第4話

第四話


 フィルが三人に笑うことができるようになってから、四人は毎日のように広場へ集まっていた。広場でやることは当然訓練。切磋琢磨する、とはこのことだろう。剣・槍・斧・弓。各種違う武器を取り扱っている四人は、各々の技術を伸ばしていた。

 特に、フィルの成長は目覚ましかったといえる。自分と同年代とはいえ、遥か上の力量の三人と日々研鑽することにより、その技術はどんどんと伸びていた。目覚ましい成長、才能が開花していく様は、共に過ごす三人から見ても嬉しいものだった。


 だがその日、カテリナはいつもと少し違った提案をするつもりで笑っていた。彼女の中では、よりフィルが強くなるために必要なことだと疑っていない。だからこそ、平然とした顔で三人に告げた。


「ねえ! 今日は魔法ありでやらない?」

「魔法……?」

「そう! 魔法を組み込むことで、幅が広がるよ!」


 三騎士の末裔の中で、もっとも魔法に長けているルアは渋い顔をした。またカテリナが妙なことを、事前に相談もせずに決めている。彼からすると慣れてはいるが、頭が痛い案件だった。

 逆に一番魔法が苦手なベイラスは、その提案を聞いて嬉々と笑う。魔法は苦手だが、肉体強化系の魔法に長けているため、自分がより実力を発揮できるようになるからだ。

 そして……フィルは、困った顔をしていた。しかし、困った顔をしていてもカテリナに押し切られるだけである。まだ長い付き合いとは言えないが、そんなことはフィルにも分かっていた。

 なので、正直に打ち明ける。


「リナ、僕は魔法ってほとんど使ったことがないんだけれど……」

「そうなの? 私は火! ルアくんは雷! ベイくんは地! フィルくんはどの属性が得意?」

「……一応、風だよ」

「なら、風の魔法をどんどん使っていこうね!」


 ルアは困りつつも思った。カテリナの言ったことで、間違っていることはほとんどない。彼女がそう言いだした以上、魔法の技術を戦闘に取り入れるべきなのだろう。

 ルアもベイラスも、彼女に振り回されるうちに強くなった。だから、疑ってはいない。……しかし、いつも突然過ぎる。

 今は、ルアがフィルに剣の技術を教えていた。槍だけでなく、剣も使えたほうがいいから教えていたのだが、彼女はそれが不服だったのだろう。剣の技術では、カテリナに勝る人間はここにいないと断言できる。

 しかし、カテリナの剣技は天性のものであり、性格上人に教えることにも向いていない。なので、一番丁寧に教えられるルアが教え、フィルもルアに従っていた。

 ……彼女からすると、面白くない。フィルを(なぜか)気に入っているカテリナは、自分で教えてあげたい。なのに、いつも気付いたらルアが教えている。そんな状況を変えたいという気持ちからの提案だったことは、火を見るより明らかだった。

 本能のままに生きているとは、リナのことだろう。ルアはそう思い、頭を抱えた。


「じゃあ、誰からやる?」

「リナちゃん、待ってください。まずは魔法をどれくらい使えるか。そこから始めませんか?」

「えー……」


 実戦形式が大好きなカテリナは、ルアの提案が不服だった。やって覚えればいい! そのうちできるようになる! 彼女は、そう信じて疑わない。でもルアの提案にフィルも全力で頷いているのを見て、渋々と従った。

 ちなみにベイラスはというと、魔法で自分の身体強化をしてやる気満々になっている。胸を叩きながら、まるで強度を測っているようだ。

 そして、そんな二人を見てルアは大きく溜息をつくのだった。


「本当にフィルがいてくれて良かったです」

「え? そう言ってくれるのは嬉しいけど、なにかしたかな?」

「いてくれるだけでいいんです」


 フィルにはルアの真意は分からなかったが、悪い気はしないので、笑顔で頷いた。


 それから四人は広場の端へ移動し、ルア先生の魔法講座が始まることになった。

 ルアが三人の前に立ち、三人は座ってルアを見る。遠目に見ると、青空教室みたいなものになっていた。

 普段はまるで言うことを聞かない二人が、口を尖らせながらも座って聞いていることに満足しながら、ルアは話し始めた。


「では、まずは基礎的なところをやりましょう。魔法とは、自分の中にある魔力を変換し放つこと。まぁ、こういうことです」


 ルアは手を前へ出し、魔力を集める。そして薄っすらと光る手の平から、小さく弱い雷を人がいない方向へ打ち出した。

 パチパチと音を立てた稲光は少しだけ進み、すぐに消える。説明のため、基礎中の基礎をやって見せた。


「では、まずこの基礎を全員行いましょう。僕はフィルくんのサポートをします。リナちゃんは火球を出し、留めてください。極力小さくお願いします。ベイラスは地の魔法で、土礫を飛ばす練習ですね」

