第10話

 三人が学校へ辿り着いたのは、いつも通りの時間だった。うだうだとやってはいたが、リナについて走ったこともあり、結局普段通りの登校だ。

 若干息切れはしていたが、日頃から鍛えている三人はすぐに息を整える。そして軽く汗をぬぐい、校門の前から学校を見た。

 アルダール王立学園。ここは、騎士や魔道士を育成する学校である。王国では最大の学園であり、各地からたくさんの若者が集まる。

 厳しい入学試験などはないのだが、進級することは難しい。そんな実力が全ての学校だった。

 この学校の入学条件は15歳以上であること。三人は王立学園に入って、まだ三ヶ月の新米であった。


「フィルくん、なんでぼーっとしてるの?」

「あ、うん。本当にこの学校の生徒なんだなって、改めて思っちゃってさ」

「入って三ヶ月も経つのに、フィルは相変わらずですね。ですが、初心を忘れないのは大事だと思います」


 ルアの言葉が褒めているのか呆れているのかは、フィルには分からなかった。だが、彼は性格上そんな嫌味を言う人間ではない。つまり、本当に歓心しているのだろう。

 そう気付くと、それはそれで恥ずかしい物を感じ、フィルは鼻の頭を照れ臭そうに掻いた。

 だが、ゆっくりしていて、本当に遅刻をしてもしょうがない。フィルは二人と教室へ向かった。


 教室の中には、数人の生徒がすでに来ていた。三人は軽く挨拶をしつつ、席へ着く。席が近い三人は、授業が始まるまで雑談をしていた。

 そうしていると少し時間が経ち、学校の中にはチャイムの音が鳴り響く。

 チャイムが鳴ると同時に教室の扉が開かれ、厳格そうな老教師が教室へと入って来る。彼が遅れて来たことはない。元は王国の騎士団長として名を知られており、今では王立学園の教師をしている人物。


「ゲイル先生が来ましたよ。ベイラスは……まだ来ていないようですね」


 左隣の席のルアの言葉には、諦観の念が混じっていた。もう一人の幼馴染であるベイラスは、遅刻の常習犯だ。根はいいやつだし、素行が悪いわけでもない。だが、朝起きれないという致命的な弱点があった。

 朝、リナとルアは必ずベイラスの家に行き、声をかけてから来る。……だが、間に合ったことはほとんどない。三人はそのことをよく知っているだけに、呆れるしかなかった。


「全員、揃っているかな?」


 ゲイルは教室の中を、ゆっくりと見回す。そして空席を見て、やれやれと溜息をついた。毎日のこととはいえ、毎回確認してゲイルは落胆していた。

 見ていたのは、フィルの右隣の席。ベイラスの席だ。当然の如くそこには誰も座っていない。隣の席のためゲイルと目が合ったフィルも、気まずい思いをしていた。

 フィルと目が合ったゲイルは肩を落とし、もう一度溜息をつく。このやり取りは、フィルとゲイルの日課だった。

 その時だ。ガラリと扉が開かれ、大柄な男が堂々と教室へ入って来る。


「今日は間に合ったか!?」

「間に合っていないぞ、ベイラス。連続記録の更新だな」

「げっ、ゲイル先生……。今日は惜しかったし、見逃してくれないか?」

「見逃すわけがないだろう。諦めて、席へつきなさい」


 大きな体を小さくしながら、ベイラスはフィルの右の席へついた。座った瞬間、椅子がギギッと軋む。いつか壊れるのではないかと、ベイラス自身が思っている。

 ベイラスは四人の中で、もっとも大柄だった。そしてそれは留まることを知らずに伸び続け、今では190cmを超える巨体へと成長していた。黒い短髪を逆立たせているのも相変わらずで、初対面の人間には威圧感を与えてしまう。

 しかし、本人はそんなことを全く気にしていない。体が大きくなったのは、自分のせいではない。話せば大体の人は分かってくれるし、なによりも理解してくれている人間が三人もいる。それだけで十分だと思っていた。


