第35話 あきらめ脳
大会へ向かう電車の中、亀井先輩は3DSのマリオをしていた。
「昨日の腕、大丈夫ですか?」
と聞くが
「今、はなしっ、かっ、けんなっ」
集中している。
ボスとの戦いの最中だったようだ。
結局その後も、ちゃんと聞くタイミングがないまま、大会は始まった。
先に行われた団体戦は、2回線で負けた。
うちの高校は軽量級の選手ばかりで、90キロ超の選手がざらにいる強豪校と当たると勝ち目はない。順当である。
それにしても、亀井先輩の動きは良くなかった。
やはり、あの時僕が腕に大きなダメージを与えてしまったのだろうか……?
「うちは個人戦勝負だから、体力温存だな」
という試合後の言葉は、言い訳なのか、本心なのか。
その後の個人戦、僕も亀井先輩も、同時進行で各階級の試合が行われるため、お互いの試合をちゃんと見ることができない。
僕は60キロ以下級、亀井先輩は66キロ以下級だ。
第一試合の直前。
「昨日の感じでいけ」
と、一言だけ亀井先輩は言った。
「わかりました」
僕も一言で答えた。
腕のことはもう聞かなかった。この人は、聞いてもはぐらかすに決まっている。
昨日の亀井先輩との仕合いで分かったのは、僕の脳みそのことだ。
僕の脳みそは、右脳と左脳の間に「あきらめ脳」という変わった脳みそが存在している。辛い、負けそう、勝っても仕方がない、そう思うと、右脳と左脳の働きが止まり、あきらめ脳に思考がバトンタッチされる。
そのバトンが渡された瞬間、僕には大きなスキが生まれやすい。
また、バトンが渡された後の僕の思考の中心は「この場を、楽に終えること」になる。勝つことではない。自覚はなくとも、守り一辺倒になり、体力を使わない動きになる。
なんとなくわかっていたことだが、昨日はっきりした。
僕が、今日の試合で戦う相手は、対戦相手ではない。自分自信だ。
使い古された言葉の意味が、よくわかった。
いかにして、「あきらめ脳」にバトンを渡さず、勝つことにこだわるか。
「勝利」以外を考えず「勝利」に執着して冷静に戦えば、僕は亀井先輩より強いのかもしれない。
そして、亀井先輩は早い時期にそれに気付き、僕にアドバイスをしてくれていたのだ。
亀井先輩が認めてくれた僕が、他の同じ階級のやつに負けるわけがない。
自分自身に言い聞かせた。
昨日の感覚を思い出す。
熱くなる頭を冷静に。
勝つことに直結する動きを割り出して、その通りに動くだけだ。
不思議と緊張はしなかった。
「勝とう」ではなく「勝つ」という確信があった。
その確信のもとに自分が動くと、相手も自分の思ったとおりに動く。
不思議な感覚だった。
これを、先輩は言っていたのか。
僕は、試合中に、笑っていた。
結果、すべて1本勝ちで、その大会の個人戦1位となった。
次は全国大会である。
「お前、本当に新宅か?」
顧問に言われた。
それほど、外から見ても、僕の動きが変わったのだろう。
決勝戦が終わり、僕の優勝で盛り上がる部員たちに
「亀井先輩は?」
と聞く。
盛り上がる一同が、一瞬で静かになる。
「ああ……だめだったよ」
副主将が答えた。
「まあ、次の世代がここまで活躍してくれたら、先輩としては言うことねえよ。お前を次の主将に選んでよかった」
帰りの電車で、亀井先輩はまた3DSのマリオをしていた。
行きの電車とほとんど変わらない様子だ。
そうか、今から試合が始まるのか。全部夢だったのか。僕が優勝するはずなんてなかったのか。
そう思ってしまうほど、行きと変わらないナチュラルな先輩に、僕は何を言っていいか分からず、話しかけられなかった。
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