第15話 人面魚

 先輩の事を思い出しているうちに、タバコは半分近くまで灰になっていた。

「逆側のポケットに灰皿あるから、取って」

 鍵野さんの左手のタバコも、根本近くまで灰になっていた。

 僕は慌てて、いわれた通りに携帯灰皿を出して彼女に差し出す。

 これじゃあまるで召使いじゃないか。


 鍵野さんと僕の2本の吸い殻を灰皿に入れて、カバンにしまった。

「あのサイトから、反応はない?」

 言われてスマホを見る。ページを更新するが、解決策となりそうなレビューは見当たらない。逆に、鍵野さんと同じ状況になってしまい、困っているようなレビューがいくつかあった。

「オレンジジュースを読み取ったら右手がオレンジの樹になった」

「カミソリを読み取ったら、右手がでかい刀になった」

「たけのこの里を読み取ったら、右手がたけのこ状のドリルになった」

 など、読み取った商品によって変身の仕方が変わるらしい。

 どうも、あさりはかなりハズレっぽい。


「あー、もうこのまま動けなかったらどうしよう。新宅くん、私のこと介護してくれる?」

「介護って、鍵野さん元気じゃんか」

「でもここから動けないんだよ? おばあさんと同じ」

「分かったよ、元に戻るまでは面倒見るから」

「約束だからね」

「はいはい」

 なんだか言われるがままだ。

「あ、『バーコードリーダーの解除方法』だって」

 更新ボタンを連打していたスマホに、それらしきレビューが掲載された。

 レビュー主は「オオイシタツル」という人物だ。

「何、どうすればいいの?」

 鍵野さんが、あさりに縛られた可動範囲の限界まで身を乗り出す。

本文には「一度武器化したバーコードリーダーは、武器として使用しないと元に戻らない。ちなみに、ひとつの小説にレビューできるのは1回だから、僕もあなたもここにはもう書き込めない。詳しいことは、僕の小説ページに書くから、そこに来てください」とある。


「このあさりを、どうやって武器として使用すればいいんだ……?」

「これで思いっきり新宅くんを殴れば元に戻るのかな?」

 思いっきり、をつける必要はあるのだろうか。

 それにしても、このオオイシタツルといい、さっきのフジナカマコトといい、なぜこの世界についてここまで詳しいんだ? 本当に知っていて書いているのか、ただのデタラメなのか、そこからしてわからない。


 ギイ、とドアの開く音がした。


 鍵野さんと目が合う。

「今……」

「聞こえたよね?」

 聞き間違いではなさそうだ。

 もう一人誰かがいたのか?


 音がしたのはトイレの方で、レジからは死角になっている。

 一体誰だ? チキングの話では、もともとひとつのコンビニにつき一人の高校生がいるはずだから、ここにもう一人いる時点でおかしい。


 僕達の気づかない間にコピー機から一人移動してきていたのか?

 それとも、最初から実は2人いたのか?

 しかし鍵野さんのリアクションを見る限り、彼女にも心当たりはなさそうだ。


 僕は、恐る恐るトイレの方へ移動する。

 ドアが、開いている。

 そのドアの前、地面に茶色い染みがあった。

 いや、染みではなかった。

 これは、カレイだ。カレーではない、魚の。


 しかもただのカレイではない。

 全長が2メートル近くある。普通カレイはここまで成長しない。なんなんだ、この世界は魚介類が異常発達するのか。


 しかし、大きさ以上に奇怪なのは、その顔だった。

 顔の部分が人間の顔になっている。


 昔、僕が小学校低学年くらいの時、人面魚に話しかけて育てるゲームを見たことがあるが、それを思い出す。あれも気味が悪かったが、これはもっと気持ち悪い。床にびたっとくっついて、そこからにゅっと首と顔が出ている。

 顔が、こちらを見た。


 鳥肌が立つ。

 小さな目、薄い髪。

 これは、さっき見た写真と一緒だ。

 ヒウラタクロウの顔だ。

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