第3話

 ショッピングモールのテンプレートに漏れず、太名嘉ショッピングモールは郊外にある大型ショッピングモールである。大きな街道があるものの、近くに駅はなく最寄り駅までは歩いて20分はかかる。

 そして、その周辺は未開発地区が多い。太名嘉という地域を活性化させるための第一弾のプロジェクト。それが太名嘉ショッピングモールであったのだ。

 太名嘉ショッピングモールのグランドオープンから二ヶ月ほどしか経っていない現在は、人が住んでいる場所はなく開発途中のビル群が並んでいるだけとなっている。


「だから、異変に気付く人はいないと考えた方がいい。ケータイも圏外になってて使えないし、ここの中から外に情報を出すことはできない」


 麻央はそう分析した。

 外からの助けは来ない。自分たちの力でなんとか切り抜けるしかないのだ。麻央の分析を聞いて他の3人の顔が引き攣る。脳内では分かっていたこととはいえ、実際に断言されると心理的に重いものがある。


「つまり、どうするの?」


 亜里沙は喉を鳴らしながら麻央に尋ねる。いつマネキンたちがやってくるか分からない状況。それが亜里沙にプレッシャーを与え続けていた。少し早口、且つ、小声になってしまうのも仕方のないことだろう。


「もう一度、1階に降りる」


 麻央の宣言に亜里沙の顔が恐怖に歪んだ。先ほど、彼女らが居たのは1階である。衣料品店、そして、フードコートや食料品店など多くの店舗が混在した1階。そして、衣料品店が多いとなれば、そこに飾られるマネキンもまた多い。

 命からがら逃げてきたというのに、なぜ恐怖の1階に戻らなくてはならないのか?

 亜里沙が口にした疑問に麻央は答える。


「さっき言ったけど、ここは助け所か人が来るかも怪しい場所。2階から窓を破って飛び降りても誰も助けに来ない。飛び降りて足でも捻ったら、逃げ切ることはまず無理。そして、マネキンたちが動けるのがモールの中だけじゃなくて敷地内だと仮定したら?」

「何もできずに捕まる……ね」


 言葉の続きを引き取った優奈に麻央は頷く。


「だから、1階に降りて入口のガラスを破る。それぐらいしか外に出る方法はない」


 それで、ここに来たのかと加奈は納得して傍にあった商品の金属バットを手に持った。心の中で『ごめんなさい、全部終わった後にお金はキチンと支払います』と店の従業員に謝り、金属バットに巻かれていたフィルムを取り外していく。

 今、彼女らが居る場所はおもちゃ専門店だ。マネキンは衣料品店に比べ圧倒的に少なく、例え、そのマネキンが動くことがあっても子どもの大きさがほとんどであり対処が楽であると予想されるために、ここを一旦の拠点とした。


「少し短いかな」


 加奈は手に持つ金属バットを見て、感想を漏らす。60cmと少しの長さの金属バット。高校の体育祭や文化祭の打ち上げで行ったバッティングセンターで使ったバットと比べて、今、手に持っているものは随分と頼りない。

 『でも、武器があるだけマシか』と加奈は溜息をついて結論を出す。

麻央の提案がなければ、素手でマネキンと戦わなくてはならない。空手を習っていた麻央ならばともかく、武道の心得が全くない自分と優奈、そして、亜里沙がマネキンを殴りつけることができると加奈は楽観視できなかった。

 だからこその武器。子ども用の金属バットは武器足り得ない見た目であるが、何もないよりは攻撃能力は間違いなく上がる。マネキンは麻央の蹴りで体勢を崩すことができたので、金属バットでもマネキンに有効な威力はあるだろう。

 加奈に続いて、他の3人もそれぞれバットを持つ。


「作戦はまず、2階から1階に降りる。そして、奴らがいなさそうなフードコートを通り抜けて右側にある自動ドアのガラスを金属バットで叩き割ってモールの外に出る。外に出たら太名嘉駅まで走って駅員に事情を伝えて警察を呼ぶ」


