第5話

 アルダール王国の首都アルダール。四人は大陸でもっとも大きい町の通りを、歩いていた。カテリナを筆頭に、ルアもベイラスも、家紋のついた色とりどりのマントを靡かせている。

 ……しかし、フィルだけは居心地が悪そうにベイラスの後ろを隠れるように歩いていた。彼にとって町の人というのは、自分の名前を笑うだけの存在だ。もちろん、彼の名前を知っているどころか、名前すら知らない人のほうが多い。

 それでもやはり、フィルは肩を竦めて小さくなって歩いていた。


 町の中央の大通りには人も多く、店も大量に並んでいる。店だけではなく、屋台や露店といった形式の店も多かった。つまるところ、場所が足りないのだ。それほどに王都は活気だっていた。

 フィルは自分の場違い感を、広場から出ることで感じ取る。堂々と歩いている三人には眩いばかりの日が当たっており、影に隠れている自分とは違う人間だと分からされていた。

 肩で風を切るように歩き人の目を集める三人。その影で小さくなっている自分。まだ少年であるフィルにとって、そんな状態はつらいものだった。

 前の二人は、フィルの様子にはまるで気づかない。だが、ルアだけは普段とは違うフィルの様子に薄々気付いていた。

 歳の割に聡い少年であるルアは、さりげなくフィルの横へ並ぶ。理由は分からないが、強張った表情をしているフィルを見て、気を遣ったのだ。軽く肩を叩き、優しく声をかけるたのだが……フィルの反応は鈍いものだった。


「フィル、いい天気だね。リナちゃんの家までは少し距離があるんだけれど、疲れたかい?」

「……大丈夫だよ」


 唇は薄っすらと紫色で、顔も少しだけ白くなっている。明らかに大丈夫ではない。ルアは賢い少年だったが、フィルの異常の理由には気付かない。

 自信に溢れた歩き方、自然にとる一つ一つの行動。その全てが違う。産まれながらの違いというものを見せつけられているようで、フィルは余計小さくなった。周囲の目が、全て自分を見ているとしか思えない。


「……なぜあの三人とあの子が?」

「……一人小さくなっている」

「……英雄と同じ名前? そんなやつはたくさんいる」

「……肩を震わせて小さくなっているじゃないか。英雄の名前も落ちたものだ」


 そんなことを言っている人は、いない。だが聞こえてくる。フィルの頭の中には、三人と比べられている自分への罵倒だけが浮かび続けた。散々言われ続けた言葉が、少年の胸を締め付け、足取りを重くする。

 帰ろう。あの広場を出ては行けなかった。自分がいていい場所じゃない。

 自分で自分を追いつめるフィルの肩を、ガンッと掴んだ人物がいた。


「なぁフィル聞けよ! このチビスケがよ!」

「チビスケじゃないからね! ベイくんが大きすぎるの! えっと、あれだよ……大木!」

「おぉ、なんか強そうだな」

「悪口だよ!? もうベイくんはいつも私を馬鹿にして……! すぐにベイくんより大きくなって、ナイスバディな美女になっちゃうから!」

「チビからちょいチビに進化するのか。頑張れよチビスケ」

「もー! フィルくんもなにか言ってよ!」


 ベイラスは肩へ腕を回したまま、巧みにフィルを盾にしてカテリナをおちょくっていた。カテリナもカテリナで、フィルの空いている手を掴みぶんぶん振り回している。

 肩に回された腕が心強く、掴まれた手が温かい。フィルの心が少しだけ落ち着きを取り戻す。

 少しだけ顔色の良くなったフィルを見て、ルアもほっと胸を撫で下ろした。


「フィル、言ってやっていいですよ? それを言うならウドの大木だろってね」

「え、うん。大木じゃ、ただの木だよね」

「……ベイくんのウドの大木!」

「いや、教えられてから言われてもな……」


 カテリナは頬を膨らませ、ベイラスはそれを見てさらに笑う。それは彼らにとっては日常だったが、フィルにとっては初めての経験で、すごく新鮮で、とても優しいものだった。

 ルアはいつも通り一歩引いたところから三人を見て、小さく笑う。異変に気付いた自分はどうにもできなかったが、気付いてすらいなかった二人がフィルを笑わせてくれていた。一人では無理でも、三人ならどうにかできる。

