第14話 ロレックス
亀井先輩は高校生なのになぜかロレックスをしていた。
自分で買ったわけじゃない、父親にもらったんだ。と言っていたが、言い訳になっていない。普通、父親にロレックスはもらわない。
先輩のクラスメイトが同じ型のものをスマホで検索したら、中古でも140万の販売価格だったそうだ。中には「ニセモノだ」と言う奴もいたが、近くで見ていると、本物にしか出せない輝きのようなものを感じた。少なくとも亀井先輩がつけている間は、本人の色気と相まって本物にしか見えなかった。
僕が柔道部に入って3ヶ月ばかりの頃。3年生が引退し、2年生の亀井先輩が新部長になり、新たな体制で活動していた。練習が終わって着替えていると、そのロレックスがなかった。盗まれた。練習中、着替えはかごに入れて放置だ。夏だったので窓は開けたままだった。入ろうと思えば誰でも入れた。これだけ不用心な状態が許されるのも、基本的に手持ちの貴重品が少ない高校という場所ならではなのだが、亀井先輩のロレックスは、その環境において不自然に目立っていた。自業自得ともいえる。
「大丈夫、あれはニセモノだ」
と、先輩は笑って言った。
「入学からずっと着けてたから、……だいたい450日くらいか。まあ、高校生のモラルもなかなかのものじゃないか。1年は持たないと思ってたから、見なおしたよ」
自分の時計が盗まれるまでの日数を、予測して楽しんでいたのだ。何者なんだこの人は。
しかし、ニセモノだったとはいえ、あのロレックスは、僕の中では本物だった。時計は、何をつけるかじゃなく、誰がつけるかなんだな、と知った。
翌日から、先輩は3日間夏風邪で学校を休んだ。
4日後、登校してきた先輩の顔にはアザのようなものがあった。
本人は熱があってフラフラしていて転んだとしか言わなかったが、ロレックスを盗まれたことに対してキレた父親に殴られたのだという噂もあった。真相はわからない。
やっぱりあれはニセモノではなかったのではないか。
それならそれで、何百万のロレックスを盗まれても取り乱さず、笑って「ニセモノだ」と言ってのける精神がすさまじい。どっちに解釈しても、亀井先輩は僕の想像を超えた人物だった。
先輩の背中を、僕は追い掛けた。しかし、追いつける気配などまるでなく、むしろ離され続けて半年が過ぎた。
「お前は、試合中に急に諦めるクセがある」
と先輩に言われた。
「もう疲れた、とか、勝てそうにない、と思うと、攻めることを辞めるんだ。自覚はないかもしれないが、組んでる相手には伝わる。それじゃ勝てない」
図星だった。
相手が格上だったり、自分が疲れていると、試合をするフリをして、時間が経つのをただ待つような、消極的な戦い方になる。その心のスキをつかれて投げられる。それは僕自身分かっていた。
「新宅、お前は体より心を鍛えろ。そうすれば、すぐ俺を超える」
「無理です、先輩には勝てません。階級も先輩の方が上だし」
「ほら。諦めた。こういう場合は、もしそう思っても、腹に力を込めて『わかりました、先輩を超えます』って言うんだよ。言霊って知ってるか?」
「はあ……」
「約束しろ。これから毎日、朝起きた時と、練習の前と、寝る前の3回『亀井を超える』って10回言え。それだけでいい。これならできるだろ」
「まあ、言うだけなら……」
1日に計30回、「亀井先輩を超える、亀井先輩を超える、亀井先輩を超える……」と唱え続けた。
結果として、そのさらに半年後、僕は全国大会で優勝する。
しかしこの結果は、僕がすごいのではない。亀井先輩がすごいのだ。
その優勝した大会の帰り、先輩は事故で死んだ。
超えるべき人が消えた。
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