「えー……小さいの、苦手だな」

「肉体強化だけで良くないか?」

「駄目です。魔法を組み込むなら、まずは練習です。始めてください」


 二人は嫌そうな顔をしながら、距離をとって練習を始めた。フィルはどうしたらいいか困っていたが、ルアに肩を叩かれて立ち上がる。

 教えてくれるのがルアで良かったと、フィルはほっとしながら彼の指示を待つ。安心して聞くことができる相手に教わることができる。それは人見知りなフィルにとって、なによりもありがたいことだった。


「それでは、基本的なところからやりましょう。まずは手の平に魔力を集めてください」

「うん。こうだね」


 翳したフィルの手が薄っすらと光る。それを見て、ルアは満足気に頷く。他の二人と違い、とても素直に話を聞いてくれるフィルは、ルアにとってもやりやすい相手だった。

 次にやることは放つこと。手の平に集めた魔力を、風の魔法に変換して打ち出させることだった。


「威力は押さえて打ち出してください。大丈夫、失敗しても僕がフォローします」

「分かった。ふぅー……はっ!」


 一度深く息を吐いたフィルは、取り立てて苦労することもなく風を打ち出す。そしてそれは広場の壁に当たり、消えた。威力も制御されており、なんの問題もない完璧な魔法だ。あまり使ったことがないと言っていたが、教えることもないくらいだった。


「問題ありませんね。制御もできていましたし、後は戦闘に組み込む方法を考えましょう」


 ルアがそう言った瞬間だ。広場の中に、カテリナの声が響く。

 何事かと二人がカテリナを見ると、とても慌てながら涙目でルアを見ていた。


「あー! 駄目駄目! ルアくん! どうしよう! もう撃っちゃうよ!?」


 カテリナが翳した両手の前には、彼女の胴ほどもあろうという火球が浮かび上がっていた。あれほどルアに小さくと言われていたのに、全然実戦できていない。それもそのはずで、魔法の制御がカテリナはとても苦手だった。

 こうなる可能性も考えてはいたが、ルアもさすがにぎょっとしてしまう。

 普段ならば途中で止めるのだが、フィルを見ていたことで気づかなかったこともあり、いつもより遥かに大きい火球となっていた。


「リナちゃん落ち着いて! 魔力を絞るんです! 小さく、細く!」

「無理無理無理! ……ごめん限界、ルアくんなんとかして!」


 カテリナはぺろりと舌を出して、ルアへ向かい火球を打ち出した。ルアならなんとかしてくれるという信頼からだが、打たれたほうはたまったものではない。

 ルアは慌てながらも、自分へ向かってくる火球へ雷球を打ち出した。二つの球体はぶつかり合い、小さな爆発が起きる。これで終わり……そのはずだった。

 しかしいつも以上に大きかった火球は、ルアの魔法で小さくなりながらも、そのままルアへ向かって飛んでいた。


「げっ。ルアくん避けて!」

「さ、避けたら火事になりますよ!? なにを考えているんですか!?」


 もう一度魔法を撃って防ぐ時間は無い。ルアは少しでもダメージを減らそうと、自分を両手で庇う。だが、そんなルアの前に立つ人物がいた。……フィルだ。

 フィルは慌てて両手を火球へ向け、風の魔法で止めようとした。風の魔法は火の魔法と相性が良いこともあり、なんとか押しとどめることができる。火球も少しずつ小さくなっているので、なんとか軌道を空へずらそうとフィルは試みた。

 ……だが、そこでまた予想外なことが起きる。集中して魔法の練習をしており、状況に気付いていなかったベイラスの魔法が、してしまったのだ。よりによって、火球を受け止めているフィルの足元で。