 三人で良かった。ルアは素直に幼馴染である二人を、誇らしく思う。……しかし、それは一瞬だけだ。すぐに、大切でかけがえの無い幼馴染たちを見て頭を抱えた。


「フィルくんは私の味方でしょ!? 私の次に小さいから!」

「フィルは男だから、すぐでかくなるかもしれないだろ! 俺の味方だ!」

「えっと……二人とも仲良くしよう?」


 両側から引きちぎろうと言わんばかりにフィルを引っ張る二人を見て、ルアは溜息をつく。そして半泣きなフィルと目が合い、助け舟を出すのであった。



 大通りを真っ直ぐ城の方へ歩き、城の近くで曲がる。すると、その場所は混雑とは無縁な静かな場所だった。当然フィルはここら辺に来たことはない。明らかに格の違う住居へ住む人たちと、縁などあるはずもなかった。

 王都では、城の周囲には有力な貴族が家を構えている。城から離れれば離れるほど、貧富の差は大きくなっていく。そして城の近くにあるカテリナの家は、フィルの想定以上で空いた口が塞がらなかった。

 大きな家は、まだいい。自分の家が五つも六つも入りそうな大きさの屋敷だったが、それはとりあえず置いておこう。それ以上に驚いたのは、庭の広さだった。この庭に家を建てれば、100人以上の人間が住めるのではないだろうか?

 人が引き締めあっている場所で生きてきたフィルに、建物と広い庭、大きな門が威圧感を与える。門の前には鎧と槍を見につけた門番までおり、怒られるのではないかと思ってしまう。

 しかし、三人は平然と門へと近づいた。


「ただいまー」

「お帰りなさいませ。……見覚えのない方がいますが、お友達ですか?」

「そうだよ、名前はフィルくん! これからよく遊びに来るから、覚えておいてね?」

「畏まりました。門を開きます」


 門番は門を開き、四人を通す。だが通るときに、フィルをじろりと見た。実際は顔を確認しようとしただけなのだが、フィルはびくりとする。兜の中から見え隠れてしている目が、彼には恐ろしかった。

 一瞬足が止まってしまったフィルの手を、小さな手が掴む。彼女はにっこりとフィルへ笑った後、門番を見た。


「私の友達だからね? 忘れないでくれる?」

「もちろんです」

「そう、ならいいけど……気を付けてね?」

「……はい、以後気を付けます」


 門番がフィルの顔を確認したのは、顔を覚えるためだけではなかった。"フィル"と呼ばれた少年に、悪い意味で興味があったのだ。ありふれている英雄と同じ名前の少年を、お世話になっているお嬢様が連れて来た。そういった興味心から見ていたのだ。

 ……そしてそれを、カテリナは見抜いていた。普段こそ何も考えていないような様相の彼女だが、ただの天然お嬢様ではない。町での視線は稀有なものを見る目だったが、門番の視線は違った。

 それを見抜いていたからこその叱責だ。門番もこのお嬢様が、只者ではないことが分かっている。なので、すぐに謝罪の言葉を述べた。


「フィル様、申し訳ありませんでした」

「いえ、あの、大丈夫です」

「ごめんね、フィルくん? 門番さんたちもお仕事だったから、ちょっと嫌な目だったと思うけど許してあげて?」

「うん、僕は大丈夫だよ。お仕事お疲れ様です」


 丁寧に門番へ頭を下げているフィルの手を取り、カテリナは引っ張った。先ほどまでとは違い、少し怒った様子で引っ張り歩く。理由に薄々気づいていたベイラスとルアは、やれやれと肩を竦めて二人を追いかけた。

 門番たちも門を閉じ、四人を見送る。そして、自分たちの非礼を反省した。お嬢様の友人にする態度ではなかったと。なによりも、そんな失礼な態度をとった自分たちへ、丁寧に頭を下げる少年へ取る態度ではない。

