第23話 なんでも人に聞くな

「俺はここで死のうが生きようがどっちでもいい」


 宮澤はそう言ってチョコを口に含んだ。


 死んでもいいと思う人って、本当にいるのだろうか。

 何か大きな事を成し遂げるためとか、大切なものを守るためとか、そういった理由から生まれる「死んでもいい」なら、わからないこともない。でも彼の場合は違う。

 自殺するにも「自殺する」という行為にエネルギーが必要である。

 生きていくにももちろん必要だ。

 宮澤はそのどちらにもエネルギーを使いたくないという感じだった。

 高校生でそれだけ人生を諦められるなんて、どんな精神構造をしているのだろう。


 ギイ、とトイレのドアが開く音がする。


 僕は固まった。


 やっぱり来た。


 さっきの巨大カレイが脳裏をよぎる。


 この場所からだと、トイレは見えない。


 鍵野さんも、ドアの音に気付いて固まっている。


 ★をつけた分だけ「プロデューサー」が来る。

 と、さっきのラジオでは言っていた。僕は鍵野さんに3つ、鍵野さんは僕に3つの★をつけたから、ここで使用された★の数は合計6つである。


 先ほどの巨大カレイは、僕がヒウラタクロウの小説に★をひとつつけたから1匹だったのだとすると、今度は6匹出てくる計算になる。


「鍵野さん」


 僕が言うと、彼女はバーコードリーダーをカバンから出した。

 武器になるのは、これとあと……。


「バーコードリーダー、持ってきてるか?」

「ああ……、これ?」

 宮澤も薄いカバンに入れていたリーダーを出した。良かった、持ってきている


「それ持って、こっちに来てくれ」


 何を読み取るのかによって、変身後の武器は変わる。

 勝てるかどうかは、何を読み取るかにかかっている。 


 商品棚を見回すが、どれがよいのかまったくわからない。さっきはあさりの味噌汁で針付きあさりになったから、元の商品の特徴が武器に何かしらの形で影響する事は間違いない。攻撃力の高そうなものはどれだろうか。


 ずる、ずる、と這うような音がする。ひとつではない。複数だ。

 さっきのカレイの時と、音の種類がちがう。


「おい、何か来てるぞ」

 宮澤が言う。


「さっきのラジオ聞いてなかったのか、『プロデューサー』だ」

「★をつけたら出てくるとか言ってなかったか?」

「僕たちはお互いに★を付け合った。だから出てきたんだ」

「なんだよそれ。お前らのせいかよ」

「そうしなけりゃ助からないんだ!」


 ずる、ずる、ずる、ずる、と、音が近づいてくる。


 さっきはもしかすると、★をつけた小説のタイトルが「カレイ」だったからカレイの化物が出てきたのかもしれない。今回は、僕も鍵野さんも小説にタイトルすらつけていないし、本文も未記入だ。その場合何が出るのだろうか。


 近くにあった文房具のコーナーから、ハサミを取った。これなら攻撃力がありそうだ。鍵野さんに渡す。

「これ、読み取ってみて」

「わかった」


 ピッという音と同時にリーダーが光った。


 光が収まると、鍵野さんの右手が、ハサミになっていた。


「小さっ」


 本物よりさらに一回り小さいサイズだ。


「……失敗だな」

「新宅くんが決めたんでしょ!」


 バランスの悪いバルタン星人に見える。

 刃の長さは、5〜6センチくらいだ。致命傷を与えるのは難しそうである。


 まずい。

 これ、ハズレだ。


「おい、どうなってんだそれ」

 宮澤は、鍵野さんの右手の変身にさすがに驚いている様子だった。


「失敗だ。宮澤、もうなんでもいいから、商品読み取ってくれ!」

「はあ、なんで?」

「いいから!」

「俺の腕もあんなになるのか!?」

「早く! もうこれでいいよ!」


 僕は手元にあったB5のノートを宮澤のバーコードに当てた。


 一瞬の光のあと、彼の右手は罫線の入った大きな一枚の紙になっていた。

 タテ・ヨコ1メートルほどで、サイズはノートより大きいが、見た感じの質感はただの紙だ。

 これもハズレかもしれない。

「げ……なんだよこれ」

「まずいな……」

「元に戻るんだろうな」

 宮澤が動くと、彼の右手が一瞬遅れてペラペラと動く。

「ああ、これを武器として使えば、ちゃんと戻るさ」

「こんなのどうやって武器にすんだよ」

「僕だってわからないよ! なんでも人に聞くな」


 ずる、ずる、ずる、ずる。


 6つの音は、もうそこまで来ていた。

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