 麻央の言葉に、その他の面々は無言で頷く。


「行くよ」


 再び頷き、麻央に続いた3人は彼女に続いて大型玩具店の店舗内からショッピングモールの廊下へと出た。

 薄暗く、そして、友人が殺されると言う恐怖の体験を経験した彼女たちの心を萎ませるには外までの長い道は十分な効果があった。全員の足が止まる。


「ねぇ、加奈」


 後ろから優奈が加奈に声を掛ける。


「もう一回、円陣を組まない? 今度は小さな声でもいいから」

「そう……だね」


 加奈は自らの頬を軽く叩いて気合いを入れると、右手を差し出す。その上に麻央、亜里沙、優奈が掌を重ねていく。


「絶対脱出。せーの……」

『おー』


 声は小さかったが、彼女たちの足は動きを取り戻す。こんな所で死んでたまるか。強迫観念にも似た生への執着。それは彼女たちにとって、今一番必要なものであった。

 絶望的な状況でも諦めない心。それが、この状況を打ち砕く希望になり得るのだから。


「行こう」


 加奈の合図で彼女たちは歩き出す。

 前方には加奈と麻央が、その後ろには優奈と亜里沙がつく。もし、マネキンたちが四方から来ても、背を合わせ正方形のポジションでお互いがお互いを守り合うことができる。


「止まって」


 と、麻央が声を上げた。


「まずは上から下の状況を確認する。私と加奈が見るから、優奈と亜里沙は後ろと横からマネキンが来ないかどうか見張っていて」

「うん」


 背中を優奈と亜里沙に任せ、麻央と加奈は階下に視線を向ける。大きな廊下には数体の白いマネキンが佇んでいた。幸いなことに、マネキンたちは動く様子もなく彼女たちに気づいた様子も全くない。マネキンたちの顔は真正面のみに向けられており、もし、彼女らが止まっているエスカレーターから1階に降りたとしてもマネキンたちの視線が彼女らを捉えることはないだろう。


「加奈、そっちからは見える?」

「ううん。こっちからも見えるのは廊下だけ。肝心のフードコートの方は見えない」


 麻央は溜息をつく。


「やっぱりか。行って見なきゃ分からない、か」

「そう、だね。どうする? もう少し様子を見てみる?」


 加奈は営業時間が終了したことで動きが止まったエスカレーターの手すりに掴まりながら、身を乗り出して1階の隅々に視線を走らせる。

 彼女らが目標としているのは、ショッピングモールの中ほどにあるE-2東中央の出入り口だ。彼女らがそこを目標としたのには意味がある。

 E-2の出入り口に到るには2つのルートがある。その1つは太名嘉ショッピングモールの中心を割るようにある大きな通路、センタールートと呼ばれるもの。そして、もう1つがフードコートの中に伸びている比較的小さな通路である。


 マネキンたちは衣料品店に多く置かれている。そして、その衣料品店の多くがセンタールートに集中している。センタールートを挟むようにして置かれた衣料品店の全てからマネキンたちが自分たちを襲ってきた場合のことを考え、麻央は衣料品店がないフードコートの通路を通ることを決めた。


「変わった様子はないね」


 加奈は呟く。どうしてもフードコートの様子を見ることはできない。


「行くしかない、か」


 そう麻央が呟いた瞬間、ポーンという音が2階に響いた。突然、鳴った音に4人は体を強張らせる。4人は音が鳴った方向に目を向けた。

 オレンジ色に点灯しているランプ。

 エレベーターだ。営業時間が終了したにも関わらず動いている。その意味にいち早く気がついた麻央は唇を震わせる。


「走れ!」


 麻央が声を出した。弾かれるように3人が麻央に続くと同時に扉が開いたエレベーターからマネキンがぞろぞろと出てくる。

 止まったエスカレーターを駆け下りる少女たちを捕まえるべくマネキンたちも全力で走る。ショッピングモールの中に響くのは彼女たちと後ろを追うマネキンたち。しかしながら、その音は他のマネキンたちに存在を気づかせるのに十分な大きさだった。

 エスカレーターを駆け下りた彼女たちの前には1階にいたマネキンたちが迫っていた。


「邪魔だ!」


 麻央は勢いを緩めることはなく金属バットを目の前のマネキンへと振るう。金属と木材がぶつかり合う。その勝者は金属であった。

 大きく体勢を崩されたマネキンは床に倒れ込み動かなくなる。その隙を付いて、4人はフードコートへと足を向けた。フードコートの入り口までは残り10m。そして、後ろから聞こえる大きな転倒音からして、麻央が殴り倒したマネキンに追って来ていたマネキンたちが足を取られたのだろう。

 これで、あとは2体。

 彼女らを追っているマネキンは元々1階のセンタールートに佇んでおり、麻央に倒されるマネキンよりも駆け付けるのが遅かった2体のマネキンだけ。


 逃げ切れる。

 10mを駆け抜け、フードコートの廊下に足を踏み入れた加奈はそう確信した。目の前にはマネキンの姿は見当たらない。そして、追って来ているマネキンは数が少なく、自分たちより足が遅い。そして、100mほど逃げ切れば体力が尽きるマネキンの性質上、出入り口のガラスを叩き割る時間も取れるハズ。


「ハッハッハッ」


 息は多少上がっている上に、後ろからはマネキンが追ってきているが加奈は希望を抱くことができた。大丈夫だ、絶対に大丈夫だ。自分たちは助かる。

 加奈はそう信じた、信じることが正しいことだと思っていた。

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