 二人の門番は目を合わせ少しだけ頷いた後、少年への態度を反省しつつ仕事へと戻ることにした。


 四人は門を抜け、屋敷へと進む。……かと思ったのだが、カテリナが案内したのは裏庭だった。裏庭といっても、たくさんの木々が生い茂っており、小さな森のようになっている。

 フィルはきょろきょろと辺りを見回していたが、ベイラスはぶんぶんと準備体操代わりに腕を回す。そして、指を差しながら誰とやるかを考えていたら、ルアに背中をぽんっと叩かれた。


「どうした?」

「ベイラス、分かっていますよね? ここなら広く危険も少ないから来たんです」

「ん……? お、おう、分かってるぞ? で、誰からやる? やっぱりフィルとやるか!?」

「魔法の訓練です」

「……魔法は、また今度にしないか?」


 ベイラスが嫌そうな顔でそう言うと、カテリナもうんうんと頷いた。実際のところ、カテリナは魔法が使いたくないわけではない。剣と魔法、両方混ぜての戦闘訓練が行いたいのだ。

 魔法だけでは、先ほどのように制御に失敗してルアに怒られるのは分かり切っている。だから、やりたくなかった。

 しかし、そんなことはルアもお見通しだ。


「今日は魔法の訓練。もう少し慣れたら武器と魔法を合わせての訓練に移行します」

「う、うん。分かってるよ? でも、それは明日からでも……」

「二人は乗り気じゃないみたいですし、当分魔法の訓練ですかね?」

「よし、やるぞチビスケ!」

「頑張ろうベイくん! ……チビスケじゃないから!」


 二人は意気揚々と腕を回しながら離れて行く。本当に分かっているのかは少し疑問が残るのだが、ルアはとりあえず気にしないことにした。

 この場所なら広さも十分にあるので、撃つ方向さえ間違わなければ問題は起きない。そう、森や家にカテリナが魔法を撃ちこむなんていう大ポカを、昔のようにしなければ問題はないはずだ。

 あのときは、すごく怒られた……。思い出しつつルアが頭を掻くと、なにをすればいいか分からずに困っているフィルが目に入る。

 二人に教えるよりも、よっぽど見所があり素直そうな新しい友人を見た。困った顔をしているが、彼との出会いはルアの心も軽くしてくれている。問題児じゃない友人とは、これほどまでに心を軽くしてくれるのか。ルアはそう思いつつ、フィルへにっこりと笑いかけた。


 カテリナとベイラスがぎゃーぎゃーと騒ぐ中、ルアはフィルと魔法の訓練をする。フィルは魔法の制御がうまく、暴走しない。しかし、それが逆に壁となっていた。


「もっと威力を出しても大丈夫ですよ?」

「う、うん。やってる……つもり、じゃ駄目だよね。頑張るよ」


 フィルの魔法は制御こそされているものの、脅威となる要素にかけていた。もちろん威力などというものは、これから上げればいい。まだまだ伸び盛りの子供だ。

 しかし、制御に失敗する子供が多いのに、なぜここまで抑え込んでしまうのだろうか? ルアはそのことについて、フィルを見ながらゆっくりと考えていた。

 先天的なものか後天的なものかは分からない。自分を抑え込んでいることで、魔法も抑えられてしまっていた。自信の無さ、境遇、あらゆる要素が重なったものであることは想像に容易い。

 しかし、それがルアには不思議だった。

 フィルは槍の才能に長けている。魔法だって、制御だけを見れば、すぐに自分と同じレベルになるだろう。ここまでの物を持っている彼が、自分を押さえ込んでしまう理由とは?

 それが分からなかった。


 ルアは知らない。三騎士の末裔としての苦労は、当然彼にもあった。だが、子供ながらに名前のことで追いつめられ、ガンタなどという無法者に虐められる日々を過ごしたことはない。

 同じだけ辛い思いをしていたとしても、そのベクトルがまるで違うため、フィルのことを理解し切れない。……しかし、ルアはそれを少しだけ喜ばしく思っていた。

 分からないことを知ったとき、自分はまた一つなにかを得られる。そう思い、フィルを理解しようとしながら魔法を教えることに集中した。

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