 いきなり地面が隆起し、フィルは体勢を崩す。体勢を崩したことによって、想定外の方向に逸らされた火球は……ベイラスへ向かい、真っ直ぐ飛んだ。


「おい! 見たか!? 今、うまいこと地面が盛り上がって……あ?」

「ベイラス! 避けてください!」


 ルアが慌てて言葉をかけたが当然間に合わず、火球はベイラスの胸部へ命中した。

 さすがのルアも走って駆け寄り、フィルもおろおろとしながらベイラスへ近寄る。命中させた張本人のカテリナは、すでに泣いていた。

 ……しかしベイラスは、火球が命中した胸元を軽く手で払って平然としている。むしろ、少し自慢気な顔をしていた。


「ふんっ! どうだ? やっぱり、肉体強化魔法は大事だろ!」

「……ベイラス、怪我は?」

「ん? おぉ、少し服が焦げたな!」


 ベイラスはむず痒そうに、胸元を掻く。周囲からしたら、無事で良かったとしか言えない状況だったが、ベイラスにとっては大したことではなかった。そもそも普段からあの火球を訓練のときに、大きさこそ小さいものの何発も撃ちこまれている。魔法が得意でないが、常に肉体強化魔法を使っていたことが功を奏した。

 ルアは肉体強化魔法を使っていたことを誉めるべきか、魔法で攻撃することと肉体強化を器用に両方使えないのだから、どちらかに絞って使うよう言うべきか悩む。

 ……しかし、泣きながらベイラスに抱き着くカテリナを見て、口をつぐんだ。


「ベイくん良かった! ごめんね! もっと練習するから!」

「はっはっは、心配するな! 何発でも受けてやる!」

「本当!?」

「……いや、やっぱり練習はしてくれ」


 反省しているのか反省していないのか、もしかしたら両方かもしれないカテリナを尻目に、フィルは救急セットを持ってベイラスへ近づいた。

 普段から生傷が絶えない生活をしていたので、必需品として持ち歩いていた。怪我ばかりしていたというのは頂けないが、訓練をする以上怪我をすることもある。今回は、その準備が良い方向に働いた。


「ベイ、傷を見せてくれるかい?」

「大丈夫だ、こんなの舐めておけば治る」

「いいから!」

「お、おう」


 いつもとは違い強い口調で言うフィルに押されて、ベイラスは指示に従った。フィルは手馴れた手つきで怪我を調べ、火傷用の軟膏を出す。そして服を捲り上げ、優しく軟膏を塗った。


「ちょ、ちょっと待て。冷たい! くすぐったい!」

「大人しくしててよ! ……大丈夫そうだね。薬も塗ったし、これで大丈夫だよ」


 ベイラスは服を捲られた妙な恥ずかしさなどもあったが、真剣なフィルの表情を見ていたのでなにも言わなかった。ほっとした笑顔を友から向けられて、それを無碍にすることはできない。

 そして感謝の気持ちから、素直に礼を述べた。


「ありがとな、フィル」

「うん、でもリナには驚いたね……」

「そうですよ! リナちゃん! 下手したら、火事になっていたんですよ!? ここで始めた僕にも責任がありますが、気を付けてください!」

「ご、ごめんなさい……」


 カテリナはルアに怒鳴られ、小さくなる。元々小さい彼女が小さくなっているのだ、小動物が震えているかの如く小ささになっていた。

 さすがにそんな姿を見ては、ルアもそれ以上言うことができない。やれやれと、溜息をつくだけだった。


「……でも、ここで魔法の訓練はできないね。危ないって分かったし」

「ごめんね……」

「まぁしょうがないだろ。別の場所を探すか?」


 三人が悩んでいると、小さくなっていたカテリナがぴょんっと飛び上がり両手をパンッと合わせる。

 その音に反応した三人がカテリナを見ると、彼女は嬉しそうに言った。


「なら、うちでやろうよ!」


 ルアとベイラスは悪くない提案だと頷いていたが、フィルだけは顔が曇っていた。三騎士の末裔の家に、招待されたと言ってもいい。果たして自分が行ってもいいのだろうか?

 ……フィルは悩んでいたのだが、そんなことには誰も気付かない。三人は歩き始めているが、フィルだけは止まっていた。

 しかし、カテリナは全く気にせず普通に戻って来て、フィルの手を掴んだ。


「なにしてるの? さ、行こう」

「う、うん」


 この場所で、待たなければ行けない。またあの人と出会うために。そうも思っていたのだが、少しくらいならいいかな? そうも思ってしまう。

 フィルは結局のところ、三人へついて行き広場を出た。


 そんなフィルを遠巻きに見守っていた銀髪の女性がいた。彼女は嬉しそうに笑っているフィルを見て、自分も笑う。そして振り向くことなく、その場を立ち去った。

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