第5話 越境してくるもの
「〈越境者(トランスレーター)〉?」
「そうだニャア。異世界からの来訪者のことを、この世界ではそう呼んでいる。つまりケートさんみたいな人のことだニイ」
〈越境者(トランスレーター)〉
異世界からの来訪者、または漂流者とも呼ばれる存在。そして〈マネゲ〉におけるプレイヤーの名称である。
しかし、いきなり出自がバレたら大変なことになるのではないか。異世界出身であることは当初極力隠すのがこの種の出来事では鉄則でなかったか。
「あの、僕は、その……」
「大丈夫。別になにもとって食おうとか思っているわけではないニイ。私は仕事柄こういったことに慣れているから気づいただけだニャ」
サダキラは魔法道具を専門に扱う店を営んでいる。
他の都市に商品見に行っている途中、変わった魔力の波動を感じ、その場所に向かう。
「そこで、ケートさんに出会ったというわけニャ」
「はあ、なるほど。ありがとうございます」
「どういたしましてだニイ。さて、話を戻そうか。太古、数百年ほど続いた〈魔王と勇者の時代〉に始めて観測された〈越境者〉達は、その時代にかなり多くの者があらわれたといわれているニャ」
「近年は少なくなったのだがニャア。こうしてまみえるのは光栄ですらあるニイ」
「では、僕はこれからどうすればいいのです?」
「ウーン、なかなか難しいニャア。私の知る限り、〈越境者〉はほぼ全てが成年だったとされるから、ケート君みたいな子供……、ああこれは失礼したニャ。つい見た目で判断して子供扱いしてしまってるニャね」
「いえ、そんなことは……。でもこちらの世界ではどれくらいに見えるかは正直気になります」
リーネスタンに存在するのは、人族だけではない。サダキラのようなニャートといわれる、猫人の種族のほかにも、
森を好み、精霊と心を通わすという〈エルフ族〉
火に生き、鍛冶と力仕事を得意とする〈ドワーフ族〉
地を望み、抜群の知覚能力と身体能力を誇る〈真狼族〉
風に敬い、竜の末裔だとされる〈竜魂族〉
などがあり、プレイヤーはゲーム開始時に選択することができた。
そして、まだゲームでは実装されていなかったが、設定上はまだいくつかの種族がいたはずだ。
「そうだニャア……。正直に言って中等部の初年度くらいかにゃあ」
さすがに学校制度の設定などはなかったような気がするが、サダキラの話によると、大体一二才くらいの歳だという。
リーネスタンの成人年齢は十七才とのことだった。
もっとも、農村部では今のケートくらいの年から農作業や、街の商家へ奉公にでるため、
こうやって街道をうろついていてもそんなに不思議ではないらしい。
ふいに、ケートは今向っている道の先を眺めた。
「外壁がここからでも見えるんですね」
「ええ、あの外壁〈アブソリュート・ワン〉は都市を守るためのものでもあり、迷宮都市トゥモーマクの観光スポットでもありますニイ」
街を世界から守る外壁の高さは五階建てのビルほどだろうか。
そして知らない都市の名前。
話に聞くリーネスタンは、ゲームのそれと似ているところもあれば、そうでないところもある。
「さあ、それではそろそろ出ますかニイ。着いたらすこし遅いですがご飯にしましょうかニャア」
しかし、さっそく問題が起きる。
都市の門番に止められたのだ。
◇ ◇ ◇
「ごめんなさいニイ。少しの間だけですから、心配しないでいってきてくださいニャア」
すごく心配そうな顔(ようやく猫の顔に見慣れ、表情がわかるようになってきた)をしたサダキラに見送られ、ケートは、門番の詰所の一室に案内される。
「サダキラ氏の身元保証があるので心配はしていないが、一応規則だからな。改めさせてもらうぞ」
椅子に座ったケートの向かい側に一人の人物が座る。
豊かな顎ヒゲをたくわえた、五十代くらいの恰幅のよい男性は、この詰所の指揮官らしい。
いくつかの簡単な質問に答える。生まれやこの都市に来た目的などである。
事前にサダキラからはこう話してくれというお願いを受けていたケートは、それらにすらすらと答える。
サダキラの店のお手伝いとして、田舎からでてきた少年。
つまり、それがケートの設定である。
「ふむ、ありがとう。聞きたいことは全て聞けたよ。では最後に別の部屋で少しやってもらいたいことがあるのだが……」
さらに別の部屋に移される。
八畳ほどの広さの部屋の中央に、祭壇が一つ。
そこには、マイクスタンドのようなものが備え付けら得ており、その先端には、一振りの剣が備え付けられていた。
「おっと、すこし高さがあるな。ちょっと待ってくれよ坊主」
ひげの衛守が何やら調整をはじめる。
マイクスタンド(のようなもの)を縮めると、剣の柄がケートのおなかの前、ちょうど手を伸ばすとにぎりやすい所におりてきた。
〈誓約の剣〉
これは、剣をにぎるものが友好種族であるかどうかを判別するためのものだという。
(あれ、もしかして何か疑いもたれているとか?)
急にケートは不安になってくるのであった。
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