第6話 とりあえず門を抜けたい

「昔な、そう魔王と勇者の時代のときに、魔族が人に化けて都市にはいりこんだっていう故事から義務付けられている、トゥモマーク伝統の身元確認方法なんだ。もっとも人型の魔族なんて、ここ最近では周辺地域で確認されたことはないので、一種の儀式みたいなものなんだがな」

「魔族だったらどうなるんですか」

「刀身が赤く光って、柄から手がはなれなくなるそうだ。あと与太話ではあるが、神族やその眷属は薄い緑色の光を放つ、ともいわれているな」


 笑い声とともに、ヒゲの衛兵は説明をする。

 ほかにも、魔物が一定距離まで近づくと、刀身が黄色に光るらしい。擬態した魔物には効果がなく、故事では、それに安心していたため、大きな被害をこうむったとか。

 ケートは内心のあせりをなんとか表情にだすことなく、目をつぶって剣を握りしめた。


「おおっ――――!!」


 ひげの衛兵の大きな声。

 はっとケートは目を開けるが、誓約の剣は何の色を放っていない。


「あっはっはっは。びっくりしたか? いやなに、大丈夫だ。まったく問題ない」


 ふーっとおおきな息を吐き出す


「衛兵さんは、子供を脅かして喜ぶのも仕事のうちなんですか?」

「ああ、いやすまんすまん。君がそんなにドキドキしながらこの儀式を受けるのが、本当に珍しくてな。ここの回りの人間にとっては結構有名な話なものだから」


 ヒゲを撫でつつ苦笑するヒゲの衛兵が謝罪してくる。


「そうだ。これをお詫びといってはなんだが、これをあげよう」

 一枚の名刺サイズのカードを渡してきた。ケートはつい社会人だったときの癖で姿勢をただし、両手で受け取る。


「ほう、ご両親の教育がよかったのかねえ。受け取る格好、結構さまになっとるな。さて、これはなネームドカードといって俺の姓名が掛かれているものだ。奉公にでてきたんだから字は読めるよな? 何か困ったことがあったら、城の詰め所で俺を呼ぶといい。助けになろう」

「ありがとうございます、ギタラクアさん」

「もっとも、お金を貸すことはできないがな」


 腹をかかえて笑いするギタラクアに一礼して、ケートは、選別の間を後にする。

 詰め所から出るとサダキラが壁に背をつけながらまっていた。


「大丈夫でしたかニイ」


 ケートが詰め所のなかでのやり取りを説明すると、


「なるほど、ギタラクア殿が……」

「お知り合いなのですか?」

「いやいや、名前を少し聞いたことがあるくらいで面識は無いニイ。さて、すっかり昼も過ぎたニャア、食事にしましょうニャ」


 改めて市中を見回す。 外壁周辺が一番高くなっていて、市内の中心部にいくにつれてすり鉢状に土地が低くなっている。

 そして中心部には大きな湖と城が見えた。


「都市の中心部にある大きな城には、トゥモマーク公、つまりはこの地域一体をおさめる方がいますのニャ」


 詰め所から十分ほど歩いただろうか、活気のあるとおりには、いくつもの店が並んでいる。サダキラは、逡巡することなく、そのなかの一つの店に向かった。


「いらっしゃい。何を注文するかい」


 かっぷくの良いおばちゃんが、注文をとりにくる。


「日替わりランチをお願いしますニャア」「あ、僕もそれで」


 すこしして、提供された料理にケートは驚く。

 トンカツ定食の見た目、そのままであった。


「今日はブランガの肉を揚げたものに、キャベロの千切り。それと汁物だよ」

「さすがおばちゃんのとこの定食はいつも旨そうだニイ」

「はははっ、ありがとうよ。じゃあごゆっくりね」


 肉にナイフを入れて一口大に切り、口にほおりこむ。

 しっかりとした肉厚を感じつつも柔らかさがあり、噛めば口内で甘さが踊る。

 まちがいない。これはトンカツであった。


「ケートさん、どうしたんだニャア。やっぱり異国の食事は口にあわないかニャ……?」


 うごきの止まったケートを心配してか、サダキラがそう声をかけた。


「いえ、これは……うまいっ!」


 ケートが一心不乱に食べはじめる姿を見て、サダキラも自らのフォークを動かしはじめた。


◇◇◇


 腹が膨れれば気も落ち着く。しかし、本日の住む場所さえ定かでないケートにとっては依然として収まりの悪い状態であった。


「じゃあ、本日の宿を探しにいきますかニイ」

「はあ……。よろしくお願いします」


 ケートは長身の猫の先導に従って、街を歩く。

 夕は暮れかけているが人通りは多い。


「あの、サダキラさん。探す、というわりには目的地に向って一直線な感じしかしないのですが」

「ああ、あれは言葉のアヤというものだニャア。実はもうあてはあるのさ」


 少し振り返りながら説明をするサダキラの向こう側にには、大きな塔がたっている。


 その建物にケートは心あたりがあった。

 ゲームの設定現在の文明が栄える前からあった構造物とされた、プレイヤーの本拠地となる場所。


 〈塔〉である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る