第6話 まさか授業

 真っ暗に見えたコピー機の中は、入った瞬間明るくなった。


 蛍光灯の明かりが見える。そして広い。


 …コンビニだ。


 僕はガラス面の開いたコピー機から顔だけ出していた。

 戻っただけ?

 まあ、無事でいるだけましかな…。


 いや、どうも違う。棚のレイアウトがさっきとは違うし、あのニワトリの群れもいない。

 先程とは違うコンビニのコピー機の中にいるようだ。

 コンビニからコンビニへの移動…?


 内装を見ると、僕のさっきまでいたコンビニと同じ「スマイルバード」というコンビニチェーンだ。同じポスターや、コーヒーメーカーが置いてある。オレンジを基調としたイメージカラーのコンビニで、全国でも最大規模だったはず。「スマイル行こーぜ!」というCMが一昔前に流行った。


 僕は這い出して、まずはドアの前に行く。ここは自動ドアではなく、自分で押して明けるタイプのドアだ。これなら開くかもしれない、という淡い期待はあっさり裏切られ、押しても引いても開かない。


「くそっ」


 確かに「移動」はしている。しかし、「コンビニに閉じ込められている」という状況は全く変わっていない。


 外の景色を眺める。見覚えのない道だ。近所ではないようだ。近所の「スマイル」を思い出すが、どれもこんな場所ではない。

 ガラス戸を見ると、店舗名が白い文字で書いてある。外から読めるように書いてあるので、こちらから読むと左右反転しているが、「福山東店」と書いてあるようだ。福山か…。


 何県だっけ。


 聞いたことのある地名だが、どこだったか思い出せない。僕はもともと東京の国分寺店にいたから、かなり遠い事は確かだ。


 一瞬で長距離の空間移動。だがもう驚かない。僕以外が全員突然消えたり、電子レンジからニワトリが溢れ出たりする様を見ている。ニュートンだのアインシュタインだのが作り上げた物理の常識が通じない世界に、僕はいるのだ。彼らの研究は、申し訳ないが今なんの役にも立たない。


 ガサ、と棚の向こうから音がした。


 ニワトリ?! と一瞬思うが、多分違う。ニワトリなら僕がここに来た瞬間からうるさいはずだ。電子レンジも見るが、扉は閉まっている。

 今になって音がするということは、これまでは物音を立てないようにじっとしていたということだ。それは「意志」がなければできない。


 僕以外に誰かがいる。


 怖さが半分あったが、音のした方へ近づくと、僕から逃げるように、足音が棚の反対側へ回りこんでいく。


「誰かいるんですか?」


声をかけてみた。

2〜3秒の間があり、返事が帰ってくる。


「あなた誰?」


 女の声だ。


「あのー、僕はシンタクといいます。新しいに宅急便の宅で、新宅です。東京から来ました」


「東京から?なんで東京の人がここのコピー機の中にいたの?」


「いや、コピー機の中にいたわけじゃないんです」


「だってさっきいきなり出てきたじゃない!コピー機の中から」


「そう見えたかも知れませんが、実はそうじゃないんです。信じてください」


「コピー機の中に隠れるのが趣味なの…?」


「だから違うって」


 まずい。女性にコピー機の中に隠れる性癖のある変質者だと思われている。まあ確かに、いきなりコピー機の中から男が出てきたら、隠れるだろうな。僕でもそうする。


「驚かせてしまったなら謝ります。でも隠れていたわけじゃないです。あのコピー機は、空間を移動するトンネルになっているみたいなんです」


 必死で説得する。


「どういうこと?」


 僕は、東京のコンビニにいて、閉じ込められてしまったこと、コピー機を使うことによって空間を移動できたことをざっくりと話した。


「納得してもらえました?」


 足音が棚のこちら側にまわってくる。ゆっくりと棚の影から出てきたのは、制服を来た女の子だった。


「高校生?」


「あなたも?」


 そういえば僕も高校のブレザーを着ていた。


 その時、店内に流れていたBGMが止まった。


「キーンコーンカーンコーン」


 大音量のチャイムが鳴る。何が起きたんだ? まさか授業でも始まるのか?

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