第9話 ガチャと債務と返済手段

 目をあければ、見慣れない光景が視界にはいってくる。

 ぼんやりとしない頭ではあるが、視界のはしに見慣れない人物がいることにケートは気づいた。


「おはようございます。ミリアリア女史をよんでまいります」


 その少女は抑揚のきいた声をあげると、そのまま部屋を退出していった。


 なぜ、自分は生きているのか。わけは全くわからないが


(たぶん、使い魔ーー<塔姫>ーーを召還したんだろうな)


 自分のなかの活力が大きく失われた感触がある。たぶんこれが魔力というやつの感覚なのだろう。

 まだ感覚は薄かったが、魔力を失いすぎると命まで失うというゲームの設定ならよく知っている。

 先ほど――といってもどれくらいの時間がたったかは不明だが――、

 ケートが顔を少し横に向けると窓から、トゥモーマクの街の様子が見えた。


 しばらくぼんやりと過ごしていると、控えめなノックと一緒にミリアリアが一人でやってきた。

 彼女はケートのベッドの横にある椅子に腰掛ける。

 

「おはようございます、ミリアリアさん」

「おはよう。ケートくんは三日くらいずっと寝ていたのよ。サダキラさんは一旦自分の家に戻られているけど、しばらくしたら来るはずよ」


 さて、と彼女は一息ついてから話を切り出した。


「良い話題と悪い話題、どちらから聞きたい?」

「悪い話題からお願いします」


 ミリアリアは1枚の紙をケートに渡した。


「この書類、読んでくれるかな」

「はあ、……ってなんですかこの書類っ」


 もらった書類に目を通しながらケートは驚く。急いで書いた字は当然見慣れた言語では無いが、翻訳の指輪の力でこれも意味を見て取れた。


 「借用書」


 紙の先頭には、こう記載されていた。数枚にわかれているその書類を、ケートは暫く時間をもらって読む。


「そう、ケート君はこの文書にサインしたときから、この塔に大きな借りができちゃいましたー」


 どういうことなのか、全くわけがわからない。


「ええと、できれば詳しく説明をお願いしたく」

「うん、ごめんなさい。私はね契約魔法を得意としているの」


 契約魔法は、魔力を帯びた紙とペンにより、世界の理に干渉するものだ。もっとも、世界の普遍的な概念に干渉することは原則としてできず、国や人の間での約束事に強制力を持たせる、といったことが主な用途である。

 たとえばこの世界には奴隷が存在するが、その奴隷を縛るための魔法などに使用することもあるという。


「あの日、<塔姫>が呼び出されたとき、ケートくんは魔力欠乏で死にそうだったのよ。彼女が呼び出される前にあなたの命が尽きる。これを助けるためには、ケートくん以外から魔力を供給してあげるしかない、そんなとき、サダキラさんがアドバイスしてくれたの」

「契約魔法を使って、ケート君に<塔>が貯蔵する魔力を貸してあげれば良い、とニャあ」


 ドアのほうを向けば、猫の頭を持つ紳士と少女が立っている。

 召還された<塔姫>。それはこの少女のことなのだろうか。


「サダキラさん……」 

「ミリアリア女史。お客様をお連れしました」


 無機質だが透き通る声が耳朶をうつ。

 ケートの視線に気づいたのか、ミリアリアが紹介する。


「そう、この子が塔姫『ノーモア』ちゃんよ。文献だけの存在だったものが間近にみれるなんてね」

「はじめまして、私はノーモア。以後お見知りおきを」


 少女は一礼する。

 ノーモア。ケートには聞き覚えのない名前である。もっともすべての設定がゲーム通りでないから仕方のないことではある。

 しかし、そもそもなぜ勝手に召還がおきたのだろうか。


「召還がなぜ行われたかはわからないの。ただ事実としてあるのは、ケートくんがきっかけでノーモアちゃんが呼びだされた。そして、それによって膨大な魔力が消費された。これだけなのよ。原因はこれからもう少し調べるけど……。まずは今、目の前にある問題に取り組むことことが先かな。さて、じゃあ話を続けるわね。契約書の第13条を読んでみて」


 ミリアリアに促され、ケートは契約書に目をおとす。


『第13条 乙は甲に対して本件により発生したコストを、双方協議した手段により、1年以内に返済しなければならない。』


 乙とはケートのこと。甲とは<塔>の管理者であるミリアリアのことである。

 

「ミリアリアさん、これは今回の召喚コスト、つまりは使用した魔力を僕が返さないといけない、ということですか?」

「……そうなの」

「この世界では使用魔力を金額に換算することも可能ニャ。ちなみにケート君が今回『借りた』魔力を金額換算すると……、1億ディールくらいかニャ」


 ちなみにざっと相場を確認したところ、1ディール=1円程度の換算らしい。

 つまり、1億円ほどの借金である。


「そうよ。それも1年以内に必要なの。急いでつくったのもあって結構おおざっぱな契約になってしまって……」

「あまりに無理な契約魔法は効力を発揮しないのニャ。期限を無期限にしたり、不当に安く設定して魔法が成立しなかったとき、ケート君の命が失われる恐れがあったのにゃあ。そのへんは理解してほしいのにゃ」

「ちなみに利率は……」


 つい、そちらのほうも気になってしまう。トイチとかだったらあっという間に破産してしまうではないか。


「無利子にゃ。そのへんはちゃんと調整できたから心配しないでOKにゃあ」

「じゃあ、契約の「双方協議」ってどういう感じになるのでしょう」

「それは……」


 ミリアリアが答える前に、 ポン、とケートの前に画面がポップアップした。


「これが甲乙同意したとされる内容なの。本当はそこまで契約書に織り込まないといけないのだけどそこまで作りこめてなかったから、契約魔法のなかで強制的に条件付けがされてしまって……」


『乙(ケート)はトゥモーマクの街で営む飲食業等を通じて得る利潤をもとに、甲(ミリアリア)に借入を返済する』


 丁寧にも返済する手段についても示されている。これは親切設計ってやつなのだろうか。


「これ、僕がサダキラさんの店で働くってことでしょう?」

「たぶんそうニャ。でも心配しなくていいにゃあ。今回の件は僕も無関係じゃないし、ここに連れてきた責任もある。その上、実際問題働き手に困っていたのニャ。どうかな、僕の店、引き継いでみないかニイ?」

 

 異世界に来てすぐに仕事にありつける。それはうれしいことではあるのだが……


「返済方法は?」

「双方協議のなかに入っているから、必要なときに必要なだけ返すってことでいいと思うわ。でも1年以内に返すというところは伸ばせないの」

 

 ちなみに契約を破るとどうなるのか。


「多分即座に、今回使った魔力分がケートくんから抜き取られることになるわね」

 

 つまり、魔力をぬかれ、しおしおに干からびた人間のできあがり、ということか。

 見通しは全く良くなかった。

 しかし、ケートじゃ絶望感というものには不思議と教われなかった。それは感覚が麻痺しているせいなのか、それともーー。


「マスター・ケート。ノーモアのせいで窮地に立たせてしまい申し訳ない。最大限の助力を約束する、なんでも言ってほしい」


 顔を下に向け、つつましやかに立つ少女の魅力に引き込まれたせいなのかもしれなかった。

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僕の異世界カフェに人はこない 一文字 @ichimoji

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