第4話 チン
さて、何をしようか。
ペットボトルの棚から水を1本取って飲む。これは万引きか? いや、もうそんなこと考えてる場合じゃない。
1口、2口と飲むうちに、また不安が体を包む。
ここには多分、配送のトラックなどは来ない。とすると、この店の中にある商品の総数は決まっていて、増えることはない。減るだけの一方通行ということになる。つまり、この1口1口が、ゼロへのカウントダウンとなるのだ。
水道があるとはいえ、いつまで出るかも分からない。出なくなれば水分はこの棚の中の現物しかない。僕はボトルのキャップを閉めて、元に戻した。
3時間かけて、ノートに食料の種類・在庫・賞味期限を書き出した。
無駄にゆで卵の個数が多い。ゆで卵。そこまで需要があるのだろうか。賞味期限はあと3日〜5日と短いので、早めに食べておきたいところだが、コレステロールも気になるところだ。…気にしてどうなる、とは考えないようにした。
結果、1256種類もの食品(飲料・お菓子・アイス等含む)がこのコンビニには販売されていることがわかった。予想以上に多い。コンビニとは、半径1キロ圏内に住む老若男女のニーズをすべて満たすことが目的と聞いたことがあるが、この品数を見ると、それも可能かもしれないと思う。
作業に没頭するのは、良いことだ。一時的にでも今の状況に蓋をすることができる。蓋の隙間から不条理と不安の混ざった異臭が出てきそうだが、必死でうちわで扇ぐように、商品名をノートに書き写す。今だけは、不安はどこかへ消えてくれ。
ノートへの転記が終わると、やることがなくなった。外は暗くなっていた。まずい、不安が来る。
何か作業が欲しい。意味なんてなくていい。このノートだって、本当は何の意味もないのかもしれない。いや、多分ない。正直に言えば、完全にないと分かっていながらやっていた。でも、それを続けるしかなかった。
次の作業…、次の作業…。
とりあえず、取ったノートのコピーを取ることにした。意味? そんなもの必要ない。作業が欲しいだけだ。
コピー機のスキャナーの上にノートを置く。
タッチパネルを「コピー」→「白黒コピー」→「B4サイズ」と押していくと、「投入金額が不足しています」と出た。こんな状況でも金取るか。コピー機を殴りそうになったが、やめる。機械に罪はない。おとなしく財布を出して10円を入れた。これは一体誰の収益になるのだろうか。
次にパネルに表示されたのは、「用紙が足りません。係の者にお申し付け下さい」だった。いねえよ。コピー機に背負投げをかましたくなったが、無理なのでやめる。機械に罪はない。
違うサイズの用紙ならいけるかもしれない。画面を戻って縮小コピーのボタンを探す。すると、あるボタンに気がついた。「コピー」や「FAX」のボタンに混じって「移動」という文字がある。こんなボタンあったっけ? ていうか移動ってなんだ?
気になって押してみると、次に出てきた選択肢は「上」「下」「右」「左」だった。
「右」を押してみる。
「しばらくお待ち下さい」と表示された。
次の瞬間、コピー機のスキャン用のガラスが真ん中でふたつに割れ、割れた部分が開いていく。これ、ただのコピー機じゃない。こんな機能聞いたことない。
半歩、後ずさると、パネルが点滅していることに気付く。
「移動可能です。頭から中へお入り下さい」と出ている。
コピー機に入ることが、移動になるということなのだろうか。ありえない。ありえないけど、今の状況がもうすでにありえないのだから、ありえるのかもしれない。
ガラスの空いた部分を覗くと、中は異様なほど暗かった。暗い、というより、黒い、という表現のほうが正しいほど、店内の蛍光灯の光がこの中には届いていない。異空間…?
「チン」
レジの方から音が鳴り、驚く。お弁当が温まった? 誰の? どのお客様の?
ここには僕しかいない。僕は電子レンジを使っていない。なぜ、鳴る? 他に誰かいるのだろうか。
コピー機のことも気になるが、こちらの方も気になる。僕は、恐る恐るレジの方へ近づいていった。
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