第9話 まるでチョウチンアンコウ
「福山東ってどのへん?」
「広島の東の方。ほとんど岡山」
ああ、なんとなく思い出した。ばらのまち福山。
東京から、どんだけ離れたんだ。
やっぱり、ここは想像を超えた異世界だ。
少なく見積もっても500キロ以上は離れている東京ー広島間を一瞬で移動できるなんて。これも、この世界が作られた方法が応用されているのかもしれない。
コピーアンドペースト。
コピー機
関係あるのだろうか。
僕がコピー機の前に行くと、鍵野さんも付いてきた。先程僕が出てきた時は開いていたスキャナーのガラスはぴったりと閉まり、どこにでもあるコピー機へと戻っていた。
僕を吐き出した大きな口を閉じて、ただのコピー機に擬態している。獲物を待つチョウチンアンコウのようで不気味だ。
タッチパネルを見ると、やはり他のボタンに混じって「移動」がある。こっちの世界では、どのスマイルのコピー機にもあるのかもしれない。
「ほら、このボタン。これで僕はここに来たんだ」
「確かに、こんなボタン見たことないかも…」
鍵野さんがボタンに手を伸ばそうとする。瞬間、ニワトリ大洪水が脳裏に蘇る。
「危ない!」
反射的にその手を掴んでしまった。
「どうしたの?」
「いや、ごめん。これ、一回押すと多分大変なことになるから、あんまり触らない方がいい」
「そうなの…?」
詳しくは聞いてこなかったが、納得のいかない様子で鍵野さんはレジの方へ歩き出した。
「もうすぐ10分経つんじゃない?」
バックルームは生活感に溢れていた。
机の上には、店員のものであろうカバンや、雑誌、ジュース、お菓子などが散乱し、床には商品のダンボールや、それらを詰めたプラスチックのケースが積んであった。簡潔に言うと、汚い。
10分。授業の休み時間と同じ長さだから、体に馴染んでいると思いきや、全く読めない。もう10分経ったような気もするし、まだ5分と言われればそんな気もする。先ほどのラジオでは「バックルームに来てください」と言われただけで、10分後に何が起こるかは予想もできない。僕達ふたりは、会話もなく、ただそわそわした。
何が起きるかも分からないけど、言われた通りの場所に来る。
なぜこうなったかわからないけど、他に情報がないから唯一の情報を信じるしかない。
小学校低学年時の道徳の授業だ。善悪の判断を自分でつける材料を持たない中で、「これは善」「これは悪」と結果だけ大人に教えられる。従わざるを得ない。そして、なぜそうなるのか、と自分で考えることのできない大人への階段を1歩登るのである。
「あ」
監視カメラの映像を流すモニターが突然消えた。
「何、どうしたの?」
鍵野さんが不安げに聞いてくる。
「あれ」
僕が指差すと、モニターは、真っ白な画面になった。そこにアニメのニワトリが登場する。王冠をかぶってマントを羽織り、なんだか偉そうだ。見覚えがある。こいつは確かスマイルバードの唐揚げパッケージにプリントされているキャラクター。名前は知らない。
ニワトリは、勢い良く喋り出した。
「やあやあ諸君! ご苦労様。これからこのゲームの説明を担当させてもらう、『チキングくん』だ。まあ、よろしく頼む」
チキンとキングを掛けているのであろう安いネーミングだ。でも、チキンって、生きた鳥ではなく、鶏肉の意味だったはず。こいつ王様なのに食われる運命をネーミングが表している。というか、唐揚げのパッケージな時点で王様だろうがなんだろうが、食用としてしか見られていないわけだが。
「まずはじめに伝えておくと、こっちの世界には10000人の高校生がいる。いわゆる『人間』という生き物は、この10000人オンリーだ。他に『人間』とカウントされる生き物は存在しない」
いちまん…。全国のスマイルの中に、たまたまいた不運な高校生の数が10000人だったということだろうか。
「『こっち』と『あっち』の世界の説明は、スマ子様がして下さったはずだから省くぞ」
スマ子様…。王様が「様」つけるなんて、スマイルナビゲーターは、実はめちゃくちゃ地位が高かったのだろうか。
「そして、いいか、まず大切なことを伝えよう。この10000人の中で、元の世界に戻れるのは、7人だけだ」
7人。
ニワトリの王は、絶望的な数字を口にした後、ニヤッと笑ったように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます