで、カテリナはぎぎっと歯ぎしりをした。ベイラスとルアはその様子に気付き、いざとなれば力づくでも止めようと、目線を合わせて頷く。
しかしフィルは、二人のどちらも選ばなかった。
「ごめんね、僕はベイラスと組むよ。最初に声をかけてくれたからね」
「あ……そう、ですか」
「私は!?」
「ごめんね、リナ」
本当に申し訳なさそうに笑うフィルを見て、カテリナも口を噤んだ。彼の言っていることは間違っていないし、これ以上追いすがるのも見苦しいかもしれない。そう思い、引くしかなかった。
突然名前を呼ばれたベイラスは、というとだ。あたふたと慌てていた。
「え? 俺か? いいのか? いや、俺はいいんだが……」
「うん、よろしくね。おいしい肉を食べさせてくれるんでしょ?」
「お、おう! 任せておけ! はっはっはっは!」
ベイラスは気まずい思いをしていた。ルアは空気を読んでくれているが、カテリナとイザベラからの嫉妬混じりの視線が注がれているからだ。フィルと組みたいとは思っていたが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。
なんとか笑ってはいるが、正しくは笑うしかなくなっているベイラスがいた。
とぼとぼと席に戻ろうとしたイザベラは、ふとルアを見てフィルの元へ戻って来る。話は終わったはずなのでフィルは不思議に思ったが、自分の前へ来たイザベラのことを見た。
「どうしたの?」
「あの、せめて……今度お茶を!」
「えっと……うん、自分でいいのなら」
「ありがとうございます!」
ここまで自分を買ってくれることを、フィルは喜ばしく思う。しかし、カテリナがぽんぽんとフィルの肩を叩く。
どうしたのだろうと見ると、彼女は笑顔で告げた。
「私たちも行くから」
「えっと……」
「ね? ベイくん、ルアくん?」
二人は突然話を振られて困っていたが、イザベラは肩を竦めるだけだ。この辺りが落としどころだと判断し、イザベラはにっこりと四人へ笑った。
その様子にカテリナは笑顔のまま苛立っていたが、イザベラは気付きながらも流した。
「もちろんですわ。では、野外訓練が終わった後に日程を決めましょう」
イザベラの答えを聞き、フィルは一人頷いた。
彼女のほうが、リナよりよっぽど大人だな、と。
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