「はぁ……俺も必死に走ったんだがな。どうして間に合わなかったんだ」

「もっと早く起きないからじゃないかな?」

「起きれたら苦労はしない。鍛錬が足りないのだろう、もっと早く走れるようになる必要がある」


 間違った方向に努力を重ねようとするベイラスに、フィルは笑って返すしかなかった。それは前の席に座るリナも同じらしく、彼女も同じように苦々しくベイラスに笑いかけている。

 そんな三人のやり取りを、じろりと見る人物がいた。教壇の前に立つゲイルだ。三人はそれに気付き、背筋を伸ばして椅子へ座り直す。

 一人要領良く素知らぬ顔をしていたルアは、三人をちらりと見た後、にこやかに笑うのだった。



 授業の内容は、一般教育、魔法教育、そして武術全般だ。本日も、魔法についての授業を受けていた。


「では、ルア。魔法の属性について、分かる限り答えなさい」

「はい」


 ゲイルに指名されたルアは、すらりと立ち上がる。それだけで女性陣の視線だけでなく、男性陣の視線も集めてしまうのだから大したものだ。だがルアは視線に動揺することもなく、平然としている。小さいころからのことなので、すでにルアは気にしていなかった。


「火 水 風 雷 地。大まかにはこの五つの属性になります」

「その通りだ。では、全ての属性を極めることは可能か?」

「可能か不可能かで言われれば、可能です。しかし、人には向き不向きがあります。よって、自分に向いている属性を訓練で熟達させることが一般的です」

「よろしい、次はリナ」

「はい!」


 カテリナは見た目通り、元気いっぱいに席から立ち上がった。カテリナも男性女性問わず人気があるため、教室内の視線を集めた。

 視線に気付いたカテリナは、女友達に軽く手を振る。それを見たゲイルが一つ咳払いすると、カテリナは慌ててキリッとした顔をした。少しだけお調子者なところはあるが、それも自分だとカテリナは思っている。なので、さして気にしてはいなかった。


「では、魔法の相性について述べてもらおう」

「はい。一般的には火>水>雷>地>風>火の相性で回っています」

「うむ、ではベイラス。弱点ではない相性の属性同士がぶつかった場合は、どうなる?」

「え? 俺?」


 ベイラスは困った顔をしながら立ち上がる。そして立ったまま、頭を抱えた。他の人にとっては、基礎中の基礎なのだろう。だが、自分には難問だと思っていた。

 しかしゲイルはそんなベイラスを諌めることもなく、じっと答えを待つ。傍から見たらとてもいい先生なのだが、指名された側からするとプレッシャーでしかない。ベイラスは頭を抱えて悩みに悩む。

 ……だが、いつまでも黙っているわけにはいかない。ベイラスは諦めて口を開いた。


「ぶ……ぶっ飛ばせばいいんじゃないか?」

「やれやれ……正解は、どちらにも優劣は無い、だ。魔法の威力などで差は出るがね」


 ゲイルが座っていいと手で合図をすると、ベイラスはほっとして席へついた。そしてフィルを見て、小声で呟く。教えてくれてもいいだろ、と。

 そんなことをしてもあの老教師を騙せはしないのだが、ベイラスは口を尖らせていた。なのでフィルも仕方なく、声を出さずに両手を合わせて謝っておく。


「次は、フィル」

「はい! すみません!」


 ベイラスの方を向いていたことを咎められるのかと思い、フィルは勢いよく立ち上がる。しかし、ゲイルは不思議そうな顔で見ていた。それに気付き、フィルもやらかしてしまったことに気付く。

 どうやら、普通に答えさせようとしていただけらしい。

 そう思ったのだが、やらかしてしまったという顔をしていたのは、フィルだけではなくゲイルものようだ。なぜかと今度はフィルが不思議に思ったが、その答えはすぐに分かった。


