第24話 そんなんありかよ

 つくしのように見えたそれは、地面から伸びた長い首と、その先についた頭だった。

 妖怪ろくろっ首。あれは首がうねうねと曲がったり伸びたり縮んだりするが、こいつの首は曲がらないし、伸びないし、縮まないようだ。

 「ムーミン」に、「ニョロニョロ」という白い棒のようなキャラクターが出てくるが、あっちのほうが近いかもしれない。でも、これはかわいくない。

 顔の高さはだいたい僕と同じくらい。身長170センチほどだ。その顔以外のほとんどが首である。


 あまりの異形に、誰も叫ぶことすらできなかった。


 首と地面の接点近く、地上から20センチほどのところで首は地面に向けて3又に別れ、その先はそれぞれが太い1本の指になっていた。爪が付いている。音楽の譜面台のような仕組みで立ってバランスを取っているようだ。

 ずる、ずる、という音の正体はこの指が地面を擦りながらゆっくり移動してくる音だった。動くたびに、その顔がぐらぐらと揺れる。


 上に付いている顔は、もちろんヒウラタクロウのものだ。


 生首が動いているようで、先ほどのカレイよりもさらに気味が悪い。 


 最初の1匹の姿が見えた時点で、「逃げ出したいのに足がすくんで動けない」という状況だった。その後ろからさらに5匹の同じ形をした「プロデューサー」が出てきたため、それに立ち向かおうと言う気持ちは、僕には起きなかった。


 鍵野さんの右手の小さなハサミが震えている。


「新宅くん、私もう無理」

 彼女はその場にへたり込んだ。

 僕は何も言うことができなかった。6匹のバケモノの姿がこの世のものとは思えず、正視できずにいた。


「あいつらを、倒せばいいんだな」

 宮澤は、前を見て言った。

「気味が悪いだけで、なんとかなるんじゃないか」

 なんて冷静なやつだ。まあ、考えるまでもなく、あいつらを殺すしか道はないんだけど。


 確かに奇怪な姿である事は僕達を萎縮させるには充分すぎるほどだが、その運動能力は低そうである。移動速度もゆっくりだし、攻撃してくるとしても、噛むぐらいだろう。口にだけ気をつけて、例えば、思い切り殴れば、案外なんとかなるのではないだろうか。


「そうだな。やってみようか」

「はあ、なんでこんな事になんだよ…」

 そう言って、宮澤は笑った。初めて笑顔を見た。この状況、楽しいのか……?

「何笑ってんだ」

 そう宮澤に言われたのは僕の方だった。

 あれ、僕も笑っている。


 実は、気が合うのかもしれない。


 ゆっくり近づいてくる先頭のバケモノとの距離は、もうあと5メートルほどにまで縮まっていた。


 ヒウラタクロウの表情は、やはり暗く、小さな目は死んでいる。しかし、さっきのカレイの時はいきなり吠えて噛み付いてきたから油断はできない。

 

 宮澤が一歩踏み出した。


「うらっ!」


 思い切り先頭のつくしの茎を、足の裏で蹴った。

 これで首が折れてくれれば良かったのだが、そううまくはいかなかった。


 地面と接している3本の指が、どういう仕組みなのか、全く地面から離れない。そこを支点として顔が半円を描くように後ろに倒れ、頭が地面に打ち付けれれる直前で止まり、起き上がりこぼしのように戻ってきた。


 戻った反動で宮澤の方に顔が突き出てくる。その表情は、死んだ顔ではなく、殺意を滾らせた恐ろしい表情だった。


「うわっ」


 宮澤はギリギリで避けた。

 

 ヒウラタクロウは、その怒りの目を宮澤に向けたまま、ぐらぐらと頭を揺らせている。後ろに続く5匹も、もうすでに同じ表情になっている。やる気だ。


 でも、相手がこの動きならなんとかなるかもしれない。

「鍵野さん、起きて。戦ってみよう」

「うん…」


 鍵野さんを起こす。

 とりあえず、有効な武器といえるものは彼女のハサミだ。思い切り首に刺してみたらさすがに効くのではないか。


 そんな事を考えていると、先頭のヒウラタクロウが、こちらを向いて大きく口を開けた。

 口の中に何かが見える。

 黒く光る筒がある。その筒は先端がこちらを向いていて、正面からだと穴の中が見える。それはまるで……。

 嫌な予感がして僕は鍵野さんの手を引いて横に走った。


「ドン」


 凄まじい破裂音がした。


 僕の元いた場所の後ろに、火花が散る。


 これは、初めて聞く音だが、多分発砲の音だ。


 あいつの口の中には、銃がある。


 そんなんありかよ。

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