第6話

 カテリナの家へ通うようになり、一ヶ月が経つ。

 フィルがカテリナの家へ通う回数が増えることにより、比例するように広場へいる時間は減っていた。一日に一度は行っているのだが、ずっといた一ヶ月前とは比べモノにならない。それくらい、フィルは今の生活を楽しんでいた。

 その日もカテリナの家へ辿り着くと、門番と目が合う。フィルは少しだけびくびくとしながら、頭を下げた。


「おはようございます、フィル様」

「お、おはようございます。お邪魔します」


 フィルは門の前で、開けてもらうのを待つ。……しかし、一向に門は開かれなかった。普段はすぐに門番たちが門を開き、通してくれる。だが、その日は違った。兜で顔こそ見えないが、渋い態度で門番たちはひそひそ話をしていたのだ。

 もしかしたら追い返されるのだろうか? フィルは不安に思いながらも、そう考えた。元々場違いな人間であることは、フィル自身が理解している。こんな日が来るかもしれないと常に考えていた。

 仕方ないか、とフィルが俯いていると門番が近づいて来る。フィルは俯きながら、黙って門番を待った。


「申し訳ありません、ちょっとよろしいですか?」

「はい……いえ、大丈夫です。ありがとうございました」


 ちょこんと、フィルは頭を下げた。今日まで優しい態度で通してもらえたことが、奇跡だったのだ。現実へ帰ろう。どんよりと暗くなりながらも、フィルは振り向き帰ろうとする。だが、門番に声を掛けられて止められた。


「え? お待ち頂けますか? それとも、今日は別にご用事でも? なにかお嬢様に伝えたほうがよろしいでしょうか?」

「あの、帰ったほうがいいんですよね?」

「……もしかして、ご存じでしたか? 本日、カテリナ様のお父様。フォックス家の現当主がおられます。厳格な方ですので、一応教えておこうと思ったのですが……」

「お父様、ですか?」


 帰れと言われると思っていたフィルは、全く違う門番の解答に戸惑っていた。厳格ということは、怖い人なのだろう。それを教えてくれようとしてくれていただけだと知り、フィルは恥ずかしさから顔を赤くした。


「すみません、勘違いをしていました。お父様がいられるんですか? 自分が入っても大丈夫でしょうか?」

「厳しいところはありますが、お優しい方です。たぶん大丈夫だとは思うのですが……申し訳ありません。我々も伝えておこうと思っただけでして……」

「フィルくーん!」


 カテリナはいつもより来るのが遅かったフィルを見つけ、嬉しくなりぴょんぴょんと飛び跳ねるようにフィルヘ近づいた。心配していたが、別にどうということはなかったようだ。カテリナはそれが分かり、安心していた。

 僅か数分遅れただけなのだが、カテリナからすると一大事だ。カテリナに知り合いはたくさんいる。三騎士の末裔なので、上流階級の人間との付き合いが当然のようにあった。

 しかし、心を許している人。友達と呼ばる人は少ない。ベイラス、ルア、そしてフィル。この三人だけだ。だからこそ、いてもたってもいられずにここまで見に来ていた。


「もう、中々来ないから心配しちゃったよ! さ、行こう? 二人はもう来ているよ!」

「え、うん。あの、お話ありがとうございます」

「いえ、お呼び止めしてしまい申し訳ありませんでした」


 門番が門を開こうとすると、カテリナは待ちきれないとばかりに少し開いた隙間から飛び出し、フィルの手をとる。こうしたカテリナの気安い態度が、最近のフィルには少し気恥ずかしかった。

 それは年頃の少年独特の恥ずかしさだと言える。見た目はお嬢様といって差し支えない美しい少女に、毎日のように手を掴まれる。それは、胸を高鳴らせると同時にむず痒い気持ちを覚えさせていたのは当然のことだった。

 しかしカテリナは、そんなことを気にせず今日もフィルの手を引っ張る。


「今日はね、剣も魔法も使ってみようかって! ルアくんがやっと許してくれたんだよ? 最近魔法ばっかりだったから良かったよね!」

「え、大丈夫かな? 僕は魔法の訓練も楽しかったし、まだ魔法でも……」

「私の本当の戦い方を見せちゃうんだから!」


 カテリナはフィルの話を相変わらず聞かず、走り出す。門番は門を閉じながら、そんな二人へ頭を下げた。フィルもそれに気付いており、カテリナに引きずられながらも、頭を下げる。

