第2話 割れない
実は夢でした、という王道の展開があるが、頬をつねるまでもなくこれは夢ではない。こんなに意識がはっきりした状態で夢なはずがない。現実だ。まぎれもない。
僕のいるこのコンビニから人がすべて消えた。コンビニのまわりからも。僕だけを残して。
誰もいない中で冷静さを装う必要もなく、僕は取り乱した。一度見たトイレや通用口をもう一度見ながら、走り回り、叫ぶ。
「誰か、助けて!」
自分の声が反響するだけで、パニックを加速させるだけだが、
「誰か!」
それでも叫ぶことをやめられない。
実はなにかのドッキリ企画で、一般人をこうやって驚かせるという企画だったとしてもいい。企画の趣旨は最低にゲスいが、それならいい。ほら、これだけ取り乱してるんだから、そろそろ仕掛け人が出てきてもいいんじゃないか? 最高のリアクションをしているだろ。
意味が無いと思いながらも、電子レンジを開けてみたり、戸棚を開けてみたりするが、何も見つからない。絶望が深まるだけだ。
そのまま1分経ち、2分経ち、叫び疲れた。
ドッキリだったとしても、外の交通までストップさせるほど手の込んだ事はできないだろう。また、僕という人間にそれだけのドッキリを仕掛けるような知名度も価値もない。
価値…。そう、昨日の試合で勝つことができれば僕にもそれなりの価値はあったかもしれないが、負けたんだから、僕は何の取り柄もない普通の高校生である。部活のメンバーの顔が浮かぶ。
そうだ、助けを呼ぼう。
ポケットからスマートフォンを出して画面を表示させる。
タクヤを選択して、通話のボタンをタップする。
「お掛けになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、かかりません」
シュンを選択して、通話のボタンをタップする。
「お掛けになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、かかりません」
アキトを選択して、通話のボタンをタップする。
「お掛けになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、かかりません」
知り合いに片っ端から電話を掛けるが、同じアナウンスを何度も聞くことになるだけだった。
おかしいだろ。僕の携帯は、電波はある。なのに僕以外が全員圏外。
ここから数百キロは離れた場所にいるであろう秋田の従兄弟にもかけたが、圏外。僕以外の人間が、みな圏外。
このコンビニ界隈だけの話ではない。下手をすると日本中から僕以外のすべての人間が消えたのかもしれない。
すこし躊躇したが、「110」を押した。
コールは鳴るが、誰も出ない。
だめだ、アタマがおかしくなる。
イートインコーナーにある椅子を持ち上げた。なかなかの重量だ。
窓ガラスに向けて思い切りそれを叩きつけた。
ガシャンとガラスが割れて外に椅子が飛んで行く、という僕のイメージとは逆に、椅子はガラスから跳ね返り、その重量が僕の手首に返ってきた。
コンビニのガラスは、ここまでの強度を必要とするのだろうか。
何度も繰り返したが、割れない。
多分これは、割れないのだ。
そういうものなんだ。
なぜか、僕は、笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます