第5話 あっちへ行け
レジの前に着いて、音の発生源を確かめようとすると、唐突に電子レンジの扉が開いた。中から白い何かが飛び出してきた。
「うわっ!」
つい叫んでしまう。なんだ今のは? 白の中に、黄色や赤色も見えたような気がする。
レジの中を覗くと、動いている。
動物だ。
鳥だ。
ニワトリだ。
その上に、もう1匹落ちてきた。またニワトリ。
続いてもう1匹、2匹、3匹。
どんどん電子レンジの中からニワトリが押し出されてくる。
最初にこのコンビニに来た時に開けて中を見たが、普通のレンジだったはずだ。もちろんニワトリもいなかったし、これだけの量の動物が入るほどの容積もなかった。
「コッ、コッ、コッ、コッ」
特有の鳴き声を上げながら、すでに10羽以上になったニワトリたちが、レジの中を歩きまわる。1秒に1匹以上のペースで次々と出てくる同じ生物に圧倒され、僕は立ち尽くした。
一人でいるのは嫌だったが、こんな展開も嫌だ。普通に生きてきたはずなのに、なぜこんな目に遭う?何か悪いことしたか?
レジの中に入って電子レンジの扉を閉めようとするが、中からのニワトリの圧力に負けて閉まらない。圧迫された分、勢いよく2羽のニワトリが同時に飛び出してくる。でたらめにボタンを押したり、ツマミを回したりしてみるが、何も起きず、ハイペースで出てくるニワトリはレジの中を埋め尽くそうとしていた。たまらず、カウンターを飛び越えて商品棚のスペースへ戻る。
これだけ至近距離でニワトリを見たのは初めてだが、思った以上にでかい。そして、なんとなく怖い。何を考えているのか分からない目が怖い。多分何も考えていないのだろうが。
「コッ、コッ、コッ、コッ」「コッ、コッ、コッ、コッ」「コッ、コッ、コッ、コッ」「コッ、コッ、コッ、コッ」
複数のニワトリの鳴き声が輪唱し、店内のBGMをかき消す。レジのスペース一杯に広がったニワトリの上にさらにニワトリが重なり、顔を踏まれたニワトリが羽をばたつかせる。庭には二羽ニワトリがいる。ここには何羽ニワトリがいる?
どうすることもできずに見守っているうちに、ニワトリはレジのスペースから溢れ、こちら側にどんどん流れてくる。一切止まる様子はない。
ニワトリの洪水だ。
「コッ、コッ、コッ、コッ」「コッ、コッ、コッ、コッ」「クエーッ!」「コッ、コッ、コッ、コッ」「コッ、コッ、コッ、コッ」「クエーッ!」「コッ、コッ、コッ、コッ」「コッ、コッ、コッ、コッ」「クエーッ!」
なんなんだこいつらは。気持ち悪い。あっちへ行け。
近づいてくるニワトリを蹴って遠ざけようとするが、また別のニワトリが来る。気付くと、前も後ろもニワトリだ。囲まれている。どうする、どうする?
「ピー」
ニワトリの鳴き声に混じって電子音が聞こえる。さっきのコピー機だ。
早く中に入れ、と急かしているのかもしれない。「移動」のボタンを押したことが、このニワトリ洪水のきっかけだったのだろうか。まあ、タイミング的にそうとしか考えられない。でもあの暗闇の中に頭から入るのは怖い。何があるかわからないし、このニワトリ以上の恐怖が待っているのかもしれない。反面「移動」という言葉は、閉じ込められた僕にとって魅力的でもある。現状を打開するにはそれしか手はないのかもしれない。でも……、怖い。
そう悩んでいる間にもニワトリは増殖を続け、いよいよコンビニの床全体が白と赤で埋め尽くされていた。
このままではあと10分後には、僕はニワトリたちに押し潰されて窒息死するのではないだろうか。数ある死に方の中でもこれは最低に近い。そんな最期を迎えるぐらいなら、もう、ここに飛び込んでみるしかないか…。
僕は、ニワトリたちを足で掻き分け、コピー機の前に来た。
今さらもしニワトリの発生が止まったとしても、この環境では生きていく自信はない。選択肢はひとつだ。
呼吸を落ち着かせようとするが、うまくいかない。あ、また笑っている。
笑う理由はもう、今僕の置かれたシチュエーションがおかしいから、というだけだ。客観的に見れば、ギャグでしかない。本当、笑っちゃうわ。
ニワトリの水位は、太ももまで達しようとしていた。時間はない。
笑いを無理やり押し込め、深呼吸をしてから、僕は暗闇の中に飛び込んだ。
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