 門番の二人はそんなフィルを見て、にこやかな顔で見送った。



 二人が裏庭へ辿り着くと、すでに戦いは始まっていた。


「おらあああああ!」

「近寄らせません!」


 果敢に斧を振り距離を詰めようとするベイラス。それに対し、弓矢と魔法で牽制するルア。距離は詰められず、距離は広げられない。二人はそんなジレンマと戦いながら、お互いの距離をとろうとしていた。

 矢を三本手に取り、連射する。しかし、そんなものでベイラスは止まらない。一本や二本当たったところで、少し足が鈍るだけだった。次の矢を番えるまでに距離を詰めてしまえば、勝ちは決まってしまう。

 だが、ルアも当然そうはさせない。矢を番える時間を稼ぐため、威力の低い雷球を数発撃ち出す。威力の高い魔法を放つ時間が無いためではあったが、足止めには十分だった。

 一発でも当たれば、ベイラスは少しだけ痺れて足が鈍る。本当ならば、その間にルアは距離を離したいのだが……。当然、ベイラスもルアに距離をとらせはしなかった。

 多少無理をしてでも、前へ出る。この無理をして距離を詰めた分があるので、ルアも距離を離すことができない。……お互いの実力は、拮抗していた。


「すごい……」

「二人の戦い方は参考になるよね。魔法を巧みに使うルアくん。魔法は苦手だけど、自分の体格の良さを活かしているベイくん」


 フィルはカテリナの説明を受けながら、二人の戦い方をじっと見る。自分があのようになれるとは思わないが、目が離せなかった。

 逆にカテリナは、説明をしながらも体をうずうずと動かす。自分ならどう攻めるか、自分ならどう防ぐか、自分ならどう避けるか。そう考えるだけで楽しくなってしまう。カテリナの口元には、自分でも気づかないうちに笑みが浮かんでいた。



 お互い決め手にかけており、戦闘は膠着状態となる。戦いながらもルアは考え続ける。どこかで賭けに出るしかない、と。

 逆にベイラスは考えない。この状況を変えられる秘策が、彼にはあった。なので問題は、それを使うタイミングだけ。そのときになれば体が勝手に動くはずだ。そんな確信があった。

 先に動いたのは、ルアだ。この状況に耐えられなかったのではなく、どうにかする方策が固まったからだった。

 ルアは矢を撃った後、後ろへ飛んだ。そして数発の弱い雷球を撃ち出すのではなく、少し威力の高い雷球を撃ち出した。数は一発だけであり、ベイラスが打ち払えば距離を詰められる。

 しかしルアは強めの雷球の反動を利用して、予想より遥か後ろへ飛び下がった。


(勝てる……!)


 そう思ったルアは、一本の矢を番えて雷を纏わせる。魔法を矢に載せて放つ得意魔法ライトニングアローだ。威力こそ押さえているものの、その速さは通常の矢とは比較にならない。当たることは確実で、当たればベイラスが吹き飛ばされることは間違いなかった。

 ……だが、ベイラスも待っていたとばかりに動く。魔法で一つの土塊を自分の前へ浮かび上がらせた。

 ルアはそれを見て、勝利を確信した。あれを撃ち出すほうが早かったとしても、自分の《ライトニングアロー》が土塊ごと吹き飛ばす。

 その自信から、矢を引き絞った時だった。ベイラスが、予想外の行動に移ったのだ。


「ぶっとべえええええええ!」

「は?」

「え?」

「えええええええええええええ!?」


 ルアも、フィルも、カテリナも驚いた。ベイラスは土塊を放つのではなく、斧でぶっ叩いたのだ。当然土塊は砕けて、礫となりルアに迫る。

 弾丸のように飛んでくる土礫に対し、ルアはすぐさま《ライトニングアロー》を中断した。そしてなるべく広範囲に広がるよう、雷を前方に放つことで迎撃する。

 雷に当たった土礫が、パンッパンッと音を立てて砕け始めた。それでも数が多かったため、二、三発の土礫が体に当たり、ルアは少しだけ顔を顰める。

 ベイラスは、その瞬間を逃さない。躊躇わず彼は飛び込み、ルアに向けて斧を振り下ろした。

 ルアは土礫で動きを止められ、距離も詰められてしまった。しかし慌てず、弓を放して腰元の剣を抜いて受け止めようとしたが……。

 ……ガキンッと音がした後、ルアの後方へカランと剣が落ちた。


「っしゃああああああああ! 今日は俺の勝ちだ!」


 ベイラスの絶叫が、周囲に鳴り響いた。小躍りしながら、ベイラスは喜んだ。フィルとカテリナも彼に惜しみない賛辞を込め、拍手をする。それに気付いたベイラスは、さらに喜び小躍りを続けた。