「あぁ、すまない。シュタイン、答えてくれるかな?」

「あ……はい」


 フィルが教室を見ると、他に二人立っている人物がいた。……つまり、そういうことだろう。

 この教室内には、フィルと名のつく人間が三人いる。名字で呼ばなければ、当然のように三人とも反応するのだ。

 慣れているとはいえ、嫌な気持ちが消えないまま、フィルはゲイルの質問に答えるのだった。



 午後、武術の訓練のために四人は校庭へと出ていた。この学校では、本人が望むあらゆる武器の使い方。それと必修として剣の教育がある。

 いつものように剣の授業が終わった後は、自由に行動していいことになっていた。その時間を待ち望んでいたかのように、フィルへ近づいて来る人物がいる。ベイラスだ。


「おーっし! やろうぜフィル! 今日は俺が勝たせてもらうからな!」


 ベイラスはやっとこの時間が来たと、フィルの肩へ手を回した。しかし、フィルにその腕を優しく退けられる。そんなフィルの態度に、ベイラスは首を傾げた。


「どうした?」

「ごめん、今日は先約があるんだ」

「先約? おいおい、俺以外の先約なんて聞いてないぞ? どこのどいつだ?」

「僕ですよ」


 そんな二人の間に割って入ったのは、ルアだった。朝に約束をしていたのだから、間違いなく先約と言えよう。しかし、ベイラスは渋い顔をした。

 明らかに嫌そうな顔をしているベイラスに、ルアはいつも通りの柔和な笑みを向ける。ルアが怒ることはほとんどない。そういう風に自分を制御しているのだが、本当に良く出来た友達だと、フィルは思っていた。


「そういうことですので、譲ってもらえますか?」

「いや、俺とフィルは毎日一緒にやってるんだぞ?」

「まぁまぁ、そう言わずに今日は譲ってくださいよ」

「駄目だ!」


 譲れと言われて、ベイラスは意固地になった。ルアが少しだけ困った顔で見ているが、そんなことは関係ない。ベイラスは絶対に譲らないと決めていた。

 しかし、そんな二人の間へ更に割って入る人物がいる。それは、カテリナだった。


「はいはい、なら私が提案しちゃいます!」

「おいリナ、今は俺とルアがだな……」

「いいからいいから。まずは、ルアくんとベイラスくんが勝負します。勝った方がフィルくんと勝負! どう?」

「なるほど、分かりやすいですね。僕は構いませんよ」

「へへっ、上等だ。ルアの黒星を一つ増やしてやるとするか!」


 二人はやる気満々で、武器を構えていた。フィルはその状況に感謝するべきなのか、結局勝った方と戦うのだから、変わらないのじゃないかと、なんとも言えない顔をする。カテリナはそんなフィルを見て、狙い通りだとにやりと笑い、フィルの手を掴んだ。


「じゃあ、二人の決着がつくまでは、私とフィルくんでやろう?」

「え!?」

「はい、それじゃあ行くよー!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 カテリナは、剣を構えてフィルも構えるのを待つ。しかし、それに気付いたルアとベイラスは、慌てて二人へ寄って来た。普通なら、ここで一時中断だろう。

 だがカテリナはそれを待っていたとばかりに、嬉々として三人へ攻撃を仕掛けた。素早く、華麗に、カテリナは三人へ斬りかかる。


「くそっ! 待て、チビスケ! 俺とルアの勝負がついてからだろ!」

「そうですよ! 抜け駆けはずるいです!」

「聞こえなーい! 三人纏めてやっちゃうから!」

「はぁ……三人の中で勝った人と、僕が戦えばいい?」

「駄目だ!」

「駄目です!」

「駄目!」


 フィルは三人に同時に否定される。そして、結局四人入り混じっての戦闘となった。ベイラスはいつも通り勇猛果敢に斧で攻めたて、ルアは距離をとって弓を射ようとする。フィルは巻き込まれないように、距離を保って捌きつつ逃げた。

 カテリナは本当に嬉しそうに、ベイラスの斧を華麗に捌き、距離を取ろうとするルアを逃さず、合間を縫ってフィルに斬りかかる。彼女の速さに勝てる相手は、一人もいない。完全にカテリナの独壇場だった。


 ……結果、なんとか守り抜いたフィル以外の二人が、リナにぼこぼこにされたところでチャイムが鳴る。 

 学校最強の騎士、カテリナ=フォックスの一人勝ちであった。

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