 ……ルアは剣を拾い鞘に納め、ふぅっと一つ息をつく。冷静に分析しなくても分かる。体勢が悪すぎた。あの状態ではベイラスの斧は防げない。つまり、自分の完敗だ。

 負けを認め、ルアはベイラスへ笑顔で手を差し出した。


「僕の負けですね」

「おう! どうだ! 見たか!」


 ルアの手を掴み、ぶんぶんとベイラスは上下へ振る。そこには敗者への気遣いなどといったものはなく、単純に喜びだけがあった。もう調子に乗っているなどといったものではない。俺が最強だと言わんばかりにベイラスは吼えていた。

 ベイラスがルアの手を放して、フィルとカテリナに駆け寄ろうとしたときだ。がっちりと手を握ったルアが、手を放してくれなかった。お陰でベイラスは、その場に押し止まらされてしまう。

 不思議に思いルアを見ると、彼は笑顔のままベイラスへ告げた。


「……僕が魔法を教えたお陰ですね?」

「ん? あぁ……いや、俺の実力だろ!」

「僕が! 魔法を! 教えたから! ……ですよね?」


 少しだけ、ベイラスは後ずさった。そして思い出す。ここにいる面々は負けず嫌いで、負ければ悔しがるということ。四人で例外はフィルだけだということを。

 しかし、今のベイラスにそんなことは関係ない。勝ったのだ。勝者は自分だ! そういう思いから、ルアの言葉を否定した。


「実力だ!」

「そうですね、実力です。認めます。僕の負けです。ですが、僕が魔法を教えていなければ勝てなかったですよね?」


 歳の割に成熟した考えを持つルアだったが、この時ばかりは歳相応の姿を見せていた。それがおかしくて、フィルは吹き出してしまう。当然それに気づいた二人が、じろりとフィルを見る。

 フィルはまずいと思い、慌てて口を押さえた。……だが、二人が見たのはフィルではない。二人が見ていたのは、フィルの隣で大笑いしているカテリナだった。


「あははは! ルアくんも負けず嫌いだね!」

「……別に悔しくはありません。負けたのは事実です」

「なら、ムキになることはないだろ?」

「なっていません!」


 カテリナはさらに笑い、二人のことをドンッと押しのけた。戦っていた疲れもあり、二人は体勢を崩して重なって倒れる。しかし、カテリナは全く気にしない。やっと場所が空いた、次は自分の番だ。そう思っていた。

 二人は当然のようにカテリナへ抗議をしようとしたのだが、すでに彼女の目は二人を見ていない。剣を抜き、普段通りの笑みをフィルへ向けていた。


「さ、やろう?」


 フィルは唖然としていたが、カテリナは待ちきれなかった。二人の激戦を見て昂ぶっていたこと、最近魔法の訓練ばかりをしていたこと、そして……剣と魔法を使い全力で戦えること。

 カテリナの胸には、歓喜だけが浮かび上がっていた。見据える先にいるのはフィル。他のことは目に入らず、些事に過ぎなかった。

 倒れていた二人も、こうなってしまえば仕方ないと分かっていた。だから抗議を止めて立ち上がり、距離をとる。お互いのことをよく分かっているからこそ、こうなったカテリナが止まらないことは知っていた。

 フィルはきょろきょろと辺りを見回した後、どうにもならないことに気付き、観念して槍を構える。もうやるしかないようだと、ぐっと槍を握る手に力を込めた。

 二人の準備が整ったことを確認し、ルアはベイラスに頷く。ベイラスも同じように頷いた後、高く右手を上げた。


「じゃあ……はじ」

「なにをやっている」


 突然現れた声に、飛び出そうとしていたカテリナは止まる。そして声の方向を見ると、その先にいたのは……金髪を後ろへ流し、背には赤いマントをつけた威圧感のある壮年の男性。

 フォックス家の現当主リスター=フォックス。つまるところ、父親がそこにはいた。

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